私たちは人が視線を動かした方向につられて、注意を向けてしまいます。佐藤 弥 チームリーダーは、他人の視線につられる「注意シフト」という心理的な効果が、相手が人間ではなく、アンドロイド(ヒト型ロボット)でも起きることを実証しました。「人の心のメカニズムを探るためにアンドロイドは非常に有用」と、佐藤 チームリーダーは語ります。
佐藤 弥(サトウ・ワタル)
情報統合本部 ガーディアンロボットプロジェクト 心理プロセス研究チーム チームリーダー
アンドロイドの視線につられずにボタンを押せるか?
あなたは心理学実験の被験者だ。目の前のテーブルには、左右に観葉植物のようなオブジェクト(物体)が一つずつ置いてある。そして、実験の進行役から「左右のオブジェクトには小さなLEDライトが取り付けられています。左右のどちらが光ったかを、手元のボタンをできるだけ早く正確に押してください」と、説明を受ける。
ただし、あなたの前にはアンドロイドの「Nikola(ニコラ)」が座っている(図1)。NikolaはLEDが光る直前に視線を左右どちらかに動かして「目くばせ」をする。しかし、Nikolaが視線を向けたほうのLEDが光るとはかぎらない。進行役から「Nikolaの視線はヒントになっていないので、気にしないでください」と説明を受けるが、果たしてあなたはNikolaを無視し、光ったほうのボタンを素早く押せるだろうか?
図1 心理学実験の様子
被験者の正面に座っているアンドロイド「Nikola」。Nikolaの視線に惑わされずに、被験者は左右のオブジェクトのどちらが光ったかを素早く判断しなければならない。
人はNikolaに"心"を見いだす
49名の被験者で行った実験の結果は明らかで、人が素早く正解のボタンを押すことができたのは、Nikolaが向けた視線の先にあるオブジェクトが光った場合だった。逆に視線が"ひっかけ"だった場合に、正解のボタンを押すのが遅れた。まんまとつられてしまったのである。
人間が他人の視線の方向に反射的に注意を向けてしまう注意シフトは、先行する心理学研究ですでに明らかになっている。同じことがアンドロイドの視線でも起きることが、初めて実証されたのだ。
「視線につられてしまうのは、Nikolaが答えを知っていてヒントを伝えようとしているのではないかなどと、私たちが無意識に考えてしまうからです。Nikolaの"心"の状態を推し量る『心的推論』が起きていると考えられます」と佐藤 チームリーダー。
Nikolaと左右のオブジェクトの間に「ついたて」を置き、Nikolaからオブジェクトを見えないようにした実験も行われた。すると被験者はNikolaの視線につられなくなった。「Nikolaからは見えないので、どちらがいつ光るかは分からないはずだ」と被験者がNikolaの"心"を推し量り、「視線は気にしなくてよい」と考えた可能性がある。
自分が被験者でなければ、Nikolaは実験計画に基づいて操作されているだけであり、心などあるはずもない、と考えるだろう。しかしいざ前に座ってみると、Nikolaを人間と同じような心を持った存在だと考えてしまい、その視線や置かれた状況に影響を受けるのである。
視線や表情は心の内を探る重要な手掛かり
人に寄り添い、人が「こころ」を感じる自律的なロボットの開発をする「ガーディアンロボットプロジェクト」の中で、佐藤 チームリーダーらの研究チームは人の心のメカニズムの解明を目指している。そのメカニズムを解明できれば、人の心を持つ(あるいは心があると人が感じる)アンドロイドをつくることが可能になるはずだ。
そのために佐藤 チームリーダーはさまざまな研究を行ってきた。「人の心や感情は自覚できない無意識な部分が多いので、被験者に心の状態を自己申告してもらうような心理学実験には限界があります。そこで、被験者の表情筋の動きや脳の血流の変化などを通して、客観的に心や感情の状態を探る研究を行ってきました」
そうして、人の心や感情の変化の一部は自覚されないまま脳内で素早く処理され、視線や表情、行動として表に出てくることが分かった。他人の視線に無自覚につられる注意シフトもその一つだ。「視線や表情は、人の感情を表に出すための主要媒体です。現在は、心を読み解くための重要な手掛かりとして視線や表情に注目して研究を進めています」
アンドロイドは実験にノイズが入りにくい
今回のような心理学実験は、Nikolaを使わずに人間だけで行うこともできるが、Nikola役の人の態度や演技力などによって被験者が受ける影響が違ってくるため、結果の解釈が難しくなる。「アンドロイドを使うことで実験に余計な影響を与えずに済み、人間による実験よりも心理学的な効果をクリアに見ることができます。人の心理や社会性に基づく現象を調べるツールとして、アンドロイドは非常に有用です」
さらに、Nikolaはさまざまな表情をつくり出すこともできる(図2)。心の内にある感情はどのような表情として外に出てくるのか、それらの表情は他者にどんな影響を与えるのかなどを、Nikolaを使って明らかにしていきたいと佐藤 チームリーダーは話す。「Nikolaを使うことで新しい知見が次々に得られると思います。心のメカニズムの解明に向けて、解くべき問題は非常に多いのですが、心ってこういうものだと納得できる説明ができるところまでたどり着きたいですね」
図2 表情豊かなNikola
ほほ笑んだり、驚いたり、ウインクしたり、怒ったりと、Nikolaは実に表情が豊かだ。空気圧のアクチュエーター(駆動装置)によって滑らかに表情を変えることができ、ロボットであることを感じさせるモーター音や機械音はしない。
(取材・構成:福田 伊佐央/撮影:佐藤 佑樹/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)
関連リンク
- 2024年10月17日プレスリリース「人はアンドロイドの目の動きにつられてしまう」
- 2022年2月10日プレスリリース「ヒトのように表情をつくれるアンドロイドを開発」
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