分子の立体構造解析には、X線結晶構造解析やクライオ電子顕微鏡などが利用されています。有機合成化学、薬学、材料科学などの分野で扱う低分子有機化合物にはX線回折が多く用いられますが、それにはある程度の大きさの良質な試料の結晶が必要でした。米倉 功治 グループディレクターと眞木 さおり 研究員は、X線回折と電子回折を併用して、低分子有機化合物の小さな結晶でも解析を可能にしました。理研ならではの成果です。

放射光科学研究センター
(左)米倉 功治(ヨネクラ・コウジ)
利用技術開拓研究部門
生体機構研究グループ グループディレクター
(右)眞木 さおり(マキ・サオリ)
利用システム開発研究部門
SACLAビームライン基盤グループ イメージング開発チーム 研究員
電子回折に利用した日本電子(株)製のクライオ電子顕微鏡「CRYO ARM 300」と。
研究者を悩ませる試料準備
ある分子の機能がなぜ発揮されるのかを明らかにするために、分子の立体構造を知ることが必要である。播磨地区(兵庫県佐用郡)にあるSPring-8(スプリングエイト)では、世界最高性能を誇るX線で多くの立体構造解析に貢献してきた。しかし、「低分子有機化合物の立体構造を解析するX線回折では、分子がきれいに並んだある程度の大きさの結晶を用意しなければならず、研究者は苦労してきました」(米倉 グループディレクター)。結晶化する代わりにタンパク質の溶液を凍結するだけで解析できる技術が発展し、研究現場は大きく変化した。高性能な透過型のクライオ電子顕微鏡を利用する単粒子解析だ。
30年来クライオ電子顕微鏡の研究に従事してきた二人の下には、多くの相談が寄せられていた。例えば、企業や大学の研究者からの「大きな結晶をつくれない低分子の試料だが、なんとか立体構造を解析できないか」といった相談だ。ところが、「その試料は、X線回折には小さすぎ、電子回折を測定するには厚すぎる粉末でした」(眞木 研究員)
いろいろな試行錯誤の経験があったからこその大発見
播磨地区のX線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA(サクラ)」は、高強度で世界最短のパルス幅を誇る。世界中の研究者がそのビームを求めて測定に訪れる。「2020年、新型コロナウイルスの影響で移動が制限されたこともあり、SACLAの新しい応用研究のために、研究者とじっくり打合せする機会がありました。そこで、低分子量の有機化合物の小さい結晶でも測定できるか試してみようと。SACLAは従来の放射光源の10億倍も高輝度のXFELですから、可能性はあると思いました」(眞木 研究員)
二人は、2011~13年ごろにXFELを用いて細胞などの生物試料の観察を試していた。その際に用いた窒化ケイ素製の試料支持板(以下、支持板)に半導体特性を示す有機分子の微小結晶をテストとして載せた。高額で、ガラスのように固いこの支持板はXFELのビームを当てた瞬間にパリーンと割れてしまった。これは以前から研究者を悩ます問題であった。そこで、眞木 研究員は割れない支持板を探し、ポリイミドテープに行き着いた。軟質なこのテープは割れなかったが、不純物が多く含まれており、測定データに多くのノイズが現れた。そこで、不純物を除去した特注のポリイミドの支持板を使用すると、うまく測定ができた。
支持板を使った背景には、眞木 研究員のあるこだわりがあった。支持板を使わずにタンパク質などの微小結晶をXFELで測定する手法はすでにあったが、試料をチューブに流しながら測定するため多くの試料が必要だった。「誰でも気軽に、少量でも測れるユーザーフレンドリーな方法にこだわりました。そうすればいろいろな研究者が気軽に使えます」。そこでポリイミドの支持板にオイルを塗り、そこに、耳かき1杯にも満たない1mg以下の試料を付着させる方法を選んだ(図1)。「XFELの専門家ではなく、これまでいろいろ試行錯誤してきたからこそのアイデアだったと思います」

