2014年11月20日
独立行政法人理化学研究所
国立大学法人岩手大学
越冬性植物の遺伝子発現とタンパク質発現にタイムラグ
-低温ストレス下での新しい転写後制御が存在する可能性を示唆-
ポイント
- 植物の低温ストレス応答時の網羅的な遺伝子とタンパク質の発現を解析/比較
- 遺伝子とタンパク質の発現パターンが一致しない遺伝子を多数同定
- 遺伝子発現解析だけではなくタンパク質発現解析も重要であることを示す
要旨
理化学研究所(理研、野依良治理事長)と岩手大学は、越冬性植物の遺伝子の中に、越冬の準備期間に遺伝子を発現し、気温の上昇を感知するまで保存して越冬後にタンパク質発現を行うという、特別なタンパク質発現制御を受ける遺伝子が多数存在することを発見しました。これにより、低温ストレス下での新しい転写後制御[1]が存在する可能性を示しました。これは、理研環境資源科学研究センター(篠崎一雄センター長)植物ゲノム発現研究チームの関原明チームリーダー、中南健太郎研究員と、植物プロテオミクス研究ユニットの中神弘史ユニットリーダー、植物免疫研究グループの白須賢グループディレクター、および岩手大学農学部付属寒冷バイオフロンティア研究センターの上村松生教授による共同研究グループの成果です。
越冬性の植物は、秋の温度低下とともに「低温馴化(じゅんか)[2]」と呼ばれる過程を経て耐凍性を獲得して越冬の準備をします。越冬後は気温の上昇を感知して「脱馴化[3]」と呼ばれる過程を経て耐凍性を解除し生長を再開させます。共同研究グループは、低温馴化と脱馴化の分子メカニズムを明らかにするため、モデル植物で越冬性のシロイヌナズナを使って遺伝子とタンパク質それぞれについて網羅的な発現解析[4]を行い、両者を比較しました。その結果、低温馴化の過程で遺伝子発現が上昇するにもかかわらず、その遺伝子がつくるタンパク質の発現が次のステップの脱馴化の過程で起きるという、特別な転写後制御を受ける遺伝子群を多数発見しました。これは、植物が低温ストレス応答において、通常とは異なるプログラムされた遺伝子とタンパク質の発現メカニズムを持っていることを示しています。
これまでの研究では、網羅的な遺伝子発現解析が主流であり、成長という機能を担うタンパク質の解析結果と比較するような研究はあまり行われていませんでした。今回の成果により、遺伝子発現解析だけでなく、タンパク質の発現解析や機能解析がより重要になることが示されました。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Molecular & Cellular Proteomics』のオンライン版(10月2日)に掲載されました。
背景
植物のなかでも、冬コムギ、ホウレンソウなどの越冬性の植物は低温馴化(じゅんか)と呼ばれる準備期間に耐凍性を獲得し、厳しい冬を越す準備をします。越冬後、植物は春の暖かさを感知し、脱馴化と呼ばれる過程で耐凍性を解除し、生長を再開することが知られています。低温馴化と脱馴化のメカニズムの解明は越冬性の植物の生長・発達を理解する上で重要です。低温馴化のメカニズムについては古くから研究されていますが、脱馴化のメカニズムについてはまだ不明な部分が多く、その解明が課題となっていました。
これまで、低温馴化、脱馴化の分子メカニズムについては、網羅的な遺伝子発現研究を中心にさまざまな研究が行われてきました。しかし、遺伝子発現解析と植物体内で実際に機能するタンパク質発現解析を組み合わせた研究は、あまり行われていませんでした。共同研究グループは、低温ストレス応答時の遺伝子発現とタンパク質発現を網羅的に解析し、両者を比較することで、脱訓化のメカニズムの解明に取り組みました。
研究手法と成果
実験には、モデル植物であり、越冬性でもあるシロイヌナズナを使用しました。無処理(野生型植物を22℃で生育したもの)と、低温馴化処理(野生型植物を22℃で生育した後2℃で低温処理したもの)、脱馴化処理(低温馴化処理した植物を22℃で生育したもの)した3種類のシロイヌナズナを準備し、網羅的な遺伝子の発現解析とタンパク質の発現解析を行い、その両者を比較して、どのようなタイミングで遺伝子およびタンパク質が発現するかを解析しました。その結果、
①低温馴化時に耐凍性を獲得するために発現する遺伝子群(199遺伝子)
