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2010年6月10日

独立行政法人 理化学研究所

歪み単結晶に照射したX線が、巨大な横ずれを引き起こす現象を観測

-結晶歪みというミクロな原子配列の乱れが、X線をmmレベルも横ずれさせる-

ポイント

  • シリコン単結晶を歪ませ、ブラッグ角近傍でX線の横ずれを観察
  • 2006年の「巨大な横ずれ現象」の理論予言を実証
  • 発見した横ずれ現象を利用して、高速光科学用のスイッチング素子へと応用可能に

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、歪ませたシリコンの単結晶に、大型放射光施設SPring-8※1が発するX線(波長が0.08nm:1nmは10-9m)を照射すると、照射角度がブラッグ角※2の近傍では、X線が5mmにも及ぶ巨大な横ずれ現象を引き起こすことを、実験的に初めて観察しました。これは、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)放射光イメージング利用システム開発ユニットの香村芳樹ユニットリーダー、石川哲也主任研究員とX線自由電子レーザー計画合同推進本部(藤嶋信夫本部長)利用グループの澤田桂研究員の成果です。

X線領域の電磁波は、物体との相互作用が非常に小さく強い透過性を持つため、可視光のように鏡やレンズを使って自由に光学システムを構築することができる電磁波と比べると、X線専用の光学素子の開発は非常に困難でした。研究グループは、これまでnmレベルでずらすのが限度だったX線の光路を、約100万倍のmmレベルまでずらすことができる横ずれ現象を発見し、長年のX線光学素子の課題を解決する可能性を見いだしました。

研究グループは、わずかに歪ませたシリコンの単結晶へ、入射角度をブラッグ角近傍である18度程度に設定し、波長0.08nm、ビーム幅0.2mmのX線を照射したところ、X線が5mmにも及ぶ巨大な横ずれ現象を引き起こすとともに、0.04mmという極めて細い幅で平行性が高いビームが出射することを発見しました。結晶の歪みというミクロな原子配列の乱れを生じさせることで、本来直進することしかできなかったはずのX線が、結晶面に沿った方向にmmレベルで横ずれを起こし、X線光路をマクロに制御することに成功しました。

この現象を医療に応用すると、細いビームを小さな患部だけに当て、被ばく量を最小限に抑えることができます。また、この結果を活用した素子は、現在建設が進んでいるX線自由電子レーザー※3で、高速光科学用のスイッチング素子として利用でき、原子の運動のスナップショット観察に役立つ可能性をもたらします。

本研究は、科学研究費補助金基盤研究(B)「ブラッグ反射条件近傍に置いた結晶によるX線波束の異常シフトの観察とX線導波管応用」によるもので、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版(6月14日付け:日本時間6月15日)に掲載され、同誌のハイライト論文として取り上げられる予定です。

背景

X線領域の電磁波では、物体との相互作用の大きさが波長の2乗に比例します。従って、波長が0.1nmレベルと短いX線では、相互作用が非常に小さく、屈折をはじめとした光学現象を実験的に見いだすことが困難でした。一方、2006年には、研究グループの澤田らは、「X線の横ずれ現象が波長の2乗に反比例して引き起こされる」という理論的な予言を提唱しました(K. Sawada, et al., Phys. Rev. Lett., 96, 154802.2006)。この理論は、ブラッグ角を満たすX線の回折では、結晶の原子の周期的な配列が歪んだ場合(図1)に、照射したX線が巨大な横ずれを起こす、というものです。その横ずれ量は、結晶の歪みを100万倍程度拡大した巨大な量となるため、100nmレベルの結晶の歪みが有れば、mmレベルのX線の横ずれが生じる計算になります。従って、歪みの大きさによっては、X線が結晶の縁まで到達するほど横ずれすると考えられていました(図2)

研究手法

研究グループは、結晶試料として厚み0.1mm、大きさ14mm×11mmのシリコン単結晶をゆるやかに反らせて、5mmあたり200nmの歪みを与えました。この歪んだシリコンの単結晶へ、入射角をブラッグ角(約18度)近傍の角度にセットし、SPring-8の理研 物理科学IIビームライン(BL19LXU)から、波長0.08nm、エネルギー15キロ電子ボルト(keV)、ビーム幅0.2mmのX線を照射して、透過したX線を観察しました。

通常、X線領域の研究では、照射された物質側の情報を探る結晶構造解析などの研究が進んでいますが、今回、物質を通過する際のX線側の様子を見るという逆の発想で研究を実施したため、従来、見過ごされてきた現象を見いだすことができました。

