2020年のプロジェクト発足からわずか3年。若者たちが主要な開発を担った世界初の超小型汎用X線観測衛星「NinjaSat(ニンジャサット)」が、宇宙での天体観測に成功しました。打ち上げから3カ月後には新天体のX線観測という快挙。「研究者になりたい!」という学生も次々に羽ばたき始めています。

玉川 徹(タマガワ・トオル)
開拓研究本部 玉川高エネルギー宇宙物理研究室
主任研究員(左から3番目)
武田 朋志(タケダ・トモシ)
研究パートタイマーⅠ(後列右)
東京理科大学 博士課程3年(取材当時)
大田 尚享(オオタ・ナオユキ)
大学院生リサーチ・アソシエイト(後列左)
東京理科大学 博士課程2年(取材当時)
NinjaSatの研究に携わる東京理科大学の学生たちと。玉川 主任研究員の傍らの机上にあるのがNinjaSatの実物大模型。
「NinjaSatは二つの研究チームの研究融合プロジェクトで、本記事で紹介できなかった多くのメンバーの協力により成功しました。榎戸極限自然現象理研白眉研究チームの榎戸 輝揚 理研白眉研究チームリーダー、沼澤 正樹 特別研究員(当時)、谷口 絢太郎 パートタイマーⅡ(当時)、そして玉川研の北口 貴雄 研究員(当時)、三原 建弘 専任研究員、岩切 渉 客員研究員(千葉大学)、その他多くの関係者に感謝したい」と語る玉川 主任研究員。
宇宙に出なければ分からない
ブラックホール近傍や中性子星から発せられる高エネルギーのX線。私たち人類は、その波長や発生のタイミング、強度を手掛かりに宇宙でどのような事象が起きているのかを解き明かす。ただ、X線は大気に遮られ地球まで届かないため、観測するにはX線観測装置を備えた人工衛星を宇宙に打ち上げなければならない。宇宙開発といえばかつては国家レベルの大プロジェクトのみだった。「近年、民間企業も参入し宇宙は身近になりました。キューブサットと呼ばれる超小型人工衛星を開発して宇宙での観測データを得るまでおよそ3年。10年かけないと成果が得られない研究分野に若手が参入するのはなかなか難しいですが、3年なら博士論文に取り組む学生の研究テーマになり得ます」と語る玉川 徹 主任研究員は、東京理科大学との連携大学院制度、理研の大学院生リサーチ・アソシエイトプログラム等で学生を受け入れ、宇宙物理を担う若手の研究教育にも力を入れる。

図1 NinjaSatが載ったTransporter-9の打ち上げ
2023年11月、NinjaSatはヴァンデンバーグ宇宙軍基地(米国カリフォルニア州)から宇宙に飛び立った。©Space X
超小型でも感度良好
X線検出器(図2)の開発を任されたのは、プロジェクト発足当初、修士1年だった武田 朋志 研究パートタイマーⅠだ。搭載したガスX線検出器は小型化するのが難しく、従来の設計ではカバンほどの大きさになってしまう。感度は損なわず10cm立方にするために、ネジを使わないなど、省スペースの工夫を重ねた。

図2 NinjaSatとガスX線検出器の構造
NinjaSatの大きさは30cm×10cm×20cm、重さは約8kg。ガスX線検出器を2台装備している。検出器内のガスにX線が衝突した際に発生する電子から、X線の波長や強度などを検出する(右上)。過度の放射線によるX線検出器の故障を防ぐための放射線帯モニター(3cm×9cm×2cm)は、榎戸研の加藤 陽 研究員の開発によるもの。
ガスX線検出器の検出感度を高めるのも難航した。従来のガスの成分では、なぜか低エネルギーのX線を検出できなかった。ガス種を変えれば感度が上がることを突き止めたのも武田 研究パートタイマーⅠだ。「文献を調べ、理論や経験則に照らして仮説検証を重ね、前例のないキセノン、アルゴン、ジメチルエーテルの組み合わせに辿り着きました」。そうして、中国や米国が開発した同サイズのX線検出器の10倍の感度を達成した。
回路部(図3)のノイズ除去や信号のデータ処理を任されたのは、大田 尚享 大学院生リサーチ・アソシエイト(以下、JRA)。9cm四方の中に全ての機能が搭載されており、回路も超小型だ。玉川 主任研究員は「通常、こんなに詰め込んだ回路設計にはしません。2000ボルト(V)の高電圧がかかっている素子のすぐ隣に数ミリボルト(mV)の信号を増幅するプリアンプがあります。ノイズを除くのは至難の業です」
「そんな大変なこととは知らなかった」と大田 JRAは、修士課程2年だった当時を振り返る。電圧変動を計測するオシロスコープでノイズ源を探り当て、フィルターやシールドを設置するなど地道な作業で見事にノイズを除去した。

