2014年8月29日
独立行政法人理化学研究所
国立大学法人東京大学
中性子過剰なニッケルの78Niに2重魔法数が健在
-78Niの半減期を従来よりも高精度で測定に成功-
ポイント
- 新同位体元素77Co、80Niを含む20種もの中性子過剰な原子核の寿命測定に成功
- 78Niより中性子過剰な原子核79Ni、80Ni、77Coは78Niより3〜10倍速く崩壊
- 重元素合成過程の謎に迫る重要な知見
要旨
理化学研究所(理研、野依良治理事長)と東京大学(濱田純一総長)は、重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)[1]」を用い、陽子と中性子の数が両方とも魔法数(2重魔法数)となる特殊な中性子過剰核「ニッケル-78[2](78Ni:陽子数Z=28、中性子数N=50)」の魔法数が健在することを示す実験結果を得ました。これは、理研仁科加速器研究センター(延與秀人センター長)櫻井RI物理研究室の徐正宇(シュー ジャンユー)客員研究員(元東京大学大学院理学系研究科博士課程大学院生)、西村俊二先任研究員、櫻井博儀主任研究員(東京大学大学院理学系研究科教授)を始めとする国際共同研究EURICA(ユーリカ)[3]による成果です。
原子核がとくに安定になる陽子または中性子の数は「魔法数」と呼ばれ、これまでに2、8、20、28、50、82、126が知られています。魔法数は不変のものと考えられていましたが、近年の研究から、陽子に比べて中性子が非常に多い中性子過剰原子核では、既存の魔法数が魔法数として成り立たなくなることや、新しい魔法数の出現が確認され、従来の理論を覆す可能性が出てきています。なかでも、陽子の数(Z)と中性子の数(N)が共に魔法数(2重魔法数)となる特殊な中性子過剰核78Niについては、魔法数が予想通り顕れるか、消失するか大きな興味をもたれていました。しかし、非常に生成率が低い放射性同位元素(RI)[4]であるために、その性質を実験で確認することが行われませんでした。
共同研究グループは、RIBFで核子当たり345MeV(メガ電子ボルト)まで加速した大強度ウラン(238U:Z=92、N=146)ビームを、標的となるベリリウム(9Be:Z=4、N=5)に照射し、78Niを含むさまざまな中性子過剰な不安定核を人工的に作りました。そして、生成した不安定核を理研が独自に開発した寿命測定装置「WAS3ABi(ワサビ)[5]」に打ち込み、崩壊するまでの時間(半減期)を精度よく測定しました。その結果、78Niよりも中性子過剰な79,80Ni(78Niに比べ中性子が1、2個多い核)、コバルト-77(77Co;78Niに比べ陽子が1つ少ない核)の半減期測定に成功しました。魔法数が健在な場合、魔法数の前後で寿命が大きく変化します。観測結果から、78Niよりも79Niは3倍、80Niは6倍、77Coは10倍速く崩壊することが明らかになり、78Niにおいて2重魔法数が実現していることを示す最初の実験結果を得ることに成功しました。
共同研究グループはこの実験で、コバルト(Co、Z=27)、ニッケル(Ni、Z=28)、銅(Cu、Z=29)、亜鉛(Zn、Z=30)の中性子過剰なRIを生成し、計20種の半減期測定に成功しました。このうち76,77Co、79,80Ni、81Cuの寿命測定の成功は世界初です。
この成果は、重元素合成過程 (r-過程)[6]の謎の解明においても重要な手がかりを与えると期待できます。本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』(7月18日号)に掲載されました。
背景
原子の中心にある原子核は、核子(陽子または中性子)から構成されます。この核子の数により原子核の性質が決まります。原子核が比較的安定になる核子の数のことを魔法数と呼び、これまでに、2、8、20、28、50、82、126が知られています。核子は、量子力学的にエネルギーが飛び飛びの軌道に入ります。これら軌道間のエネルギーが近い軌道群を「殻」と呼び、1つの殻にはいる核子の数は殻ごとに異なります。魔法数は、殻間のエネルギーが大きなところに現れます。1949年に、米国のマイヤーとドイツのイェンセンは、軌道や殻間のエネルギーギャップに関する、原子核の「殻構造」モデルを提唱することで魔法数を説明することに成功しました。この発見により2人は1963年にノーベル物理学賞を受賞しました。自然界には原子核が約270種類存在しますが、理論的に原子核は約10,000種類存在するといわれ、そのほとんどが放射性同位元素(RI)と呼ばれる不安定な原子核です。殻構造モデルの提唱以降、魔法数は全ての原子核において変わらない普遍的な定数であると約半世紀にわたって考えられていました。しかし、これまで理研と共同研究グループはRIを利用した研究により、軽い中性子過剰核で魔法数8、20、28が消滅[7]し、新たな魔法数16、34が出現[7]することを明らかにしてきました。
