このたび、デイビッド・ベイカー博士、デミス・ハサビス博士、ジョン・ジャンパー博士のノーベル化学賞受賞を心よりお祝い申し上げます。
理化学研究所の研究者のコメントをここに掲載いたします。
- 計算科学研究センター 粒子系生物物理研究チーム 杉田 有治 チームリーダー(計算科学研究センター 副センター長)
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アミノ酸配列情報を使ったタンパク質の立体構造予測と、自然界には存在しないタンパク質の分子デザインは、生命科学における長年の課題でした。これらを解明したデイビッド・ベイカー博士、デミス・ハサビス博士、ジョン・ジャンパー博士のノーベル化学賞の受賞を心よりお祝い申し上げます。AI・機械学習を用いた生命科学の研究がさらに発展し、未解明の生命科学の問題、創薬や医療の高度化などに発展していくことを目指して、理化学研究所においても科学研究のAI開発・AIの科学利用(AI for Science)に関する研究に積極的に取り組んでいきたいと思います。また、我が国のAI for Scienceを支える基盤となる次世代スパコン「富岳NEXT(仮称)」の研究開発に取り組んでいます。
一方で、AI・機械学習で使われるビッグ・データを生み出す実験に携わってきた実験科学者の努力や、立体構造・分子デザインのメカニズムの解明に取り組んできた研究者などの貢献も忘れてはならないと考えています。
- 計算科学研究センター HPC/AI駆動型医薬プラットフォーム部門 奥野 恭史 部門長
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ノーベル物理学賞に続き、化学賞も機械学習・AIに関連する研究に授与されたことに、驚きと喜びを感じております。これまで機械学習やAIは自然科学や生命科学において便利な補助的ツールと考えられてきましたが、この受賞は、機械学習・AIが自然科学や生命科学そのものを変革し得る強力なテクノロジーであり、発明や発見に値するものであることを証明した歴史的瞬間であると考えております。
受賞対象となったタンパク質の立体構造予測AIであるAlphaFoldは、現在公開されている全タンパク質(2億以上)の立体構造を推定し、データベースとして公開しています。2億以上のタンパク質構造を実験で明らかにするには数十年を要すると考えられますが、AIを用いて自動化することで、わずか1、2年でその結果を得ることができたのは、まさにAIの威力を示すものです。
また、AlphaFoldは自然界には存在しないタンパク質、人工タンパク質の立体構造も推定できるため、医薬品の設計ツールとしても大いに期待されています。実際、理化学研究所はAlphaFoldの公開版であるOpenFoldをスーパーコンピュータ「富岳」に実装し、創薬や生命科学研究への応用を進めております。
一方で、AlphaFoldにも限界があり、実際には予測結果が不確かなタンパク質も多く存在します。理化学研究所はこの難題に今も挑戦しており、更なる研究開発に邁進したいと勇気づけられております。
- 最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 科学研究基盤モデル開発プログラム(AGIS) 泰地 真弘人 プログラムディレクター(生命機能科学研究センター 副センター長)
タンパク質立体構造予測AIであるAlphaFold・RoseTTAFoldの成功は、科学のグランドチャレンジ問題がAIによって解決された最初の例で、科学向けAIの可能性を切り開いた驚くべき成果でした。その基礎にある高品質な実験データの蓄積、深層学習以来の機械学習の急速な発展、GPU等による計算能力向上に加え、タンパク質の構造上の特徴をいかにつかむかといった工夫が、この分野の専門家の知識の蓄積の上になされたことも大きいと思います。AIのトップ研究者と、科学の各分野のトップ研究者の集中的な協力で成し遂げられることの可能性の大きさを、痛いほど感じさせられた出来事で、理化学研究所で科学向けAIの開発プログラムを開始するきっかけの一つでもありました。理化学研究所でも、異分野の研究者の協業の可能性を信じ、科学向けAIによる研究加速の実現に向け努力してまいります。