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2014年7月11日

理化学研究所

腸内細菌叢と免疫系との間に新たな双方向制御機構を発見

-腸内細菌が影響を及ぼす疾患の予防・新規治療法開発に貢献-

ポイント

  • 制御性T細胞がIgA抗体産生を介してバランスのとれた腸内細菌叢を構築
  • バランスのとれた腸内細菌叢が効果的な腸管免疫系を形成
  • 腸内細菌の投与により人為的に腸内細菌叢および免疫系を制御できる可能性

要旨

理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、腸内細菌叢[1]と免疫系との間で、制御性T細胞[2]や腸管に存在する抗体「免疫グロブリンA(IgA抗体)[3]」産生を介した双方向制御が行なわれていることを発見しました。これは、理研統合生命医科学研究センター(小安重夫センター長代行)粘膜免疫研究チームのシドニア・ファガラサン(Sidonia Fagarasan)チームリーダー、東京大学大学院新領域創成科学研究科(武田展雄研究科長)附属オーミクス情報センターの服部正平教授らの共同研究チームによる成果です。

ヒトの腸管内には多くの腸内細菌が共存しています。バランスのとれた腸内細菌叢が腸管の免疫系を適切に活性化することで私たちの健康が維持されていることが分かっています。しかし、バランスのとれた腸内細菌叢を形成・維持する上で免疫系がどのように作用しているのか、逆に、バランスのとれた腸内細菌叢が免疫系にどのような影響を及ぼしているのかについての詳細は分かっていませんでした。

共同研究チームは、免疫系が機能していない免疫不全マウスを用いて、腸内細菌叢と免疫系との関係について調べました。その結果、免疫反応を抑制する制御性T細胞が、IgA抗体の産生を介して、腸内細菌叢のバランスを制御していること、一方で、バランスのとれた腸内細菌叢が、腸管における制御性T細胞の誘導やIgA抗体の産生といった健全な腸管免疫系の形成に有効であることを発見しました。また、外部からの腸内細菌の投与により人為的に腸内細菌叢および免疫系を制御できる可能性を示しました。

本成果は、腸内細菌叢と免疫系との間の双方向制御によって健康が保たれているという新しい概念を示したものです。この知見は腸内細菌が影響を及ぼすと考えられるさまざまな疾患の予防や新規治療法を考える上で役立つと期待できます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Immunity』(7月17日号)に掲載されるに先立ち、オンライン版(7月10日付け:日本時間7月11日)に掲載されます。

背景

ヒトの腸管内には500~1000種類、総数100兆個にも及ぶ腸内細菌が共存しています。これら腸内細菌が腸管免疫系を適切に制御することで私たちの健康が維持されています。ヒトの胎児は腸内細菌を持っていませんが、生後まもなく母親から腸内細菌を受け継ぐことなどで腸管内に腸内細菌を定着させ始めます。その後、食物、免疫系、環境などさまざまな影響を受けながら成長していくなかで、徐々にバランスがとれた腸内細菌叢を形成して行くことが知られています。

過去の研究から、バランスがとれた腸内細菌叢が腸管の免疫系を適切に活性化することで健康が維持されることが分かっています。実際に、理研の研究チームは、腸内細菌叢の構成が変化し、バランスが乱れた状態になると、全身の免疫系を過剰に活性化して自己免疫疾患などの炎症を悪化させることをこれまでに見いだしてきました注1)。しかし、バランスがとれた腸内細菌叢を形成・維持する上で免疫系がどのように作用しているのか、逆に、バランスがとれた腸内細菌叢が免疫系にどのような影響を及ぼしているのかについての詳細は分かっていません。

そこで今回、共同研究チームは、腸内細菌叢のバランスと免疫系との関係を、より詳しく調べることにしました。

注1)2012年4月27日プレスリリース「腸内環境のアンバランスが全身の免疫系を過剰に活性化」

研究手法と成果

まず、共同研究チームは免疫系が機能していないさまざまな免疫不全マウス(T細胞欠損マウス、B細胞欠損マウスなど)の腸内細菌叢を調べました。その結果、どの免疫不全マウスにおいても共通して、正常マウスに比べ腸内細菌叢の多様性が顕著に減少し、その構成も大きく変化していることが分かりました。このことから、免疫系(特にT細胞、B細胞[4]を中心とした獲得免疫系[5])が腸内細菌叢のバランスを維持する上で非常に重要であると考えられました。

次に共同研究チームは、具体的に免疫系がどのようなメカニズムで腸内細菌叢のバランスを維持しているかを調べるために、免疫反応を抑制すると考えられているT細胞「制御性T細胞」に注目しました。制御性T細胞は、腸管においてIgA抗体の産生を効率よく誘導させるという機能も持つことが、理研の研究チームにより見いだされていました注2)

T細胞を欠損した免疫不全マウスに、制御性T細胞を移入したところ、腸内細菌叢の多様性が増加し、バランスのとれた腸内細菌叢を再構築させることができました。つまり、制御性T細胞は、IgA抗体の産生を介して腸内細菌叢のバランスを制御していると分かりました。このことから、免疫不全や自己免疫疾患では、制御性T細胞がうまく働かないためにIgA抗体の産生に支障をきたし、その結果、腸内細菌叢のバランスが乱れ、病態に影響を及ぼしている可能性が考えられました。