鉄より重い中性子過剰なRIは、重元素合成過程(r-過程)で非常に重要な役割を果たすと考えられています。軽い中性子過剰核では魔法数8、20、28が消滅しますが、鉄より重い中性子過剰な領域において「魔法数50、82、126は健在なのか、それとも消滅するのか?」、その実験的な検証事例はありませんでした。さらに、陽子と中性子が両方とも魔法数(2重魔法数)となりうる原子核は、非常に限られており、鉄より重い中性子過剰な領域ではスズ-132(132Sn:陽子数Z=50、中性子数N=82)とニッケル-78(78Ni:Z=28、N=50)があります。132Snはこれまで多くの研究により、2重魔法数特有の性質を持つことが明らかになっています。一方、78Niは、安定なスズ(124Sn)に8個の中性子が付加された原子核132Snに比べ、安定なニッケル(64Ni)に14個もの中性子が付加されたより中性子過剰な原子核です。このため「非常に中性子過剰な78Niの魔法数は健在するのか、消失しているのかどうか?」について、世界の大学・研究機関が競って検証実験を試みてきました。しかし、生成が非常に困難であるため、その性質はほとんど分かっていませんでした。共同研究グループは、78-80Niやコバルト-77(77Co)を含むRIの寿命測定を2007年に理研の重イオン加速器施設「RIビームファクトリー(RIBF)」が稼動する数年前から計画していました。2010年にはRIBFで、78Niを40個、79Niを3個生成することに成功しています。しかし、さらに中性子過剰な80Ni、77Coを生成するためには、2桁高いビーム強度が必要でした。そして、今回、ビーム強度を上げて2重魔法数に関する検証実験に挑みました。
研究手法と成果
RIは、安定な原子核と比較して陽子または中性子の数が違うほど、一般的に不安定になり寿命が短くなります。従って、比較的安定な2重魔法数を持つ中性子過剰なRIにさらに中性子を加える、または陽子を取り除いた場合、それらのRIの寿命が急激に短くなると予測されています。
共同研究グループは、超伝導リングサイクロトロン(SRC)[8]を主体としたRIBFで、光速の70%となる核子当たり345MeV(メガ電子ボルト)まで加速したウラン(238U:Z=92、N=146)ビームを標的であるベリリウム(9Be:Z=4、N=5)に照射し、核分裂反応で78-80Ni、77Coなどの中性子過剰なRIを生成しました(図1)。超伝導RIビーム生成分離装置「BigRIPS」、およびゼロ度スペクトロメータにより輸送されたRIビームを、理研が独自開発した高性能な寿命測定装置「WAS3ABi(ワサビ)」に打ち込みました。WAS3ABiを用いることで、粒子識別した各種RI(図2)の埋め込み時間と停止位置、同じ場所からベータ崩壊に伴って放出されるベータ線の放出時間をそれぞれ精度よく測定し、その結果を統計処理することで寿命を精度よく決定できます。また、WAS3ABiを欧州のガンマ線検出器委員会が管理する大球形ゲルマニウム半導体検出器「EURICA」で囲むことにより、原子核の励起状態から放出されるガンマ線を測定しました。これらにより、高精度で78Niを含む非常に中性子過剰な20種のRIの寿命測定に成功しました(図1、3)。
これら20種のRIのうち、76,77Co、79,80Ni、銅-81(81Cu)は世界で初めて半減期を測定した原子核でした。また、75Co、74-78Ni、78-80Cu、亜鉛-80・81・82(80-82Zn)の半減期は、これまでの測定値に比べ一桁高い精度で決定することができました(図4)。例えば、2重魔法数を持つ78Niの半減期は、過去50~220ms(ミリ秒、1,000分の1秒)と測定されていましたが、今回の実験では122±5msと高精度に決定できました。
