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2010年11月5日

独立行政法人 理化学研究所

光を運動エネルギーに変える新高分子素材の開発に成功

―世界で初めて分子を大面積で3次元的に配列させ、新機能を実現―

ポイント

  • テフロンシートに挟み込み、アイロンに似た操作でブラシ状高分子が高機能フィルムに
  • 分子レベルの微小な構造変化をフィルムの巨視的変形へ一気に変換
  • 光で動く人工筋肉や有機薄膜太陽電池など、さまざまな機能材料の開発に期待

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、光で構造が変化するアゾベンゼン分子※1を組み込んだブラシ状の高分子「ポリマーブラシ※2」を、大面積で3次元的に一挙に配列させる手法の開発に成功しました。この手法によって得たポリマーブラシフィルムに光を当てると、筋肉のように「機械的に動く」機能を発現することを見いだしました。これは、理研基幹研究所(玉尾皓平所長)機能性ソフトマテリアル研究グループの相田卓三グループディレクター、エネルギー変換研究チームの福島孝典チームリーダーと細野暢彦研修生(東京大学大学院博士課程学生)および播磨研究所高田構造科学研究室の高田昌樹主任研究員らによる共同研究の成果です。

機能分子を大面積で規則正しく集積化させる技術は、次世代材料の開発にとって不可欠です。しかし、分子集積体をセンチメートルの大きさで作製することは極めて難しく、これまで多くの挑戦がされてきましたが、有効な手法はありませんでした。研究グループは、光応答性ユニットとしてアゾベンゼン分子を組み込んだポリマーブラシを、延伸したテフロンシート(テフロン®はデュポン社の登録商標です)に挟み込んでアイロンに似た熱と圧力を加える操作を施すと、3次元的な階層構造※3を一挙に形成することを初めて見いだしました。大型放射光施設SPring-8※4放射光X線※4(BL45XU)を用いて、このポリマーブラシフィルムの内部構造を詳細に調べたところ、ポリマーブラシ1本1本が、規則性のある3次元集積構造を形成し、フィルム表面に対して垂直に配列しているという、特筆すべき分子配向構造をしていることが分かりました。さらに、この特異な分子配向構造によって、ポリマーブラシに組み込んだアゾベンゼン分子を光照射で構造変化させると、この分子レベルの微細な動きが一方向に集約し、結果としてフィルムが湾曲するという巨視的変形を引き起こしました。すなわち、この新しい高分子材料は、光エネルギーを運動エネルギーに変換する、著しい光応答機能を持つことが明らかとなりました。この作製手法は、極めて簡便に分子を大面積で階層的に配列させることができ、これまでの材料製造プロセスへの応用だけでなく、次世代の機能材料開発に革新をもたらすものと期待されます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Science』(11月5日号)に掲載されます。

背景

生体の筋肉組織は、究極的な階層構造を持っています。筋肉の最も小さな運動単位であるアクチンとミオシンの滑り込み運動は、それらが集合してできたサルコメア単位※5へ、さらにサルコメアが一方向へと整列した筋原繊維へと、徐々にそのスケールを拡大した集積構造へと伝搬されて行き、効率よく巨大な筋肉の運動を引き起こします。このような自然界で多く見られる階層構造のように、分子の空間的位置を自在に制御し、ある機能を持った分子を大面積でしかも階層的に集積化する技術を開発できると、さまざまな機能材料の性能を著しく向上させるだけでなく、革新的新機能の発現につながると期待されています。このため、このような分子配向技術の確立は材料科学において重要な挑戦課題となっていますが、いまだに有効といえる手法は確立できていませんでした。

研究手法と成果

研究グループは、新しい機能分子のモチーフとして、ブラシ状高分子「ポリマーブラシ」に着目した研究を展開しています(図1)。ポリマーブラシは、非常に長い側鎖を持った高分子の一種で、一般的には側鎖同士の体積による影響で、シリンダー形状(筒状)をとることが知られています。研究グループは、光応答性分子群の開発を目的として、光を感じて構造変化することが知られているアゾベンゼン分子を側鎖に高密度に組み込んだポリマーブラシを設計し、1本あたりの平均分子量が約15万のポリマーブラシを合成しました。

当初、このポリマーブラシをフィルム材料へと加工するため、一般的な方法である「キャスト法※6」を適用したところ、得られたフィルムには分子配向がなく、光に対する応答能力は見られませんでした。しかし、上下から温度と圧力をかけて素材をつぶす「ホットプレス法※7」と呼ぶアイロンに似た手法で作製したフィルム(幅5ミリメートル、長さ6ミリメートル、厚さ10マイクロメートル)は、紫外線(波長360ナノメートル:10-9m)を当てると大きく素早く湾曲し、可視光線(波長480ナノメートル)を照射すると元に戻るという興味深い光応答性(図2)を示しました。このポリマーブラシフィルムの内部構造を、大型放射光施設SPring-8の放射光X線(BL45XU)を用いて詳細に解析したところ(図3)、ポリマーブラシ1本1本が2次元矩形格子※8を組んで集積化し、さらに、90%以上のポリマーブラシがフィルム表面に対して垂直に立って配列していることが分かりました(図4)。この特異な分子配向構造の要因を詳細に検討したところ、ホットプレス後のフィルムの剥離を容易にするために用いていたテフロンシートが、配向メカニズムに重要な役割を果たしていることを突き止めました。ホットプレス時には、ポリマーブラシを2枚の延伸処理※9したテフロンシートに挟んで130℃まで加熱した後、115℃で1時間程度置き、室温まで放冷します。この間にポリマーブラシは、テフロンシート表面の1次元の炭素骨格の分子配向情報を捉え、それに従って2次元矩形格子を組み、規則性のある3次元集積構造を形成することが分かりました。