研究成果

透過したX線の強度分布を計測したところ、ブラッグ角から大きく外れた場合と、ブラッグ角近傍では、まったく異なる分布を示しました(図3)。特に、ブラッグ角近傍では、さまざまな入射場所から横ずれを起こしたX線が結晶の縁に集まり、入射方向とほぼ平行に出射しました。このときのX線の横ずれ量は5mmにも及び、厚み0.1mmの薄い結晶中を結晶面に沿って伝わっています。X線がこの厚さのシリコンを透過する際の一般的な屈折では、nmレベルでしか曲がらないため、今回の実験のようにX線が大きく曲がる現象は、2006年の澤田らの理論を支持する結果です。また、結晶の縁に達した横ずれX線は、0.04mmという極めて細い幅で平行性が高いビームとなり出射しました(図3右)。過去のX線導波管では、X線を集光しようとしてもすぐにビームが広がるため、利用には適しませんでした。しかし今回、横ずれ現象を用いて、ビーム幅が細いまま伝わる優れた特徴を持ったX線導波管を、世界で初めて実現しました。その結果、細いビームを試料に照射する際、試料を任意の位置に設置でき、実用化に向けた大きなステップとなりました。

今後の期待

今回、原子レベルのミクロな結晶格子の歪みにより、mmレベルのX線の横ずれが生じることを明らかにしました。この現象を医療に応用すると、細いビームを小さな患部だけに当て、被ばく量を最小限に抑えることが出来ます。さらに、超音波振動などによって結晶歪みに高速の変動を加えることで、横ずれが顕著な状態(オン)とほとんど起きない状態(オフ)との間の制御、つまりスイッチングが可能になります。このような素子は、現在建設が進んでいるX線自由電子レーザーにおいて、高速光科学用のスイッチング素子として利用でき、原子の運動のスナップショット観察に役立つと期待されます。

発表者

理化学研究所
放射光科学総合研究センター 基盤研究部 放射光イメージング利用システム開発ユニット
ユニットリーダー 香村 芳樹 (こうむら よしき)

X線自由電子レーザー計画合同推進本部 利用グループ
研究員 澤田 桂(さわだ けい)

お問い合わせ先

播磨研究所 研究推進部 企画課
Tel: 0791-58-0900 / Fax: 0791-58-0800

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.大型放射光施設SPring-8
    兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設。SPring- 8の名前は Super Photon ring-8GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、絞られた強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究を行っている。
  • 2.ブラッグ角
    結晶に入射したX線が強め合って引き起こす反射をブラッグ反射と呼び、そのための条件をブラッグ反射条件と呼ぶ。放射光には、さまざまなエネルギーのX線が混在していて、単一エネルギーのX線を選び出す際に、結晶のブラッグ反射が利用されることが多い。ブラッグ角とは、ブラッグ反射条件を満たすX線の結晶への入射角のこと。
  • 3.X線自由電子レーザー
    X線領域の波長のレーザー。日本では理研が財団法人高輝度光科学研究センターと協力してSPring-8に隣接して整備を進めている。X線自由電子レーザーはSPring-8よりも約10億倍明るい光を生み出すことができ、これを用いると、物質を原子レベルの大きさで、かつ瞬時の動きを観察できると期待されている。
結晶の歪みの模式図の画像

図1 結晶の歪みの模式図

破線は結晶に歪みが無い場合の結晶面を表す。

発見したX線巨大横ずれ現象の概念図の画像

図2 発見したX線巨大横ずれ現象の概念図

X線ビームの軌跡は、結晶の歪み領域で大きな偏曲を受け、結晶の縁まで到達し、結晶から出た後は、結晶に入射する前の方向と平行な方向に伝搬する。

結晶を透過し観測されたX線の強度分布の図

図3 結晶を透過し観測されたX線の強度分布

左:ブラッグ角から大きく外れた場合
結晶を通る前のビームと同様、単一のピーク(赤色)を観測した。

右:ブラッグ角近傍
左図で観察されたピーク(赤色部分)が2つに分かれて観測された。上方の矢印がブラッグ反射条件(角)を満たした結果で、反射が起きたため透過強度が低下した領域(青色)にあたる。左図で観察されたピーク(赤色部分)よりずっと下方に、強度が増大したビーム幅0.04mmのピークが生じている(細い赤色部分、下方の矢印)。これは結晶の縁に至った巨大なX線の横ずれによる。

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