また、中性子が過剰に付加された79Ni(Z=28、N=51)と80Ni(Z=28、N=52)の半減期を調べたところ、78Niに比べて79Niは3倍(43ms)、80Niは6倍(24ms)速く崩壊することが明らかになりました。さらに、陽子が少ない77Co(Z=27、N=50)の寿命は13msと78Niに比べて10倍も速く崩壊することが分かりました(図5)。これは2重魔法数を想定した殻モデルの理論値とよく一致しており、中性子過剰な78Niにおいて2重魔法数が健在であることを示す初の実験結果となります。
今後の期待
2012年末に実施した今回のEURICAの実験により、78Niが2重魔法数を持つことを示す初の実験結果を得ました。また、得られた20種のRIの半減期は宇宙でのr-過程に重要な影響を与えると考えられており、r-過程の初期の元素合成の条件に制約を与えることになります。共同研究グループは、理研が誇る最高強度のビームと高性能検出器を組み合わせることにより、約2週間という短期間でこの結果を得ることができました。非常に効率的な大球形ゲルマニウム半導体検出器「EURICA」により、すでに数百種ものRIの核分光研究に関するデータ収集を行いました。収集したデータにより、核構造および元素合成の解明に関する多くの成果が期待できます。
原論文情報
- Z.Y. Xu, S. Nishimura, G. Lorusso, F. Browne, P. Doornenbal, G. Gey, H.-S. Jung, Z. Li, M. Niikura, P.-A. Söderström, T. Sumikama, J. Taprogge, Zs. Vajta, H. Watanabe, J. Wu, A. Yagi, K. Yoshinaga, H. Baba, S. Franchoo, T. Isobe, P.R. John, I. Kojouharov, S. Kubono, N. Kurz, I. Matea, K. Matsui, D. Mengoni, P. Morfouance, D.R. Napoli, F. Naqvi, H. Nishibata, A. Odahara, E. Sahin, H. Sakurai, H. Schaffner, I.G. Stefan, D. Suzuki, R. Taniuchi, and V. Werner
"b-Decay Half-Lives of76,77Co,79,80Ni, and81Cu: Experimental Indication of a Doubly Magic78Ni".
Physical Review Letters,2014,doi:10.1103/PhysrevLett.113.032505
発表者
理化学研究所
仁科加速器研究センター 櫻井RI物理研究室
客員研究員 徐 正宇(シュー ジャンユー)
先任研究員、EURICAプロジェクトマネージャー 西村 俊二(にしむら しゅんじ)
主任研究員(東京大学理学系研究科物理学専攻 教授) 櫻井 博儀(さくらい ひろよし)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.RIビームファクトリー(RIBF)
理研が有するRIビーム発生系施設と独創的な基幹実験設備で構成される重イオン加速器施設。2基の線形加速器、5基のサイクロトロンと超伝導RIビーム分離生成装置「BigRIPS」で構成される。これまで生成不可能であったRIも生成でき、世界最多となる約4,000種のRIを創出できる性能を持つ。 - 2.ニッケル-78(78Ni)
1995年にドイツGSI研究所で初めて新同位体元素として3個の生成が報告された。2005年には米国ミシガン州立大学が、11個の78Niを生成することに成功し、半減期が50~210ms(110ms+100/-60)であると推定した。2010年、理研のRIBFで、78Niを40個生成し、79Ni(3個)の新同位体元素を報告した注1。さらに中性子過剰な80Ni、77Coを生成するためには、2桁高いビーム強度が必要だった。 - 3.国際共同研究EURICA(ユーリカ)
理化学研究所、東京大学をはじめとして、今回の実験には世界10カ国(日本、英国、フランス、米国、中国、スペイン、ハンガリー、イタリア、ドイツ、ノルウエー)から20の大学・研究機関、39名が参加した。理研が開発した寿命測定装置WAS3ABi、欧州ガンマ線検出器委員会(Euroball Owners Committee)が管理する7結晶クラスター型の大球形ゲルマニウム半導体検出器を組合せた世界最高性能の核分光プロジェクトEURICA(ユーリカ)注2は2012年6月から本格的に稼働している。 - 4.放射性同位元素(RI)