図1 XFELによるX線回折データ測定方法
SACLAは、高輝度のX線を10フェムト秒(1フェムト秒=1,000兆分の1秒)以下の時間幅で1秒間に30回のパルス光として出射できる。1ビーム照射するごとに支持板を10μm程度移動させ、4mm四方の板に15万発のビームを照射して回折像を得る。配向を持つ試料の場合(後述)は支持板を回転させる。
この方法で低分子量のローダミン6Gの微小結晶にビームを当てたところ、見事に大量の回折点を検出できた。ただ、回折データを解析するには、結晶中の原子の並びがどのような周期で繰り返されているかという結晶格子情報を補う必要がある。
「クライオ電子顕微鏡の電子線による回折像から得た結晶格子の情報を使いました。電子線の回折像を得るには電子線が透過できるくらい薄い結晶が必要です。電子線と試料との相互作用は、X線と比べて、数万~10万倍も強いので、厚い試料からの測定に向きません。試料中に存在する薄い結晶の部分から得られる回折像からでも結晶格子情報であれば十分に得られます」(眞木 研究員)
こうして、XFELとクライオ電子顕微鏡を組み合わせた手法で、ローダミン6Gの立体構造が微小結晶から明らかになった(図2)。

図2 低分子有機化合物ローダミン6Gの立体構造
緑メッシュはXFELで観測した水素の位置、黄色メッシュはクライオ電子顕微鏡を用いた電子線3次元結晶構造解析法(3D ED)で観測した水素の位置。両線源で特徴的な化学情報が得られた。
配向性分子の解析も可能に
3次元の構造情報を取得するためには、あらゆる方向からXFELを照射して得た回折像が必要である。しかし、半導体特性を示す有機分子は、特定の面でしか支持板に付着しない傾向が強い。「そうした配向性があるからこそ、半導体として機能できるのでしょう。しかし、立体構造解析には不都合です」(米倉グループディレクター)。そこで、支持板を回転させて回折データを集めた。すると、これまで構造が知られていなかった有機半導体分子の立体構造も、XFELとクライオ電子顕微鏡を組み合わせた手法で明らかにできた(図3)。

図3 構造が知られていなかった有機半導体材料分子
クライオ電子顕微鏡を用いた電子線3次元結晶構造解析法(3D ED)から結晶格子情報を補ってXFELで解析した。*をつけた原子は硫黄原子で炭素原子より大きいことが観測できる。
強みを生かした発展につながる組み合わせの妙
今回の測定法は、XFELとクライオ電子顕微鏡がそれぞれの強みを生かすことで、構造解析が難しい試料の立体構造を明らかにできる。開発した技術をさらに発展させる可能性を秘めている。例えばXFELが点滅するパルス光であるという特性を生かせば、時間分解測定が可能になる。時間分解測定とは、連続写真を撮るような測定だ。多くの低分子有機化合物で、化学反応が進むときに原子がどのように動いているのかを観測できるようになるだろう。さらに、クライオ電子顕微鏡には電荷の情報を得ることができるという強みがある。「実際に、ローダミン6Gでは水素が帯びている電荷(電気量)を観測できました。まだ改善は必要ですが、計算で求めていた電荷を実際に観測できる可能性もあります」(米倉 グループディレクター)
これまで見えなかった構造、物性の計測技術のさらなる発展が期待される。今回の技術は大きな結晶をつくるための時間と労力を減らし、従来の手法では構造解析が難しい低-中分子量の有機化合物の立体構造を明らかにする即戦力となるだろう。
(取材・構成:大石 かおり/撮影:大島 拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)
関連リンク
- 2024年2月28日プレスリリース「解析が難しい微小結晶試料の構造を高精度で解明」
- 2023年5月31日プレスリリース「クライオ電顕により電荷、水素原子、化学結合を可視化」
- 2023年3月21日プレスリリース「XFELと電子顕微鏡による低分子有機化合物の結晶構造解析」
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