1. Home
  2. 研究成果(プレスリリース)
  3. 研究成果(プレスリリース)2013

2013年12月26日

理化学研究所

関節リウマチに対するゲノム創薬手法を開発

-ゲノム創薬の新たな可能性を発見-

ポイント

  • 10万人以上のビッグデータ解析で関節リウマチの101個の感受性遺伝子領域を同定
  • 網羅的なデータベース解析を通じて関節リウマチの新たな疾患病態が判明
  • 新たなゲノム創薬手法を見いだし、関節リウマチに対する新規治療薬候補を発見

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、全世界の10万人以上を対象としたゲノムワイド関連解析(GWAS)[1]を行い、関節リウマチの発症に関わる101個の感受性遺伝子領域を同定しました。また、新たなゲノム創薬手法を見いだし、関節リウマチの治療における新規治療薬候補を同定しました。これは、理研統合生命医科学研究センター(小安重夫センター長代行、久保充明副センター長)自己免疫疾患研究チームの山本一彦チームリーダーと、統計解析研究チームの岡田随象客員研究員、および東京大学、京都大学、東京女子医科大学、ハーバード大学を中心とする国際共同研究グループ[2]による成果です。

関節リウマチは、関節の炎症と破壊をもたらす自己免疫疾患[3]であり、遺伝的要因が発症に関与することが知られています。これまでに国内外の研究グループによってGWASが実施され、関節リウマチの発症に関与する感受性遺伝子領域が数多く報告されています。

国際共同研究グループは世界中のGWASのデータを統合し、アジア人および欧米人を含む10万人以上を対象としたビッグデータ解析[4]を実施しました。その結果、新たに発見した42領域を含む、計101領域の感受性遺伝子領域を同定しました。次に、得られた感受性遺伝子領域内の遺伝子と多様な生物学的データベースとの網羅的な照合を行いました。その結果、関節リウマチの感受性遺伝子の一部が、原発性免疫不全症候群[5]白血病[6]の感受性遺伝子と共通していることや、関節リウマチの病態が制御性T細胞[7]や多様なサイトカインシグナル[8]によって制御されていることが判明しました。さらに、GWASで同定した疾患の感受性遺伝子領域内の遺伝子と創薬データベース上のターゲット遺伝子のつながりを調べ、候補となる治療薬を探すという、新しいゲノム創薬手法を見いだしました。その結果、関節リウマチの感受性遺伝子がタンパク質間相互作用ネットワーク[9]を介して、関節リウマチの治療薬のターゲット遺伝子とつながっていることが明らかになりました。また、他の病気に対する既存の治療薬の中で、関節リウマチの感受性遺伝子をターゲットとしているものがあり、それら既存の治療薬を関節リウマチの治療に適応拡大できる可能性を示しました。実際に、乳がんなどの治療に使われているCDK4/6阻害薬[10]が有力な治療薬候補として同定されました。

本研究は、厚生労働省(創薬基盤推進研究事業)創薬バイオマーカー探索研究班(班長 桃原茂樹)とオーダーメイド医療実現化プロジェクトの成果を活用しました。成果は、英国の科学雑誌『Nature』のオンライン版(12月25日:日本時間12月26日)に掲載されます。

背景

関節リウマチは、関節の炎症と破壊をもたらす自己免疫疾患で、国内に約70~80万人の患者がいると推定されています(平成23年厚生科学審議会報告書)。関節リウマチの発症には、喫煙などの環境因子に加えて、多くの遺伝的要因が関わっています。個人間におけるゲノム配列の違い、すなわち遺伝子多型[11]が関与していることが知られており、国内外で多くのゲノムワイド関連解析(GWAS)が実施され、関節リウマチの発症に関与する多数の感受性遺伝子領域が同定されてきました。

しかし、これまでは特定の人種を対象に、各研究機関で別々に実施したものが大半でした。そのため、それらのデータを統合したビッグデータ解析を行うことができれば、より多くの関節リウマチ感受性遺伝子領域が同定され、病態の解明や新薬の開発が進むと期待されていました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、世界の有力大学・研究機関の協力を得て、これまで実施された全ての関節リウマチのGWASデータを統合し、ビッグデータ解析を実施しました。アジア人および欧米人集団を含む10万人以上のサンプルと、約1,000万の一塩基多型(SNP)[11]で構成されたビッグデータを対象とした解析の結果、101個の遺伝子領域に含まれる一塩基多型が関節リウマチの発症に関与していることが明らかになりました。このうち42領域は新規の発見です(表1図1)。また、これらの遺伝子領域に含まれる一塩基多型のうち、発症しやすい遺伝子変異を持つ人は、それら遺伝子変異を持たない人に比べ、1.1~1.5倍程度、関節リウマチにかかりやすいことが分かりました。