物質を構成する原子核には、構造が不安定なため時間とともに放射線を放出しながら安定核になるまで壊変し続けるものがある。このような原子核を放射性同位元素と呼ぶ。放射性同位体、不安定同位体、不安定原子核、不安定核、ラジオアイソトープ(RI)とも呼ばれる。天然にある物質は寿命が無限かそれに近い安定核(安定同位体)で構成されている。自然界に存在する安定同位体は約270種ある。 - 5.寿命測定装置WAS3ABi(ワサビ)
理研が開発した高性能寿命測定装置。1mmの位置測定能力を特徴とするシリコン半導体検出器(60×40平方mm)8枚を重ね合わせた構造になっており、捕集したRIが崩壊時に放出するベータ線の位置と時間を高感度で検出する。 - 6.重元素合成過程(r‐過程)
超新星爆発時に起きると考えられている元素合成過程のモデル。高速(rapid)に連続して中性子を捕獲しながら崩壊(ベータ崩壊)するため、r-過程と呼ばれる。中性子の多い鉄以上の重元素のほぼ半分は、このr-過程で生成される。重元素を生成するもう一方の支配的なs(slow:低速)過程は、赤色巨星への進化段階でゆっくりした中性子捕獲によって元素合成が行われる。s-過程と比較しr-過程は未解明な部分が多く、このr-過程が起きる場所の候補として、中性子星同士の融合も提案されている。 - 7.魔法数の出現・消失
2000年に理研の研究グループが新魔法数「16」を重い酸素同位体で発見した注3。中性子過剰なカルシウム同位体での「34」注4が新しい魔法数と考えられている。また、中性子過剰なマグネシウム同位体での魔法数「28」が消失することを発見した注5。鉄より重い領域では、非常に中性子過剰なパラジウム同位体で中性子「82」注6が魔法数のままであることを発見した。
- 8.超伝導リングサイクロトロン(SRC)
サイクロトロンの心臓部に当たる電磁石に超伝導を導入し、高い磁場を発生できる世界初のリングサイクロトロン。全体を純鉄のシールドで覆い、磁場の漏洩を防ぐ自己漏洩磁気遮断の機能を付与している。総重量は8,300トン。このSRCを使い非常に重い元素であるウランを高速の70%まで加速できる。また、超伝導という方式によって従来の方法に比べ100分の1の電力で動かせるようになり、大幅な省エネも実現している。
図1 実験装置の全体像
超伝導リングサイクロトロン(SRC)を主体とした重イオン加速器施設「RIBF」で、光速の70%となる核子当たり345MeV(メガ電子ボルト)まで加速したウラン(238U)ビームを標的となるベリリウム(9Be)に照射し、核分裂反応で78-80Ni、77Coなどの中性子過剰なRIのビームを生成する。それら生成したRIビームを超伝導RIビーム生成分離装置「BigRIPS」、およびゼロ度スペクトロメータに輸送し、理研が独自開発した高性能な寿命測定装置「WAS3ABi」に打ち込む。
図2 生成したRIの粒子生成とその識別
◯で囲まれた76,77Co、79,80Ni、81Cuは初めて半減期測定に成功した原子核。
図3 コバルトからガリウムの半減期の中性子過剰度依存性
黒色の●、■、▲、★は今回測定した実験データ。
白色の○、□、△、☆、はこれまでの実験データ。
線は実験データをつなげたガイドライン。
中性子が過剰になるほど半減期が短くなっていく。特に2重魔法数を持つ78Niよりも中性子数が大きい79,80Niでは、78Niに比べて著しく半減期が短くなっている。
図4 78Ni(陽子数28、中性子数50)を含む20種の半減期を測定
非常に中性子過剰なRIである、コバルト(72-77Co)、ニッケル(74-80Ni)、銅(78-81Cu)、亜鉛(80-82Zn)の計20種の半減期を測定した。76,77Co、79,80Ni、81Cuの半減期測定は、世界初となり、さらに、75Co、74-78Ni、78-80Cu、80-82Zn半減期は、これまでの測定値に比べ一桁高い精度で決定できた。矢印は予想されるr-過程の経路。
図5 中性子数N=50の半減期と2重魔法数を想定した理論計算との比較
78Niよりも陽子が1つ少ない77Coの半減期は13msと、78Niに比べて10倍も速く崩壊する。これは2重魔法数を想定した殻モデルの理論値(黒線)とよく一致する。