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2013年5月9日

理化学研究所

マイクロ流体チップに使う小型電動バルブを開発

-0.01cm3以下と超小型で0.7秒の高速応答のバルブを組み込む-

ポイント

  • 電気で変形する特殊電動ポリマーを用いた小型電動バルブ
  • 圧電素子に比べ体積に対する変位率が大きいポリマーを利用
  • 小型医療診断や生化学実験ツールなどの応用に期待

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、化学・生化学実験や医療診断に適したマイクロ流体チップ[1]に組み込む小型電動バルブ[2]を開発しました。電圧をかけることで一定方向に大きく変形する東海ゴム工業株式会社の特殊な電動ポリマー[3]の「スマートラバー(SR)アクチュエータ」を用い、0.01cm3以下という超小型化と0.7秒の高速応答性を実現しました。これは、理研生命システム研究センター(柳田敏雄センター長)集積バイオデバイス研究ユニットの田中陽ユニットリーダーと東海ゴム工業新事業開発研究所・SR研究室の藤川智宏研究員、および東京大学大学院工学系研究科の嘉副裕助教、北森武彦教授らとの共同研究グループによる成果です。

マイクロ流体チップは、従来実験室で分かれた複数の化学・生化学分野の実験・分析行程を集積化した次世代医療診断や生化学実験に有用なチップです。これは、数cm角の基板上に幅・深さ1mm以下の流路を加工した小型で高速処理が可能なデバイスで、省エネや環境負荷軽減が期待されています。

マイクロ流体チップ上の流体を制御するには非常に小さなバルブが必要です。これまでに、細胞分離や各種分析、医療診断用のマイクロデバイスなどでは、コンプレッサやポンプなどで空圧を発生させ、柔軟な樹脂の膜を動かして開閉するバルブが利用されています。しかし、空圧発生源はマイクロチップに搭載するには大きすぎ、音や振動も激しいため、小型デバイスには利用されていませんでした。そこで共同研究グループは、電圧を印加すると一定方向に大きく変形する特殊電動ポリマーを用いて超小型の電動バルブを開発しました。実際にこのバルブを用いて流体の流れを制御したところ、バルブの応答速度は約0.7秒、耐圧は4.0キロパスカル(kPa)と、実用に十分の性能があることを実証しました。

今回の成果により、マイクロ流体チップ全体をコンパクト化できるため、今後、小型医療診断装置や生化学実験ツールなど、持ち運び可能なデバイスへの応用が期待できます。

本研究成果は、オランダの科学雑誌『Sensors and Actuaors B, Chemical』に近日掲載されます。

背景

数cm角の小さな基板上に幅・深さ1mm以下の流路を精密加工したマイクロ流体チップは、化学・生化学の複数の実験・分析行程を1つのチップ上に集積化した省エネ・小型・高速のデバイスとして期待されています。

流体の量や速さを制御するには液体の出入り口を開閉するバルブが必要です。これまでに、柔軟な樹脂の膜をコンプレッサやポンプを使って動かすバルブが開発され、細胞分離や各種分析、医療診断用などのマイクロデバイスなどが実現されています。

しかし、コンプレッサやポンプのような空圧発生源は体積が極めて大きく、また音や振動なども発生するため、システム全体の集積化は難しく、小型で持ち運び可能なデバイスを実現するうえで大きな課題となっています。一方、コンパクト化可能な電動のピエゾ素子(圧電素子)[4]を用いたバルブも開発されていますが、ピエゾ素子は変位率が小さく、所望の変位量を得るには素子サイズを大きくする必要があり、結局システムが大きくなってしまうというジレンマを抱えていました。

共同研究グループは、東海ゴム工業株式会社が開発した特殊な電動ポリマー「スマートラバー(SR)アクチュエータ」に着目しました。この特殊電動ポリマーは、印加電圧に対して一定の方向に大きく変形します。この特徴を生かして新たなバルブ構造を設計し、マイクロ流体チップに組み込んで機能を実証することを目指しました。

研究手法と成果

電動ポリマーは、電極で挟み込み上下方向に電圧を印加すると、上下方向に縮み、横方向に伸びる性質があります(図1A)。この電動ポリマーをドーム状に成型したシリコンゴム膜上に置きます。電圧を50V/μm~60V/μm 印加すると電動ポリマーは横方向が固定化されているため下方に変形します。これによって流路穴をふさいで小型電動バルブとする構造を考案しました(図1B)。次に、直線状の流路を持つガラス製のマイクロ流体チップ(7cm×3cm)の中央部に、特殊電動ポリマーを組み込んだデバイスを作製しました(図1C、図2)。