さらに共同研究チームは、腸内細菌叢のバランスが、免疫系に与える影響を調べました。通常の環境で飼育している3週齢のマウスに、バランスがとれた腸内細菌叢を持つマウスの糞便を投与すると、バランスが乱れた腸内細菌叢を持つマウスの糞便を投与した場合に比べ、IgA抗体が効率よく産生されることが分かりました。このことから、すでに腸管内に腸内細菌叢が存在している状態においても、外部からの腸内細菌の投与によって腸内細菌叢の構成および免疫系に影響を与えること、さらに、バランスのとれた腸内細菌叢が制御性T細胞やIgA抗体の産生といった健全な腸管免疫系の形成に有効であることが分かりました。

これまで、免疫系は病原菌などの細菌から身を守るために、細菌を排除するように発達したものであると考えられてきました。しかし、従来の概念とは一見反対に、免疫系は腸内細菌叢を排除せず、代わりに腸内細菌叢のバランスを積極的に維持することで、私たちの健康を維持していることが明らかとなりました。

注2)2009年3月13日プレスリリース「免疫を抑えるT細胞が、免疫応答を促すヘルパーT細胞へ分化」

今後の期待

最近の研究により、腸内細菌叢のバランスの乱れが、自己免疫疾患、アレルギー疾患、がん、肥満症などのさまざまな疾患の発症や病態に影響を及ぼしていることが分かってきました。実際に臨床の現場では、腸内細菌叢のバランスを人為的に操作することで、病気の治療を行うことが試みられています。例えば、連続的な抗生物質の投与などにより、腸内細菌叢のバランスが乱れて、腸内のクロストリジウム・ディフィシルという細菌が異常増殖すると難治性偽膜性腸炎という病気を発症することが知られています。その治療法として、健常人からの便移植が腸内細菌叢のバランスを再構築する目的で行われ、優れた治療実績を挙げていることが報告注3)されています。

本研究により、腸内細菌叢と免疫系との間の双方向制御によって健康が保たれているという新しい概念が示されました()。また、外部からの腸内細菌の投与で人為的に腸内細菌叢および免疫系を制御できる可能性が示唆されました。本成果は、腸内細菌が影響を及ぼすと考えられるさまざまな疾患の予防や、新規治療法を考える上で非常に役立つと期待できます。

注3)van Nood, E., Vrieze, A., Nieuwdorp, M. et al., “Duodenal infusion of donor feces for recurrent Clostridium difficile”. N. Engl. J. Med., 368, 407-415 (2013)

原論文情報

  • Shimpei Kawamoto, Mikako Maruya, Lucia M. Kato, Wataru Suda, Koji Atarashi, Yasuko Doi, Yumi Tsutsui, Hongyan Qin, Kenya Honda, Takaharu Okada, Masahira Hattori, and Sidonia Fagarasan. "Foxp3+ T Cells Regulate Immunoglobulin A Selection and Facilitate Diversification of Bacterial Species Responsible for Immune Homeostasis". Immunity, 2014, doi: 10.1016/j.immuni.2014.05.016

発表者

理化学研究所
統合生命医科学研究センター 粘膜免疫研究チーム
研究員 河本 新平 (かわもと しんぺい)

お問い合わせ先

統合生命医科学研究推進室
Tel: 045-503-9117 / Fax: 045-503-9113

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.腸内細菌叢
    ヒトをはじめとする動物の腸内には膨大な数の細菌群が生息しており、これらの細菌群を総称して腸内細菌叢と呼ぶ。
  • 2.制御性T細胞
    制御性T細胞は、免疫系に関わるT細胞の一種。過度な免疫反応を抑える役割を持つ。制御性T細胞の働きが抑制されると免疫反応が過剰となり、自己免疫疾患やアレルギー疾患といった症状を引き起こす。
  • 3.免疫グロブリンA(IgA抗体)
    抗体(免疫グロブリン)には、哺乳類ではその構造的特徴から大きく分けてIgM、IgD、IgG、IgE、IgAの5種類の型が存在し、それぞれ異なった機能を持つ。IgAは主に腸管などの粘膜組織に存在するBリンパ球で作られ、粘膜上皮細胞を通過して体外へ分泌されて体内への異物の侵入を防いでいる。
  • 4.T細胞、B細胞
    免疫系を構成する主な細胞であるリンパ球はB細胞とT細胞に大きく分けられる。B細胞は抗体(免疫グロブリン)と呼ばれるタンパク質を作り、この抗体がウイルスや細菌、毒素といった異物に特異的に結合して排除する。T細胞は、T細胞レセプターと呼ばれるタンパク質を細胞表面に持ち、このレセプターを介して異物を特異的に認識し活性化する。
  • 5.獲得免疫系
    出生後に病原菌やウイルスなどの異物により誘導される抗原特異的な免疫応答。主にT細胞やB細胞といったリンパ球を中心として成立する。
腸内細菌叢と免疫系との間の双方向制御機構の図

図 腸内細菌叢と免疫系との間の双方向制御機構

  • 左: 健康的な状態においては、制御性T細胞が、IgA抗体の産生を介して腸内細菌叢のバランスを制御する。一方で、このようにして維持されているバランスのとれた腸内細菌叢は、制御性T細胞やIgA抗体の産生といった健全な腸管免疫応答の形成に有効であることが分かった。このように、腸内細菌叢と免疫系との間に双方向制御機構が形成されることで、私たちは健康を維持している。
  • 右: 免疫不全など免疫系に異常が生じると、腸内細菌叢のバランスが乱れ、その結果、自己免疫疾患、アレルギー疾患や肥満症などの病態を悪化させている可能性が示された。

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