次に、関節リウマチの感受性遺伝子領域内の遺伝子と多様な生物学的データベースとの網羅的な照合を行いました。その結果、関節リウマチの感受性遺伝子の一部が、原発性免疫不全症候群や白血病の感受性遺伝子と共通していることが明らかになりました。また、制御性T細胞のDNAにおいて遺伝子発現機構を制御している領域と、関節リウマチの感受性遺伝子領域に重複が認められることや、多様なサイトカインシグナル(インターロイキン10、インターフェロン、顆粒球単球コロニー刺激因子など)が関節リウマチの発症に関与していることが明らかになりました(図2)。

さらに、国際共同研究グループは、創薬データベースに登録されたさまざまな疾患の治療薬のターゲット遺伝子の情報を整理し、GWASで得られた疾患の感受性遺伝子とのつながりを検討する、新しいゲノム創薬手法を考案しました。その結果、関節リウマチの各感受性遺伝子が、タンパク質間相互作用ネットワークを介して、関節リウマチの治療薬における治療ターゲット遺伝子とネットワークを形成していることが明らかになりました(図3)。また、既存の他の病気に対する治療薬の中には、関節リウマチの感受性遺伝子をターゲットとしているものがあり、それらを関節リウマチの治療に適応拡大できる可能性を示しました。実際に、乳がんなどの治療に用いられているCDK4/6阻害薬を有力な治療薬候補として同定しました。

今後の期待

関節リウマチの治療方法は近年、飛躍的な進歩を遂げていますが、既存の治療方法では十分な効果が得られない場合や、副作用が生じて治療を続けられなくなる場合もあります。今回の研究で明らかになった関節リウマチの感受性遺伝子領域内の遺伝子や疾患病態を考慮することで、より効果的で、より副作用の少ない、新たな治療薬の開発に結びつくと考えられます。また、今回見いだしたゲノム創薬手法を関節リウマチ以外の疾患にも適用することで、さまざまな疾患に対する新薬の開発が加速する可能性があります。

原論文情報

  • Okada et al. "Genetics of rheumatoid arthritis contributes to biology and drug discovery" Nature, 2013 DOI: 10.1038/nature12873

発表者

理化学研究所
統合生命医科学研究センター 自己免疫疾患研究チーム
チームリーダー 山本 一彦(やまもと かずひこ)

統合生命医科学研究センター 統計解析研究チーム
客員研究員 岡田 随象(おかだ ゆきのり)
(現所属:東京医科歯科大学テニュアトラック講師)

