自身の触媒研究を「新しい物質をつくるために、物質同士を出合わせる"仲人(なこうど)"」と話す、侯 召民 主任研究員。40年前に、当時ほとんど研究されていなかった希土類元素に着目したことが、現在では比類のない触媒研究へとつながりました。ソフトな語り口ですが、その言葉からはタフな研究をいくつも成し遂げた"開拓者の気概"が伝わってきます。
侯 召民(コウ・ショウミン)
開拓研究本部 侯有機金属化学研究室 主任研究員
一番不安定な化合物をいきなり合成
私が子どもの頃の中国は、教育環境が十分に整っていませんでした。知識に貪欲な子ども時代を過ごしたせいか、大学では学ぶことが楽しくて仕方ありませんでした。
ベンゾフェノンなどのカルボニル化合物が金属で還元されると、ケチルラジカルやケトンジアニオン種が生成することは100年以上前から知られていました。しかし、これらの化学種は反応性が極めて高く、単離・構造解析が難しかったのです。大学院時代に行った希土類金属を用いたケトンの還元反応の研究をきっかけに、理研に着任後、まず希土類金属を用いたケチルラジカルやケトンジアニオン種の合成・単離に挑みました。
初めて単結晶として単離し、構造解析したのは、イッテルビウム金属によって二電子還元されたベンゾフェノンジアニオン錯体でした。実は、これが今までに私が合成した化合物の中で最も不安定なものです。おかげで、その後どんな化合物をつくることになっても恐れや不安はありませんでした。身に付けた不安定な化合物の合成技術で、何の研究をやるかが次の課題でした。
物質世界の探検は続く
化学では、分子レベルで物質を組み立てて、ものづくり(化学合成)をします。ここでは物質同士が反応するのを仲立ちする触媒が重要です。既存の触媒の中に、金属元素とその働きを制御する配位子と呼ばれる有機分子からできている有機金属化合物があります。この金属を希土類金属に替えると、従来とは異なる化学反応の触媒となることを発見したのです。こうして「希土類触媒研究」は始まりました。
40年にわたる研究で自慢の触媒は、炭素の五員環を一つしか持たない"ハーフサンドイッチ型"といわれるスカンジウム触媒です。この触媒の配位子を工夫して、さまざまな材料の合成を手助けする触媒を開発してきました。最近では、この成果を活用した自己修復材料の合成にも成功しています。この材料は、完全に切断しても1分ほどで再びくっつきます。これには私も驚きました。こんな新発見があるので、研究は探検のようです。仮に予想外のことが起こってもそれを"失敗"だと思ったことはありません。
自己修復機能によって材料の寿命が延びると、環境負荷が軽減すると期待されています。機能性材料には、世界が抱える問題を解決する可能性があるのです。希土類触媒やそれによってつくり出される材料への注目度も増すことでしょう。私もさらなる発見を求めて探検を続けます。
(取材・構成:池田 亜希子/撮影:盛 孝大/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)
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