実際に、蛍光の微小ポリスチレン粒子を入れて可視化した流体を流し、蛍光顕微鏡でバルブ機能を検証しました(YouTube:蛍光の微小ポリスチレン粒子を入れて可視化した流体を流し、バルブ機能を検証した様子図3)。その結果、小型電動バルブの開閉で、スムーズに流体を流したり止めたりできることが分かりました。この小型電動バルブの応答速度は、約0.7秒、耐圧は4.0キロパスカル(kPa)で、通常のマイクロ流路に流される液体の圧力に対して十分といえます。

今後の期待

特殊電動ポリマーを応用した小型電動バルブをマイクロ流体チップに組み込んだことにより、システム全体を非常にコンパクトにすることが可能となりました。今後、小型医療診断や生化学実験ツールなどへの応用が期待できます。

原論文情報

  • Yo Tanaka, Tomohiro Fujikawa, Yutaka Kazoe, Takehiko Kitamori. "An active valve incorporated into a microchip using a high strain rate electroactive polymer". Sensors and Actuators B,Chemical, 2013,doi: 10.1016/j.snb.2013.04.025

発表者

理化学研究所
生命システム研究センター 細胞デザインコア 合成生物学研究グループ 集積バイオデバイス研究ユニット
ユニットリーダー 田中 陽 (たなか よう)

お問い合わせ先

生命システム研究センター
広報担当 川野 武弘(かわの たけひろ)
Tel: 06-6155-0113 / Fax: 06-6155-0112

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.マイクロ流体チップ
    バイオ分析や化学分析(システム)をマイクロスケール化する目的で、溶液の混合、反応、分離、精製、検出などざまざまな化学操作をミクロ化したデバイス、半導体製造技術(微細加工技術)を用いて基板に集積化する。
  • 2.電動バルブ
    電動アクチュエータを使い、流体の流れを止める弁。マイクロ流体チップの分野では大半が作製しやすい空圧系バルブであるため、あまり例はないが、これまでに点字ディスプレイなどに利用する大変位型のピエゾ素子を用いたバルブが開発されている。
  • 3.電動ポリマー
    電圧を印加するとその強さに応じて一定の方向に変形する高分子。ピエゾ素子に比べて非常に変位率が大きいという特徴がある(ピエゾ素子約0.1%に対して電動ポリマー数%)。超薄型マイクロフォンなどに応用されている。
  • 4.ピエゾ素子(圧電素子)
    圧電効果を利用した受動素子のこと。圧電体に加えられた力を電圧に変換したり、電圧を力に変換したりする。アクチュエータ、センサとしての利用の他、アナログ電子回路での発振回路やフィルタ回路にも用いられる。
バルブのデザインおよび駆動原理の図

図1 バルブのデザインおよび駆動原理

  • (A) 印加電圧による変形の模式図
    上下方向に電圧を印加すると、横方向に伸びる。
  • (B) チップに組み込んだバルブのデザイン
    電圧を印加することで、電動ポリマーが下方に変位し、シリコンゴム製の膜を通して流路穴をふさぐ。
  • (C) マイクロチップ俯瞰図および流体観察方法
    左右は対照・独立の流路で、片側だけ実験に用いた。流体可視化用の蛍光ポリスチレン微粒子(直径1μm)の溶液を定圧ポンプで流路に導入し、バルブ部分よりも下流の部位で蛍光観察し、粒子の動きを測定した。
マイクロ流体チップの写真 (7×3 cm、流路幅300μm)の画像

図2 マイクロ流体チップの写真 (7×3cm、流路幅300μm)

バルブの駆動原理検証実験の図

図3 バルブの駆動原理検証実験

  • (A)バルブ開(t=0.00s)→閉(t=2.00s)時の粒子の動き。
    緑点が粒子を表す。バルブ開時は動いていた粒子が閉時になると静止している。
  • (B)バルブ閉(t=0.00s)→開(t=2.00s)時の粒子の動き。
    バルブ閉時は静止していた粒子が開時になると動いている。
  • (C)(D)A、Bそれぞれ赤円で囲った粒子の変位をトレースし、時間に対してプロットしたグラフ。

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