ポイント
- DNAとヒストンあるいは抗菌ペプチドの複合体がT細胞の活性化を増強
- DNAが炎症性T細胞の分化に必要な遺伝子群の発現を上昇させる
- 細胞外DNAを標的としたアレルギー疾患の治療や予防への応用に期待
要旨
理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、死細胞から放出されるDNAがアレルギー反応を引き起こす炎症性T細胞[1]の分化を誘導することを発見しました。これは、理研統合生命医科学研究センター(小安重夫センター長代行)免疫シグナル研究グループの斉藤隆グループディレクター(副センター長兼務)、今西貴之研究員と、大阪大学免疫学研究フロンティアセンター、マイアミ大学、ケープタウン大学などとの共同研究グループの成果です。
私たちの身体には、自己と異物を見分け病原体を排除する免疫システムが備わっています。しかし、花粉などの病原体ではない異物に対して、免疫システムが過剰に反応すると、花粉症などのアレルギー疾患が発症します。アレルギーの発症にはヘルパーT細胞[2]の1つ「Th2細胞[2]」が、重要な役割を果たしています。抗原にさらされたことがないT細胞(ナイーブT細胞[1])が花粉などの抗原に反応することでTh2細胞に分化しますが、詳細な分化メカニズムは解明されていませんでした。
共同研究グループは、核酸(DNA、RNA)がT細胞の機能に及ぼす影響を調べたところ、自分の細胞由来の核酸が、ヒストン[3]または抗菌ペプチド[4]と複合体を形成することによって、T細胞の活性化を増強することを見いだしました。核酸はこれまで、樹状細胞[5]などの自然免疫細胞だけに感知されると思われていましたが、T細胞を直接活性化することが分かりました。さらに、核酸による刺激が、ナイーブT細胞からTh2細胞への分化を強く促進することが分かりました。
生体内においてDNAは、感染や炎症部位などの死細胞から放出されます。実際に、死細胞の存在下でヘルパーT細胞の分化を解析したところ、死細胞から放出されるDNAがTh2細胞の分化を促進することが明らかになりました。
今回、自己の細胞由来のDNAがアレルギー反応を引き起こす原因物質の1つであることを明らかにしました。今後、アレルギー性疾患に対する新たな治療法の開発につながると期待できます。
本研究成果は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(4月10日付け:日本時間4月10日)に掲載されます。
背景
私たちの身体には自己と異物を見分けて、異物を攻撃する免疫システムが備わっています。しかし、花粉やハウスダストなど異物ではあるが病原体ではない物質に対して免疫システムが過剰に反応すると、アレルギー疾患が誘導されます。アレルギー反応に重要な働きをするのが、ヘルパーT細胞の1つ「Th2細胞」です。抗原と接触したことがないT細胞(ナイーブT細胞)が、花粉などの抗原と遭遇することによって、それぞれの抗原に対し特異的にアレルギーを誘導するTh2細胞に分化します。
同様にナイーブT細胞から分化するヘルパーT細胞に、「Th1細胞[2]」があります。Th1細胞は、細胞内に侵入・寄生する病原体の排除に重要な役割を担っています。樹状細胞などの自然免疫を司る細胞が、Toll様受容体(TLR)[6]によって、病原体に特有の成分を感知して活性化され、ナイーブT細胞をTh1細胞へと分化させるのに重要であることが分かっています。しかし、ナイーブT細胞からTh2細胞に分化する要因に関してはよく分かっていませんでした。
2007年に研究グループは、Th1細胞がTLRのリガンド[7]の一種のリポペプチド[8]によって直接活性化されることを報告注)しましたが、TLRのリガンドの一種である核酸がT細胞の機能に直接及ぼす影響に関しては不明でした。そこで、共同研究グループはこの影響に関して検討しました。
注)Imanishi, T., et al. TLR2 directly triggers Th1 effector functions. J. Immunol. 178:6715-6719, 2007.
