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研究最前線 2024年7月22日

H-電池でエネルギー問題に新展開

次世代の電池開発を目指し、リチウムイオン電池からヒドリドイオン(水素の陰イオン、以下H-)を伝導する物質の開発へと研究の舵を切った小林 玄器 主任研究員。待ち望まれていた「電池材料となり得る新たなイオン」を発見し、新しい研究分野を開拓しました。以来、実用化を見据えた基礎研究で、世界をけん引しています。水素製造・輸送・貯蔵でエネルギー問題の解決にも貢献する応用の可能性についても話を聞きました。

小林 玄器の写真

小林 玄器(コバヤシ・ゲンキ)

開拓研究本部 小林固体化学研究室 主任研究員
材料や実験装置が外気に触れないよう密封されたグローブボックスの前で。H-を含む化合物は水や酸素と反応しやすいため、アルゴンガスで満たしたグローブボックス内で実験する。

誰も注目していなかったH-

充電して繰り返し使えるバッテリー(二次電池)や燃料電池の高性能化には優れた性能と耐久性を持つ固体の電解質材料が必要だ。電解質は正極と負極の間を埋める物質で、その電解質の中をイオンがどれだけ移動しやすいか(イオン導電率が高いか)が重要視される。例えばリチウムイオン電池では、リチウムイオン(Li+)が電解質中を移動するが、革新的な電池の開発に繋がる新たなイオン種の開拓が求められていた。

その新たなイオン種としてH-というユニークな素材が使えることを見いだしたのが小林 主任研究員だ。水素は通常、電子を放出しやすく陽イオン(H+)になりやすいが、電子を一つ多く持つH-にもなる。「H-がH+になる際、1価の陰イオンでありながら電子2個を放出できます。これは水素固有の特徴です」。しかし、H-は不安定なため、H-が結晶中を移動するH-導電体を固体電解質にするのは難しいだろうと、誰も注目していなかった。

H-が安定に存在できる結晶をつくれば高性能な固体電解質になるのではないか。そう考えた小林 主任研究員は、H-が電子を放出しにくい環境をつくろうとランタン(La)やストロンチウム(Sr)とリチウム(Li)を組み合わせた。こうして、H-が移動できる結晶La2-x-ySrx+yLiH1-x+yO3-y(以下LSLHO)というH-導電体の合成に成功。La3+とSr2+の割合を調整し、H-が移動しやすい(イオン導電率の高い)結晶構造を探し当てたのだ(図1)。

LSLHOの結晶構造の図

図1 LSLHOの結晶構造

右にいくほどH-の割合が多くイオン導電率が高い(H-が通れる道筋が多く、H-が移動しやすい)。H-は図の青色の球で示した位置を移動していく。左図では直線上(1次元)、中央は面上(2次元)、右は正八面体上(3次元)をH-が移動できる。2色の球は2種類のイオンが同一の位置に共存していることを示す。

ところが、2010年11月に学会で初めてH-導電体の発見を発表すると「本当に?H-ではなく電子が流れただけなのでは?」と反論の波が押し寄せた。そこでLSLHOを固体電解質とする全固体電池をつくって電池として機能することを示した(図2)。もし電子が流れていたら、電池はショートして機能しない。H-が移動していると見事に証明してみせたのだ。

この成果を2016年3月に発表すると、世界中の研究者がH-導電体研究に参入してきた。

H-導電体を用いた全固体電池デバイスの図

図2 H-導電体を用いた全固体電池デバイス

固体電解質中をH-が移動する。

実用化の可能性が開けた発見

実用化には、図3の水色領域(縦軸-2以上)で示すイオン導電率の高さが求められる。イオン導電率は高温ほど高い傾向があるが、広い温度領域で高いイオン導電率を示す材料が理想だ。

さらに研究を進めるうちに、300℃付近で結晶構造が変化しイオン導電率が急激に上がる新物質Ba1.75LiH2.7O0.9(以下、BLHO)を発見した(図3赤線)。「この発見が一番うれしかった」と小林 主任研究員。「これまで、こうした温度依存性がなく、高イオン導電率となる状態(図3赤丸部分。固体中をイオンが集団運動をし、動き回る超イオン導電状態)が見つかると、その材料から派生して優れた材料が発見されてきたのです。『応用研究に発展させられる!』と思いました」

H-導電体の研究動向とその応用例の図

図3 H-導電体の研究動向とその応用例

実線は小林 主任研究員が、点線は他グループが発見した物質。数多くのH-導電体が報告されているが、固体電解質として機能が検証できているのは、本記事で紹介した材料の青(LSLHO)、赤(BLHO)、緑(La0.8Sr0.2H2.8)のみ。青楕円で示す領域に入る材料が見つかれば、貴金属触媒を使わない燃料電池や効率よく水素から化合物をつくり出す電気化学反応装置などへの応用の可能性も広がる。

電池や水素貯蔵に使うなら、室温付近で高いイオン導電率が必要となる。一方で、300~400℃という温度域で高いイオン導電率を示す材料が見つかれば、工場排熱を活用した電気化学反応装置に応用できる。例えば、アンモニアなどの水素キャリアの合成に活用できるはずだ。

エネルギー問題解決を視野に

室温付近で高いイオン導電性を示すH-導電体も見つかりつつある(図3赤点線楕円)。しかし「イオン導電率が高いだけではだめなのです」。電池にして電圧をかけたときに電子も流れてショートしてしまう材料では電池には使えない。厄介なのは、イオン導電性材料は高温ほどイオン導電率が高くなるが、同時に電子も流しやすくなってしまうこと。挑むのは、「H-は移動するが電子は流さない材料」という難題だ。室温付近でイオン導電性を示すH-導電体の一つに、LaH3という物質がある。しかし、LaH3は、わずかに水素濃度が減る(欠陥が入る)だけで電子が流れてしまう。そこで、LSLHOの開発から得られた知見を生かして、Laの一部をH-を安定させる働きをするSrで置き換えた結晶を合成した。

検討を重ねた結果、Srを20%以上導入したSr-LaH3-δは電子を流さず電解質として機能することを発見した。しかも、Srを20%導入したLa0.8Sr0.2H2.8(図3緑線)を固体電解質にした電池(LaH3(負極)| La0.8Sr0.2H2.8|Ti(正極))では、流した電気量が「負極から放たれたH-が正極に吸蔵される反応」に無駄なく使われた(ファラデー効率100%)。H-導電体では世界初の実績で、新たな電池開発に一歩近づくことができたのだ。

「H-導電体は電気分解での水素製造や、水素を貯蔵・輸送するための化合物(水素キャリア)の合成装置にも応用できます。世界中で人類の叡智を結集してもなお残されている、エネルギーにまつわる課題の解決は一筋縄ではいかないのでしょう。そんな社会課題を解決するための革新的な基礎研究をしたいと思っています」。自らが萌芽させたH-導電体研究は、これからがいよいよ発展期だ。

(取材・構成:大石 かおり/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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