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研究最前線 2024年7月9日

ひもの切れ端にできる「ヘッジホッグ構造」を観察する

研究仲間から「神の眼を持つ」といわれる于 秀珍 チームリーダー。原子レベルの空間分解能を持つ電子顕微鏡(電顕)を駆使し、2010年に世界で初めてスキルミオンの1個1個を見ることに成功しました。その後もナノ世界のスキルミオンの不思議を次々と解き明かしています。今、狙っているのは、スキルミオンひもの切れ端にできる「ヘッジホッグ構造」の詳細な観察です。

于 秀珍の写真

于 秀珍(ウ・シュウシン/Yu Xiuzhen)

創発物性科学研究センター 電子状態マイクロスコピー研究チーム チームリーダー

実際の観察で「予想」を「事実」に

電子には電荷とスピンという二つの性質がある。現代社会で活用されているのは電荷の流れ(電流)だが、スピンにも期待の目が向けられつつある。スピンは磁石の性質(磁性)の源だ。よく自転に例えられ、右回りと左回りがある。スキルミオンはスピンの向きが少しずつ方向を変えた電子が何千と球状(図1(a))に並んで、あたかもミステリーサークルのような構造をつくっている(図1(b))。1個のスキルミオンは一つの粒子として振る舞い、非常に安定している。

スキルミオンとアンチスキルミオンの図

図1 スキルミオンとアンチスキルミオン

(a)(b)はスキルミオンの模式図、(c)はスキルミオンの計算像、(d)はアンチスキルミオンの計算像。矢印は電子スピンの方向を示す。

2009年にドイツの研究者が中性子回折で示したその存在の1個1個を、2010年に于 チームリーダーが電顕で実際に観察したのである。そこには、試料の厚み、温度、かける磁場の強さなどを少しずつ変えながら、適切な条件を求めての3カ月にわたる不断の挑戦があった。「根性で得た成果です」

理研ではその後もスキルミオンの研究を積極的に展開し、電流や熱流によるスキルミオンやアンチスキルミオン(スキルミオンの反粒子)の駆動、スキルミオンとアンチスキルミオンの相互変換などを次々に明らかにし、スキルミオンが応用面で電子に並ぶ日を目指してきた。その成果は、理論家が予想し、実験家がそれに基づいて計画を立てて実験し、結果を電顕の専門家が確かめるというチームワークの賜物だ。「理論から実験結果はこうなるはずだ」では論文は通らない。電顕で見て「実際にこうなっている」という事実の提示が必要不可欠なのだ。

「モノポールを詳細に観察したい!」

于 チームリーダーは、コロナ禍以前の2017年から電顕そのものの可能性を大きく広げる構想を抱き続けていた。きっかけは、その年にスイスの研究チームが出した論文だ。X線CTで得た3次元画像から、強磁性体であるコバルト結晶にできた「モノポール」の″定性的な観察″に成功したというものだった。于 チームリーダーは衝撃を受けると同時に、「X線でそこまでできるのなら、ずっと分解能の高い電子線による3次元画像が得られれば、モノポールのより詳細で″定量的な″観察ができる」と瞬時に思ったのだ。

モノポールは、1930年に英国の理論物理学者ポール・ディラックが予言したN極、S極だけの点磁石、「磁気単極子」だ。素粒子論では宇宙創成の初期につくられたのではないかと考えられている。一方、スイスのチームがその存在を示したモノポールは、点ではなく極小だが構造を持ち、その範囲にある磁場の向きを合わせるとN極またはS極だけに収束するもので、ハリネズミ(ヘッジホッグ)のとげのような構造になるため厳密には「ヘッジホッグ構造」と呼ばれる。スキルミオンのモノポールも同様で、ひも状になったスキルミオン結晶のひもが切れたところにヘッジホッグ構造が存在することが理論的に予想されていた。ヘッジホッグ構造の存在を正確に示すためには、ひもの先端の極小部位の一つ一つの磁場の向きをマッピングし、究極的にN極かS極に収束することを示す定量的な観察を行わねばならない。

「3次元電子線位相差顕微法」の開発

X線CTでは、照射するX線の向きを試料に対して傾けながら検出した大量の透過データを数学的に処理して断層画像を得、それらを重ねて3次元画像を構築する。電顕でこれを行うのは構造的に難しいので、試料のほうを傾ける方法をとった。「そもそも、使っていた電顕には試料を傾ける機能があり、それを生かそうと思っただけです。でも電顕の大家や仲間に声をかけても、感度やノイズの課題や効率の悪さから『難しい』という答えばかりが返ってきました」

試料を傾けながら得る膨大なデータから3次元画像を構築するアルゴリズムの開発を、電顕メーカーのソフトウェア技術者と研究チームのメンバーたちが手を組み一丸となって行っていった。ノイズ除去のフィルター技術も開発し、2023年の夏には「これはいけるな」というレベルにまで3次元画像がクリアになった。そこで、この電顕CT、于 チームリーダーたちが「位相差電子顕微鏡法」と呼ぶ新たな手法を使って直接観察したスキルミオンの結晶の3次元画像の論文を2023年の年末に科学雑誌の『Communications Materials』に投稿し、2024年5月に受理された。

「この論文ではスキルミオンのひも状の結晶が3次元画像としてくっきりと映り、その切れた端にあるヘッジホッグ(モノポール)とアンチヘッジホッグ(アンチモノポール)構造もラフには観察されています」(図2)。「次はいよいよ定量的に詰めていきます。ヘッジホッグとアンチヘッジホッグという2種の磁場構造の詳細をしっかり捉えたいですね」。すでに、3次元画像の解析は始まっている(図3)。

3次元で捉えたスキルミオンひもの図

図2 3次元で捉えたスキルミオンひも

3次元位相顕微法で観察されたスキルミオンひもの顕微鏡データ。矢印はちぎれたストリングの端にペアで現れたモノポールとアンチモノポールを示す。

コーン形テクスチャーのベクトル場(B)の分布の図

図3 コーン形テクスチャーのベクトル場(B)の分布

(a)(b)(c)は、それぞれBx、By、Bzの空間分布。
(d)(e)の各点の矢印はBの方向を示す。方向ごとに色別されている。

電顕の能力を十全に発揮させ、皆に使ってもらう

誰も見たことのない世界の扉を次々と開いてきた于 チームリーダーだが、「電顕の本来の能力を十分に生かしただけ。開発した手法を、若い研究者たちにどんどん利用してもらいたい」と言う。

スキルミオン1個1個の観察にしても、従来は不変とされ、誰もいじらなかった対物レンズの電流値を動かして試料にかかる磁場の大きさを変化させることで、普通の電顕でも見えるようにした。これにより、スキルミオン研究に参入する垣根がぐっと低くなり、多くの研究者を呼び込むことになった。「このときも『えっ、対物レンズをいじるの!?』と電顕仲間には驚かれました。確かに対物レンズを変えると、全体の調整が大変になりますが、皆が思ったほどではありません」とほほ笑む。

常識にとらわれない"自由な心"と、とことんやり抜く"根性"が、于 チームリーダーに「神の眼」を授けているのではないだろうか。

(取材・構成:由利 伸子/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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