図3 NinjaSatの電子回路
NinjaSatから地上に送られてくるデータは0と1の数字の羅列だ。それらをグラフとして可視化するプログラムを作成したのも大田 JRAだ。全くの未経験から3種のプログラミング言語を習得してNinjaSat用プログラムを完成させた。
2023年11月にSpaceXの宇宙輸送ロケット(図1)により打ち上げに成功したNinjaSatは、2024年2月、かに星雲の中心にある中性子星からのX線を検出した。この天体は回転しながら約33ミリ秒の周期でX線を放出する。NinjaSatが検出した周期は33.8ミリ秒(図4)、観測装置が正確に機能していることが確かめられた。

図4 かに星雲にある中性子星からのX線観測結果
1回転33.8ミリ秒の間に2回光る、かに星雲にある中性子星の特徴を捉えた。
2024年2月21日、ある中性子星が発見された。すぐにNinjaSatはこの新天体に狙いを定め、2月23日から3月18日の連続観測で、これまでにない特殊なX線の大量放出を捉えた(図5)。武田 研究パートタイマーⅠは「NinjaSatが思い通りに動いた段階でまず感動しました。新しいサイエンスの成果も得られて嬉しいです」と目を輝かせる。
NinjaSatの姿勢を検証するシステムづくりを担当した渡部 蒼汰 研修生(修士2年)は「このグラフを得るまでには、みんながそれぞれに取り組んだいくつものステップがあります。それらが全て正常に動いて初めて観測ができます。自分の責任を果たせてよかった」と振り返った。

図5 新天体SRGA J144459.2-604027からのX線観測結果
この天体は規則的にX線を放出する珍しいタイプの天体だった。このタイプは過去に3天体しか観測されていない。従来の10倍の感度のX線検出器でなかったら、この観測はできなかった。自分たちだけで運用する超小型人工衛星の機動力が功を奏した。
玉川 主任研究員は「NinjaSatは多くの地上での試験を経て、今、宇宙で成果を上げています。私がこれまでに大型衛星の開発工程で体得してきた『手を抜いてはいけない勘所』を学生に伝えることができました」
責任を持って決断を重ねた学生たち
開発期間を短くできたのは、人工衛星の製作と打ち上げに関する部分は専門のスタートアップ企業に任せ、検出器開発と天体観測に注力したからだ。企業との協業は決断のスピードが求められる。武田 研究パートタイマーⅠと大田 JRAは最前線を任され、即時の決断を重ねた。「任せて考えてもらわないと学生は育ちません。もちろん、十分な訓練を課した上ですが、1カ月でも見違えるほど成長します」と玉川 主任研究員。
武田 研究パートタイマーⅠは学位論文をこのプロジェクトで書ける巡り合わせに感謝しつつ「この成果を糧として、研究者への道を進みたい」と語る。大田 JRAは「X線パルサーを宇宙灯台に」と独自の構想を練り始めている。X線検出器のエネルギーの精度を高めようと研究を進める青山 有未来 研修生(修士1年)は物質が高密度に存在し、さまざまな物理が詰まっている中性子星に魅せられている。かに星雲の中性子星からのX線スペクトルを見て「この形はまさにCrabだ!」と感動。研究者への夢を膨らませている。
NinjaSatがもたらす価値
NinjaSatに詰まった独自の技術、小型X線検出器、高密度の基盤でのノイズ除去技術、独立して動作する放射線帯モニターは、他分野でも利活用できる。他の大型人工衛星と共同観測したり、NinjaSatを宇宙の超小型無重力実験室として活用したりするビジョンも見えてきた。
「生物、化学、半導体…。NinjaSatのフレームワークで全ての科学分野を宇宙実験に巻き込みたい」と玉川 主任研究員。日本発NinjaSatの分身が次々と生まれ、宇宙に飛び立っていきそうだ。
(取材・構成:大石 かおり/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)
関連リンク
- 2023年11月10日お知らせ「キューブサットX線衛星NinjaSatの打ち上げについて」
- 2021年10月4日クローズアップ科学道「宇宙探索の新たな扉を開くX線観測」
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