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2025年10月29日

理化学研究所

「グローバル・コモンズ・フォーラム2025」を開催しました

10月7日、理化学研究所(理研)は東京大学、東京大学グローバル・コモンズ・センター(東大CGC)との共催で「グローバル・コモンズ・フォーラム2025」を、東京大学弥生講堂一条ホール/オンラインのハイブリッド形式で開催しました。当日は会場とオンライン合わせて約600名にご参加いただきました。

私たち人類の活動を支える地球システムは、「グローバル・コモンズ」(人類の共有財産)です。しかし、社会や国際情勢の急激な変化により、グローバル・コモンズの保全は危機的状況にあり、脱炭素を目指す国際的な取り組みには暗雲が垂れ込み始めています。

本年のフォーラムでは「Safeguarding Global Commons through Transition to Nature Positive Economy」(ネイチャー・ポジティブ経済へ移行し、グローバル・コモンズを守る)をテーマとし、グローバル・コモンズ保全のための新たな経済システムに向けた具体的な道筋の提示に取り組みました。特に、自然資本の評価と経済システムへの統合を目指した「ネイチャー・オン・ザ・バランスシート」イニシアチブ(自然資本の価値を企業の財務諸表に反映させることを目指す取り組み)においては、企業における最新の取り組みと共に、社会実装に向けた議論が行われました。

開会挨拶では、理研の五神 真 理事長が、地球の限界を超えつつある現状に強い危機感を示すとともに、2030年の目標年を目前にしながらも「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成にはまだ道半ばであることに触れました。その上で、科学の力と国際的な協力によって行動を起こすことの重要性を呼びかけました。本年のフォーラムでは、「ネイチャー・ポジティブ経済への移行」をテーマに掲げ、「自然資本の評価」「地域の取り組みのグローバル化」「AIガバナンス」の3つの柱を中心に、科学・産業・政策・次世代が協働して地球の未来を議論する場となることへの期待を示しました。また、理研の新しい中長期計画や、東大CGCおよびポツダム気候影響研究所(PIK、ドイツ)との国際的な連携の取り組みにも触れ、科学を通じて地球規模の課題解決に貢献していくことを述べました。

開会の辞を述べる五神 真 理事長の写真

開会の辞を述べる五神 真 理事長

開催の辞の全文(英語)はこちらからご覧いただけます。

セッション1でモデレーターを務めた東大CGCダイレクターの石井 菜穂子氏は、「人類が安全に活動できる未来を将来の世代に残すためには、科学、国境を越えた科学の統合だけでなく、ビジネス、政策、そして現実社会との連携が不可欠」と述べました。基調講演では、自然科学分野からRestor創設者の生態学者トーマス・クロウザー(Thomas Ward Crowther)氏が、経済界から「持続可能な開発のための世界経済人会議」(WBCSD)のエグゼクティブ・バイス・プレジデントを務めるドミニク・ウォーレイ(Dominic Kailashnath Waughray)氏が登壇しました。クロウザー氏は「地球上の生態系を劣化させる最大の要因は、経済的な不平等である」と指摘し、地域の土地所有者、農家、先住民族に富を分配する流れを作る必要があると述べました。その実現のために、生物多様性、炭素、水、土地利用といったデータを見える化するプラットフォーム「Restor」を設立したと語りました。一方のウォーレイ氏は、科学とビジネスの間のギャップが重要な課題であると述べ、科学的アプローチ(景観・生態学的アプローチ)を企業のバリューチェーンに適用することの難しさを指摘し、「『温室効果ガス(GHG)プロトコル』のような共通の算定メカニズムが自然資本には欠如しており、水・森林・生物多様性など5つ程度の主要指標に絞ったプロトコルを構築すれば、企業は動き出せるはずだ」と述べました。

「持続可能な開発のための世界経済人会議」(World Business Council for Sustainable Development, WBCSD):競争力の重要な推進力として持続可能性を推進する 250 社以上の大手企業からなる国際経済団体。今日では多くの企業がGHG排出量の算定・報告の仕組みとして採用している「GHGプロトコル」の開発に大きく関わった。