お問い合わせ先

統合生命医科学研究推進室
Tel: 045-503-9121 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.ゲノムワイド関連解析(GWAS)
    Genome-Wide Association Study。疾患の感受性遺伝子を見つける代表的な方法。ヒトゲノムを網羅した数百万~1,000万の一塩基多型を対象に、対象サンプル群における疾患との因果関係を評価できる。2002年に世界で初めて理化学研究所で実施された手法であり(Ozaki K et al. Nature Genetics, 2002, doi:10.1038/ng1047)、以後世界中で精力的に実施されている。
  • 2.国際共同研究グループ
    理化学研究所統合生命医科学研究センター(久保充明副センター長、山本一彦チームリーダー、高橋篤チームリーダー、鈴木亜香里上級研究員、高地雄太上級研究員、岡田随象客員研究員)、東京大学(山本一彦教授)、京都大学大学院医学研究科附属ゲノム医学センターおよび医学研究科臨床免疫学(松田文彦センター長、三森経世教授、山田亮教授、大村浩一郎講師、寺尾知可史助教)、東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター(山中寿所長、桃原茂樹教授、猪狩勝則准教授)、米国ハーバード大学医学部およびブロード研究所(ロバート M プレンジ博士:Dr. Robert M. Plenge、ショウモウ レイチャウドリ博士:Dr. Soumya Raychaudhuri)、ファインスタイン研究所、バンデルビルト大学、コロンビア大学、アラバマ大学、ジェネンテック社、グラクソスミスクライン社、英国のマンチェスター大学、カナダのマウントサイナイ病院およびマギル大学、スウェーデンのカロリンスカ研究所およびウメア大学、オランダのライデン大学とグローニンゲン大学およびラドボード大学、フランスのパリ大学、スペインのスペイン国立研究所、オーストラリアのクイーンズランド大学、中国の第二軍医大学、韓国のハンヤン大学、 Genetics and Allied research in Rheumatic diseases Networking(GARNET)コンソーシアム、 Rheumatoid Arthritis Consortium International(RACI)コンソーシアムを中心とする国際共同研究グループ。
  • 3.自己免疫疾患
    本来、細菌やウイルスなどの外来性の病原体を体内から排除するために機能する免疫システムが、自己を構成する成分に対しても反応するために生じる疾患の総称。
  • 4.ビッグデータ解析
    巨大かつ複雑なデータ集合を対象とした統計解析の総称。本研究では、複数の人種で構成された10万人以上のサンプルから得られた1,000万SNPの遺伝情報データや、多様な生物学的データベースを対象に、網羅的な遺伝統計解析を実施した。
  • 5.原発性免疫不全症候群
    遺伝的な要因により、先天的に免疫機構が正常に働かないために生じる免疫疾患の総称。
  • 6.白血病
    血液系由来の細胞における悪性腫瘍の総称。本研究では、特にリンパ球由来の悪性腫瘍(リンパ腫)において、関節リウマチと共通した感受性遺伝子が認められた。
  • 7.制御性T細胞
    免疫反応を制御するリンパ球の一種であるT細胞の中で、抑制的制御(免疫寛容)を司るT細胞に対する総称。自己免疫疾患の発症に関与していることが示唆されている。
  • 8.サイトカインシグナル
    細胞間での情報交換を担うタンパク質をサイトカインと呼び、サイトカインによって引き起こされるシグナル伝達機構をサイトカインシグナルと呼ぶ。
  • 9.タンパク質間相互作用ネットワーク
    Protein-protein Interaction Network。タンパク質間の相互作用によって形成されるネットワーク。生物の細胞内では巨大なタンパク質間相互作用ネットワークが形成され、さまざまな生体機能をつかさどっている。
  • 10.CDK4/6阻害薬
    細胞周期を制御するサイクリン依存性キナーゼであるCDK4とCDK6を阻害する薬剤。乳がんなどの悪性腫瘍の治療に使用されている。関節リウマチの動物モデルにおいては、関節炎に対する有効性が示されている(Sekine C et al. J Immunol, 2008, 180:1954-1961)。
  • 11.遺伝子多型、一塩基多型
    ヒトゲノムの個人間の違いのうち、集団での頻度が1%以上のものを遺伝子多型と呼ぶ。代表的なものとして、一塩基多型(SNP; Single nucleotide polymorphism)がある。
関節リウマチの感受性遺伝子領域の一覧表画像

表1 関節リウマチの感受性遺伝子領域

大規模なゲノムワイド関連解析(GWAS)を通じて同定した101個の関節リウマチ感受性遺伝子領域の一覧。赤字は、今回の研究で新たに同定した42の感受性遺伝子領域。

今回の研究の概要の図

図1 今回の研究の概要

10万人×1,000万のSNPのビッグデータ解析を通じて101個の関節リウマチ感受性遺伝子領域を同定し、多彩な生物学的データベースとの網羅的解析を行った。また、タンパク質間相互作用ネットワークを介して、疾患感受性遺伝子と創薬データベース上のターゲット遺伝子のつながりを調べる新しいゲノム創薬手法を見いだした。

同定した関節リウマチ感受性遺伝子の一例の図

図2 同定した関節リウマチ感受性遺伝子の一例

関節リウマチの病態への関与や、細胞特異的な遺伝子発現機構制御(ヒストン修飾:H3K4me3)および創薬ターゲット遺伝子との関わりを個別に評価することで、各感受性遺伝子の性質を分類することが可能となった。

関節リウマチ感受性遺伝子と治療薬、治療対象疾患のつながりの図

図3 関節リウマチ感受性遺伝子と治療薬、治療対象疾患のつながり

関節リウマチの各感受性遺伝子が、タンパク質間相互作用ネットワークを介して、現在使用されている関節リウマチ治療薬のターゲット遺伝子と実際につながっていることが分かる。また、乳がんなどに対して使用されている治療薬「CDK4/6阻害剤」のターゲット遺伝子ともつながっていることが分かり、これにより、同治療薬を関節リウマチの治療に適応できる可能性が示された。

Top