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研究最前線 2024年12月13日

「地震学×AI」で革新的成果を生み出す

社会のさまざまな分野で急速にAIの活用が進んでいます。防災科学チームの岡﨑 智久 研究員は、複雑で計算が難しい地震学の分野にAIの技術を活用しようとしています。AIに物理法則を教える「PINN(ピン)」という手法を使うことで、従来の地殻変動解析が抱えていた問題を解決しました。

岡﨑 智久の写真

岡﨑 智久(オカザキ・トモヒサ)

革新知能統合研究センター 目的指向基盤技術研究グループ 防災科学チーム 研究員

地震学の法則をAIに学習させる

地震学は、地震の発生の原理や発生に伴うさまざまな変化および現象を研究する分野だ。岡﨑 研究員は地殻変動を大きなスケールで理解するため、地震学にAIを活用する研究を進めている。例えば、断層がずれて地震が発生したとき、揺れが地中をどのように伝わり、地表はどう変形するのか──このような解析にAIを使うのだ。

一般的に現在のAIがデータを学習する方法として広く使われているのが「深層学習(ディープラーニング)」だ。そうしたAIを"賢く"するために必要なのは、大量のデータだ。例えばAIにネコの見分け方を身に付けてもらうには、大量のネコの画像を学習させる必要がある。

地震などの自然現象においては、さまざまな観測技術が向上した現在でも大量のデータを得ることは難しい。そこで岡﨑 研究員が地殻変動の解析に使うのは、一般的な深層学習とは異なる「PINN(Physics-Informed Neural Network、物理法則を組み込んだ深層学習)」という手法だ。PINNでは、大量のデータを学習させる代わりに、すでに分かっている物理法則(地中の揺れの伝わり方、岩石の変形の仕方など)をAIに学習させる(図1)。すると、データを学習しなくても、AIは「地震が発生したら、地面はこう揺れるだろう」といった予測をある程度正確に行うようになる。「PINNでは、物理法則とデータを一緒に学習させることもできます。その場合、AIは物理法則とデータを同時に満たすように学習します」

物理法則を学習させる「PINN」の図

図1 物理法則を学習させる「PINN」

大量のデータをAIに学習させる一般的な深層学習(左)と違い、PINN(右)では物理法則を学習させる。物理法則と共にデータを学習させる場合もある。

PINNは、2010年代後半に開発された応用数学の手法である。土台となる物理法則が分かっていれば、大量の学習用データが用意できなくてもAIを活用できるため、自然科学分野や工学分野での利用が広がっている。

複雑な地下構造にも柔軟に対応

AIを使わずに地殻変動を解析する従来の方法として「数値的方法(数値シミュレーション)」がある。解析する地下の領域を細かいメッシュに分けて、理論モデルを使って各メッシュへの力の伝わり方を網羅的に計算するものだ(図2a)。この方法には、メッシュに分割する技術が必要になる、解析する領域の境界をきちんと定義しないとうまく解析できない、計算量が膨大になるなどの問題があった。

だが、PINNを使えばそれらの問題を解決できる。「メッシュに分割しなくても計算できますし、全体の計算量も少なくなります。解析する領域の境界に妥当な値をAIが指定してくれるので、非常に柔軟性が高く、使いやすい手法だといえます」。PINNを使うことで、地球内部の位置を入力するとその位置の地殻の変位量を適切に出力するようなモデルを、AIが自動で構築するのだ。

PINNの柔軟性の高さは地殻変動解析にとって非常に有効だ。実際の地面の下では断層の両側で「ずれ」が生じたり、岩石の種類が場所ごとに大きく変わったり、非常に複雑な構造になっている。そういった複雑で不連続な地下構造の解析は、従来の数値的方法では対応が難しかったが、PINNなら柔軟に対応できるのだ(図2b)。

地下構造を解析する二つの方法の図

図2 地下構造を解析する二つの方法

地下構造の断面図。色の違いは岩石の硬さの違いを表す。従来の数値的方法(a)では、地下構造を細かいメッシュに分けて解析する。一方、PINNを使った方法(b)では、断層や岩石の違いがあっても連続的に(メッシュに分けることなく)解析できる。

物理法則から外れた答えは出さない

一般的にAIの利用には「ブラックボックス問題」が付きまとう。人間の理解を超える答えをAIが出してきた場合、経緯やその根拠がよく分からないのだ。だが、PINNはそのような問題が比較的少ない。「物理法則を学習させているため、その法則から外れた答えは出てきません。基本的にこれまでの人間の研究成果に照らしても納得できる答えを出してくれます」

PINNを使った地殻変動解析は、まだ基礎研究の段階だと岡﨑 研究員。「これまで2次元の断層モデルを使って検証を続けてきました。今後は3次元の断層を解析したり、時間変化を追ったりできるようにしていきたいと考えています」

AIを組み込んだ地殻変動解析モデルが進歩すれば、揺れのデータから逆算して、地下でどのように断層がずれたかなどを推測することも可能だという。「地表や海底に設置した地震計の観測データなどから、地下の断層の状態をリアルタイムでモニタリングし、地震の発生を予測することも理論的には可能になると思います。将来的にはそういった防災に結びつくシステムを実現させたいですね」

境界領域に見つけた"居場所"

岡﨑 研究員は、地殻変動解析のほかに、揺れの伝わり方や地震の発生メカニズムの研究にもAIを応用している。「AIの分野でよく使われる手法でも、地震学の分野ではあまり活用されていないものが、まだたくさんあります。AIと地震学の新しい組み合わせを考えて実際に試してみるのは非常に手応えとやりがいのある研究です」

地震の専門家によるAIの活用は近年増えてきているが、岡﨑 研究員のようにAIの専門家がその技術を地震学に活用しようとする例は日本ではまだ少ない。

「理研にはAIの専門家がたくさんいますし、計算機の環境も整っています。そういった環境の中から特徴的な研究を続けていきたいですね。AIと地震学のどちらに軸足を置くべきなのかと自分の立ち位置に悩んだ時期もありましたが、今はこの境界領域こそが自分の"居場所"なのだと感じています」

(取材・構成:福田 伊佐央/撮影:大島 拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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