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研究最前線 2024年8月30日

衛星画像データの活用で社会問題を解決

たくさんの地球観測衛星が宇宙に打ち上げられ、地球表面の状態や変化を観測しています。そこから得られる観測データの解析に、リモートセンシング技術と機械学習の活用で臨む横矢 直人 チームリーダー。データを融合して災害時の状況を迅速に詳しく把握する技術や、少ないデータで高精度の地図をつくる技術など、ハードウェアの限界を超える画期的な成果を上げています。

横矢 直人の写真

横矢 直人(ヨコヤ・ナオト)

革新知能統合研究センター 目的指向基盤技術研究グループ 空間情報学チーム チームリーダー

リモートセンシングによる地球観測

人工衛星や飛行機、ドローンなどを利用して、離れた位置から地表などの様子や形、特徴といったことを調べる技術をリモートセンシングという。天気予報などでおなじみの雲の画像も、地上から遠く離れた宇宙空間にある気象衛星がもたらす情報からつくられたものだ。

こうした観測データはさまざまな分野で生かされているが、現在、横矢 チームリーダーらが携わっている災害情報の収集や地理情報システムの構築においては、「人が暮らしている場所」の画像データからどうやって情報を取り出すかが大きなテーマになっている。

異なる画像データの融合

距離が離れれば離れるほど撮影する画像の解像度は落ち、細部の情報が失われやすくなる。そこでデータ解析の精度を上げる手段として、異なる画像データの融合を行う。「センサーというハードウェアの限界をソフトウェアで補うのです」

過去の台風発災前後の様子を捉えた、光学衛星とSAR衛星による2種類の画像を見てみよう(図1)。

2019年10月に福島県で台風が発生したときの光学衛星による画像とSAR衛星による画像の図

図1 2019年10月に福島県で台風被害が発生したときの光学衛星による画像とSAR衛星による画像

発生後の光学衛星による画像は雲がかかっている。SAR衛星による画像は雲の影響はないが白黒で樹木の様子など、詳細は把握できない。

光学衛星に搭載された光学センサーは太陽を光源として色や反射光の強さを捉える。ただし、雲にさえぎられている時や夜間は撮影できない。一方、SAR衛星は搭載した合成開口レーダー(SAR)から地表に向けマイクロ波を照射し、反射強度から地形を調べる。斜め方向からマイクロ波を照射するため、水平で平滑な海面や河川は黒く、マイクロ波が跳ね返ってくる建物などの構造物は白く写る。発生の前と後で黒く写る水面の面積が違うのは、浸水域の広がりだ。

この2種類の画像を融合すると、地形の変化や市街地の浸水領域や土石流の発生した場所などが高い解像度で検出できる(図2A)。しかし、これでもまだまだ不十分と横矢 チームリーダーは指摘する。「浸水が50cmなのか、3mなのかで建物の被害は全然違います。高さ方向の変化の情報が必要なのです」

シミュレーションと機械学習の融合

シミュレーションは、現象を表す方程式を立て、それに沿ってさまざまな場合を想定して計算する。これにより、高さ方向の変化を含む詳細な災害情報を得ることができるが、実際に起きた現象と完全に一致するようなシミュレーションを災害の直後に行うのは難しい。このため、被害状況の全容把握は依然として現場での情報収集や分析に大きく依存している。2024年1月の能登半島地震の際は、被害状況の全容がつかめてきたのは発災から1週間もたってからだった。

より迅速に被害状況の詳細をつかむために、横矢 チームリーダーは地表の物理過程のシミュレーションによって生成したデータを機械学習に必要な「教師データ」として活用できることに着目し、二次元の画像から浸水深や土石流による地形の三次元的な変化を高速推定する技術を開発した(図2)。

台風発生前後の2次元衛星画像から3次元的な地形変化を高速推定の図

図2 台風発災前後の2次元衛星画像から3次元的な地形変化を高速推定

  • A発災前後のSAR衛星画像のカラー合成画像
  • B機械学習に水害(浸水)のシミュレーションを組み込み、浸水域と浸水の深さを推定した画像

「実際のデータを大量に用意できれば一番ですが、自然災害では無理な話。その代わり、災害の物理現象に関する知見を合成データに載せ、それを教師データとしてコンピュータに学習させるのです」。実際の地形を表すデータと変化が起きている場所を入力とし、シミュレーションで得られる三次元の変化を出力とする大量の合成データを用いて機械学習モデルを構築するのだ。「あとは入力しさえすれば自動的に出力が得られるモデルが出来上がるのです」

未来のデータ処理は衛星上で?

「いずれは衛星上でデータの解析までできるようになるのが理想」と横矢 チームリーダーは語る。衛星で得たデータを地上に送り、研究機関などで共有し、そこからダウンロードして解析するという流れでは、データの"移動"に一番時間がかかるのだという。「地球を見る目と頭脳が衛星上にあれば、その場で処理するのが一番速いのです」

自身は航空宇宙工学をバックグラウンドに持つが、航空機やロケットの開発よりも、打ち上げられた後の「衛星から得られるデータを使ってできること」のほうに興味を持ち続けてきた。今は、そこに「いろいろな社会問題の解決に貢献したい」という思いが重なる。その研究成果が認められ、2024年4月に文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞。クラリベイト・アナリティクス「高被引用論文著者」には2022年、2023年と2年連続で選出された。「国際的にインパクトを与える研究をするのが目標」と言うが、すでに世界的にこの分野のトップを走っている。

(撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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