研究手法と成果
共同研究グループは、TLRを活性化する病原体が持つ特有な配列の核酸を用いて、核酸がT細胞の活性化に及ぼす影響を調べました。その結果、それらの核酸がT細胞の活性化を増強することを見いだしました。しかし、予想に反してこれらの核酸によるT細胞の活性化は、TLRとは異なる未知の受容体を介していることが分かりました。さらに病原体に特有の配列を持ったDNA(CpG)だけでなく、哺乳類の細胞にも存在するランダムな配列でもT細胞の活性化が増強されました。次に哺乳類の細胞由来の核酸の効果を調べたところ、哺乳類細胞由来の核酸単独ではT細胞の活性化には効果がありませんでした。しかし、DNAの折りたたみに重要なタンパク質である「ヒストン」、あるいは炎症などによって放出される「抗菌ペプチド」などと複合体を形成した場合、これらの核酸はT細胞に取り込まれ、T細胞の活性化の増強が誘導されることが分かりました。さらに、これらの核酸によるT細胞の活性化が、ヘルパーT細胞の分化に影響するかを調べました。すると、ナイーブT細胞からTh2細胞への分化を強く促進することが分かりました。逆に、Th2細胞と拮抗的な役割を果たすTh1細胞への分化は核酸により抑制されることも判明しました。
生体内での核酸の源は死細胞と考えられています。そこで、死細胞の存在下でナイーブT細胞を活性化してヘルパーT細胞の分化を解析した結果、Th2細胞への分化が特異的に促進されました。このTh2への分化は、DNA分解酵素の存在下では観察されなかったことから、死細胞由来のDNAがTh2細胞への分化に関与していることが明らかになりました(図1)。花粉やハウスダストなどの抗原が体内に侵入し、炎症反応が起きることで多くの細胞死が誘導されます。このことからも、死細胞から放出されるDNAが炎症性のTh2細胞への分化を強く促していることが示唆されました。
また、DNAによるTh2細胞への分化のメカニズムについて、遺伝子レベルで調べました。その結果、Th2細胞への分化に関与する遺伝子群(GATA-3、IL-4など)の発現を抑制する転写因子T-betの発現が、DNAの刺激によって強く抑制されることを見いだしました。つまり、DNAの刺激によってTh2細胞への分化に必須の転写因子GATA-3やTh2細胞に特徴的なサイトカイン[9](IL-4、IL-5、IL-13など)の発現上昇が誘導されることを明らかにしました(図2)。
以上のことから、死細胞から放出されるDNAをT細胞が感知し、Th2細胞の分化に必要な遺伝子群の発現スイッチをオンにすることによって誘導されることが明らかになりました。
今後の期待
花粉症などのアレルギー疾患は国民の約1/3もが罹患している現代病の1つですが、その発症のメカニズムに関しては未解明の部分が多いままでした。今回の成果により、死細胞から放出されるDNAが、アレルギーを引き起こすTh2細胞の誘導に重要な役割を果たしていることが明らかになりました。今後、細胞外のDNAを標的にしたアレルギー疾患の治療法および予防法の開発に発展する可能性が考えられます。また、T細胞に特異的と思われるDNAセンサーの解明は、アレルギー疾患の予防法・治療法の開発に新たな手掛かりを与えることが期待され、大きな課題になると考えられます。
原論文情報
- Takayuki Imanishi, Chitose Ishihara, Mohamed El Sherif Gaderhaq Badr, Akiko Hashimoto-Tane, Yayoi Kimura, Taro Kawai, Osamu Takeuchi, Ken J. Ishii, Shun-ichiro Taniguchi, Tetsuo Noda, Hisashi Hirano, Frank Brombacher, Glen N. Barber, Shizuo Akira, and Takashi Saito,“Nucleic acids sensing by T cells initiates Th2 cell differentiation”,Nat. Commun. 5:3566doi: 10.1038/ncomms4566 (2014)
発表者
理化学研究所
統合生命医科学研究センター 免疫シグナル研究チーム