続く5つのセッションでは、自然の真の価値を評価しそれを経済システムに組み込むための具体的な取り組みや最新の情報が共有され、科学やビジネス、政策、そして現実社会との連携を進めるための具体的な議論が展開されました。理研からは、セッション4「ネイチャー・ポジティブ経済実現のための信頼できるインフラの構築:グローバル・コモンズ保全のための地域の取り組み」にて、持田 恵一 チームディレクター(環境資源科学研究センター)が、理研・東大・PIKの3機関で進めている「プラネタリー・レジリエンス科学」について紹介するとともに、生態系の状態を計測するための多様な方法論や、得られたデータの統合化技術の利用と、短期・長期にわたる生態系のモニタリングと予測がその保全の観点で有用であることについての事例を紹介しました。クロウザー氏は、経済界が自然を「理解しやすい測定単位」に分解しようとし続ける限り、自然の本当の価値を見落とし続けることになると指摘し、このフォーラムで議論している、生物多様性を含む生態系システム全体を評価する新たな方法の必要性を強調しました。なおこのセッションでは、いわゆる「言語の壁」が経済界と自然科学のコミュニケーションを妨げていること、その橋渡しが不可欠であることが共有されました。

セッション4の様子の写真

セッション4の様子

セッション5「AIと高性能計算は答えとなるか? グローバル・コモンズの目標に向けた現代AIとそのインフラの光と影」では、松岡 聡 センター長(計算科学研究センター)がモデレーターを務め、自然資本と持続可能な経済の実現に向けて、AI(人工知能)、HPC(高性能コンピューティング)、そして大規模データの活用がどのように貢献し得るかが検討されました。セッションの冒頭で、AIは自然資本の評価に不可欠なツールと認識された一方、AIやスーパーコンピュータが膨大な電力を消費する現実が指摘されました。また、資本がAIによって判断・分配される未来に備える必要性があり、例えば、AIは自然を「伐採可能な資源」だと自然に対して不利な評価をする恐れがある他、人類を「別の知性に置き換え可能な存在」として扱うことも懸念されることから、グローバル・コモンズの保全という目標のためにAIを確実に設計して制御していくためのフレームワークが必要であるとの意見があがりました。そして最後に、GAFAなどの少数の巨大テック企業によって主導されているAI開発の現状と未来について「グローバル・コモンズ(共有財)の理念と両立しうるか?」という問いに対し、公平で透明性のあるAIモデルの構築が鍵であること、そのためには、全てのステークホルダーのネットワークを構築し、全ての文化や地域が公平に扱われる「グローバル・コモンズを育てるための基盤」を構築することが重要である、との見解が共有されました。

セッション5の様子の写真

セッション5の様子

更に特別講演として、「プラネタリー・バウンダリー」(地球の限界)の概念を提唱したヨハン・ロックストローム(Johan Rockström)PIK所長が登壇し、「プラネタリー・ヘルスチェック2025」に基づいて、現在の地球の状況について語りました。「プラネタリー・ヘルスチェック」とは、地球の健康状態をプラネタリー・バウンダリー科学に基づいて毎年評価する取り組みであり、最新のデータによれば、海洋酸性化においても限界が破られ、地球システムの9項目の重要要素のうちの7項目が限界を超過した状態にあることが明らかになりました。しかし、「状況を好転させるチャンスはまだ残っている」とロックストローム氏は強調し、そのためには経済界が大規模かつ迅速に転換する必要があると指摘しました。また、地球全体の安定・回復にはローカル(地域)レベルの取り組みの影響を全球レベルで知ることが不可欠であり、今日ではそれが技術的に可能になりつつあると述べました。

閉会の辞では、藤井 輝夫 東京大学総長が、同大学の2人の若者とともに登壇し、「グローバル・コモンズをどうしたら守れるか」をテーマにディスカッションを展開しました。

理研、東大およびPIKは、グローバル・コモンズ維持に資する科学研究基盤の構築に向けた連携・協力に関する覚書を2025年7月1日付で締結しています。3機関は、それぞれの強みを生かし、グローバル・コモンズ保全のための社会経済システム転換を実現させ得る知見の創出に貢献します。得られた科学的知見を社会に伝えることにも取り組み、人類全体の将来社会への発展に貢献することを目指します。

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