このポリマーブラシの3次元集積構造は、上下2枚のテフロンシートから別々に誘起されるため、表裏別々の配向方向を持ったフィルムを作り出すことができます。研究グループは、この上下テフロンシートの相対的な向きでフィルムの光応答性が変化する事実を発見し、その知見を基に動作メカニズムの検討を進めました。その結果、フィルム表裏には、それぞれ別々に伸張応力が内在しており、そのバランスがアゾベンゼン分子の光反応によって変化し、フィルムの湾曲という大きな動きをもたらしていることを明らかすることができました。これまでにも光を当てると動くポリマー材料はいくつか知られていますが、ここで見いだされた材料は既知のものとはまったく異なる新たなメカニズムで動作する点でも特徴的です。

今後の期待

今回、「テフロンシートで挟んで加熱しながらプレス」するという、科学的な原理を知らなくても誰にでもできる簡単な操作で、フィルムの表から裏まで完全配向する機能分子の開発に成功しました。機能分子が一方向に完全に並んだフィルムは、機能分子にフィルムの表から裏まで電子を運ばせることが可能となるため、高効率な有機薄膜太陽電池などの開発に非常に有効です。これまで、ナノメートルの大きさで分子を配向させる技術は存在しましたが、その107倍の1cm、ましてや、109倍の1mの大きさで分子を完全に規則的に並べる技術は存在しませんでした。この分子配向技術による大面積での分子配向制御の実現は、有機薄膜太陽電池などの有機デバイス開発だけでなく、有機材料科学分野全体に大きな波及効果をもたらすものと期待されます。また、今回のフィルムが示す光応答機能は、光エネルギーを運動エネルギーに変換するため、光で収縮・膨張を繰り返す新たな人工筋肉材料への応用・展開が見込まれます。

発表者

理化学研究所
基幹研究所 機能性ソフトマテリアル研究グループ
グループディレクター 相田 卓三(あいだ たくぞう)
Tel: 03-5841-7251 / Fax: 03-5841-7310
チームリーダー 福島 孝典(ふくしま たかのり)
Tel: 048-462-1111 ext. 6345, 6349, 6338

お問い合わせ先

ビームラインに関すること
独立行政法人理化学研究所
放射光科学総合研究センター 高田構造科学研究室
主任研究員 高田 昌樹(たかた まさき)
Tel: 0791-58-2942 / Fax: 0791-58-2717

播磨研究所 研究推進部 企画課
Tel: 0791-58-0900 / Fax: 0791-58-0800

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.アゾベンゼン分子
    ベンゼン環2つが窒素二重結合(アゾ基)によって連結された構造をもつ化合物。可視光領域に非常に強い吸収を示すため、色が濃く、古くから染料として用いられてきた。光異性化現象を示す典型的な分子であり、通常トランス型であるアゾベンゼンに紫外光を照射するとシス型へと変形する。一方、シス型のアゾベンゼンに可視光を照射するとトランス型へと戻る性質を持っている。この光異性化を通じて、アゾベンゼン分子の末端の炭素間距離は9Å(Å = 10-10m)から5.5Åへと変化する。
  • 2.ポリマーブラシ
    1本の主鎖から長い側鎖が高密度に分岐した構造を持つ高分子。その形状が、ボトル瓶などを洗浄する際に用いるブラシに似ていることから、ポリマーブラシと呼ばれる。側鎖が長くなればなるほど、側鎖同士の体積による反発でブラシ全体はシリンダー状の形状をとるようになる。
  • 3.階層構造
    複数のある構造体が集合することで1つのユニットを形成し、その集合体が複数集まることでさらに大きな1つのユニットを形成する。階層構造は、このような集積化を繰り返してできた構造で、タンパク質をはじめとする生体組織に多く見られる。
  • 4.大型放射光施設SPring-8、放射光X線
    SPring-8は兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を生み出す理研の施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来。放射光X線とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
  • 5.サルコメア単位
    複数のアクチンフィラメントとミオシンフィラメントが交互に入り組んだ構造を持っている筋収縮の最小単位。筋肉の収縮は、アクチンがミオシン側に滑り込み、サルコメア単位が収縮することによって起こる。
  • 6.キャスト法
    素材を溶媒に溶かした状態で基板表面に塗り、溶媒を徐々に揮発させて薄いフィルムを得る方法。
  • 7.ホットプレス法
    素材を上下から温度と圧力をかけてつぶし、フィルムへと加工する方法。
  • 8.2次元矩形格子
    分子、またはその集合体が長方形に整列してできた2次元格子。この格子構造によってX線が回折現象を起こすため、X線構造解析において特徴的な回折パターンが観測される。
  • 9.延伸処理
    シートを延伸することにより、高分子を一方向へとそろえ、材料としての機械的強度や機能性能を向上させる処理。一般的な高分子シート素材は、製造過程において延伸処理が行われている。
ポリマーブラシの分子構造(左)とその模式図(中央)、ボトル洗浄用のブラシ(右)の図

図1 ポリマーブラシの分子構造(左)とその模式図(中央)、ボトル洗浄用のブラシ(右)

フィルムの光による変形(上)とアゾベンゼンの光異性化に伴う構造変化(下)の図

図2 フィルムの光による変形(上)とアゾベンゼンの光異性化に伴う構造変化(下)

ポリマーブラシのつくる2次元格子のX線回折パターン

図3 ポリマーブラシのつくる2次元格子のX線回折パターン

(左)115℃におけるX線回折パターン。
(右)ブラシが垂直配向したフィルムからの2次元回折像。

ポリマーブラシが形成する階層構造の模式図の画像

図4 ポリマーブラシが形成する階層構造の模式図

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