グループディレクター 齊藤 隆(さいとう たかし)
お問い合わせ先
統合生命医科学研究推進室
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.炎症性T細胞、ナイーブT細胞
T細胞は胸腺で成熟化(分化)し、末梢リンパ組織に移動する免疫制御を司る細胞。炎症性T細胞とは、炎症・疾患を誘導するT細胞のことをまとめて指す。ナイーブT細胞とは、抗原にさらされたことのないT細胞。 - 2.ヘルパーT細胞、Th2細胞、Th1細胞
ヘルパーT細胞とは、抗原にさらされたことがないナイーブCD4陽性T細胞が、抗原刺激を受けることにより活性化され機能分化したT細胞の総称。Th1細胞やTh2細胞などがある。病原体の種類や抗原の種類に応じて適切なエフェクターヘルパーT細胞に分化することが知られている。Th1細胞は、細胞内に寄生する細菌やウイルスなどの病原体の排除を促すエフェクターヘルパーT細胞の一種。抗原提示細胞上の病原体センサーToll様受容体の活性化により産生されるサイトカインがTh1細胞の分化に必要と考えられている。Th2細胞は元来、細胞外に寄生する寄生虫などの排除を誘導するエフェクターヘルパーT細胞だが、花粉やハウスダストなどの異物に対してもアレルギー反応を誘導することが知られている。T-betとGATA-3はTh1細胞とTh2細胞それぞれの分化に必須の転写因子で、相互に機能を抑制し合うことが知られている。従って、Th1細胞が活性化されている時はTh2細胞の分化は抑制され、その逆も同じで、相互に拮抗し合った関係にある。 - 3.ヒストン
真核生物でゲノムDNAに結合して染色体の構造を作るのに重要なタンパク質群。ヒストンH1、H2A、H2B、H3、H4の5種類が知られている。さまざまな場所でメチル化、アセチル化、リン酸化など多種類の化学的修飾を受け、それにより遺伝子の働きが制御される。 - 4.抗菌ペプチド
抗菌活性を持つ数十個のアミノ酸から成る短いペプチドの総称。上皮細胞をはじめ、免疫系の細胞によっても産生され、腸管内腔側などの粘膜面には大量に存在して生体防御機構の一翼を担っている。ディフェンシンやリゾチームなどさまざまな種類が存在し、異なった抗菌作用を持つ。最もよく研究が進んでいるディフェンシンの抗菌機序は、陽性に荷電したディフェンシン分子が、負に荷電した細菌の細胞膜に貫入することで、細胞膜に穴を開けるなどして細菌を殺すことによる。LL37は、陽性に荷電した抗菌ペプチドで、核酸と結合し、複合体を形成する。 - 5.樹状細胞
樹状突起を持つ白血球。微生物の排除や異物の情報をTリンパ球に伝える細胞(抗原提示細胞)として働き、免疫反応の本質的な司令塔としての役割を担っている。 - 6.Toll様受容体(TLR)
自然免疫細胞(樹状細胞やマクロファージなど)の細胞膜に局在する受容体タンパク質で、さまざまな病原体由来の分子を認識して迅速な自然免疫応答を誘導する。TLRの活性化は、自然免疫機能に誘導だけではく、その後の抗原特異的な獲得免疫の活性化を誘導・調節する。 - 7.リガンド
特定の受容体に対して特異的に結合し、受容体を活性化する物資の総称。 - 8.リポペプチド
細菌の細胞壁を構成する成分の1つで、病原体に特有の物質としてToll様受容体2により認識される。 - 9.サイトカイン
細胞間の情報伝達物質として放出されるタンパク質の総称。Th2細胞が産生し、アレルギーに関与するサイトカインとしてIL-4、IL-5、IL-13などが知られている。
図1 死細胞から放出されるDNAによるTh2細胞の誘導
炎症反応に伴い生じた死細胞から放出されたDNAがヒストンあるいは抗菌ペプチドと複合体を形成することにより、ナイーブT細胞に取り込まれ、IL-4の産生を介して、Th2細胞への分化を誘導する。
図2 DNAによるTh2細胞分化の分子メカニズム
T細胞に取り込まれたDNAは未知の受容体を介して、Th1細胞の誘導に重要なT-betの発現を抑制する。それに伴って、T-betによるTh2関連遺伝子の発現抑制が解除され、Th2細胞の分化に重要なGATA3やIL-4などの発現が上昇し、Th2細胞への初期の分化が確立される。自ら産生したIL-4によってさらにGATA3、Th2サイトカインの発現が上昇し、Th2細胞への分化が進む。