②低温馴化時に遺伝子を発現させて脱訓化時の準備をし、脱馴化時にタンパク質発現を上昇させる、生長再開の初期に必要な遺伝子群(226遺伝子)
③脱馴化時に発現が上昇する遺伝子群(286遺伝子)
の大きく3種類のタイプの遺伝子群が存在することが明らかとなりました(図)。
これまでの研究では、①と②の遺伝子はともに低温馴化時に発現しており、同時にタンパク質も発現していると考えられていました。しかし、今回の実験で、脱馴化時に発現が上昇するタンパク質があることが分かりました。つまり、②の遺伝子群は低温馴化時に発現しているのですが、次の脱馴化のステップまで保存され、脱馴化時にタンパク質を発現するという、特別な転写後制御を受けている可能性があります。
また、②の特別な転写後制御を受ける遺伝子群の中には、新しいタンパク質合成に関わる遺伝子や、植物の生長に関わるような遺伝子が含まれていました。これは、越冬後に気温の上昇を感知した植物が、すぐに生長を再開させるようにプログラムされた遺伝子発現、タンパク質発現を制御するメカニズムを持つ可能性を示しています。
これらの結果から、植物の低温ストレス応答時に、タンパク質合成を行っていると考えられていた遺伝子(①と②の合計425遺伝子)のうち、およそ半分(②226遺伝子)がすぐにはタンパク質合成に進まずに、気温上昇による次のステップに移行して初めてタンパク質合成が起こり、遺伝子として機能している可能性を示しています。これまでの研究では、マイクロアレイや次世代シーケンサーによる網羅的な遺伝子発現解析が主流でしたが、遺伝子だけでなく遺伝子から合成されるタンパク質の発現解析も重要な研究であると考えられました。
今後の期待
共同研究グループは、植物が低温馴化と呼ばれる準備期間に遺伝子を発現し、気温の上昇を感知してからタンパク質を合成することで、効率的に生長を再開させるメカニズムを持つ可能性を示しました。今後、この転写後制御メカニズムのより詳細な機能が明らかになれば、冬コムギなど、開花や結実に越冬というプロセスが必要な植物について、季節や場所(地域)を問わずに生育できる新しい品種の開発が可能になると考えられます。
また、今回の成果は、次世代シーケンサーなどによる新しい技術を利用した網羅的遺伝子発現解析が主流となっている遺伝子発現の研究において、機能本体であるタンパク質の発現解析、機能解析が非常に重要であることを示すものです。
原論文情報
- Kentaro Nakaminami, Akihiro Matsui, Hirofumi Nakagami, Anzu Minami, Yuko Nomura, Maho Tanaka, Taeko Morosawa, Junko Ishida, Satoshi Takahashi Matsuo Uemura, Ken Shirasu, and Motoaki Seki, "Analysis of differential expression patterns of mRNA and protein during cold-acclimation and de-acclimation in Arabidopsis", Molecular & Cellular Proteomics, 2014, doi: 10.1074/mcp.M114.039081
発表者
理化学研究所
環境資源科学研究センター 植物ゲノム発現研究チーム
チームリーダー 関 原明(せき もとあき)
国立大学法人岩手大学
農学部付属寒冷バイオフロンティア研究センター
教授 上村 松生(うえむら まつお)
報道担当
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
国立大学法人岩手大学 広報室
Tel: 019-621-6015 / Fax: 019-621-6014
補足説明
- 1.転写後制御
遺伝子の発現(転写)からタンパク質合成(翻訳)までの間に起こる調節。 - 2.低温馴化
越冬性の植物が秋の温度が低下する時期に、越冬に備えて準備をする過程。 - 3.脱馴化
越冬性の植物が越冬後に気温の上昇を感知して、生長を再開させる過程。 - 4.網羅的な発現解析
一度に数千から数万の遺伝子・タンパク質の発現を調べる手法。
図 低温馴化・脱馴化時における遺伝子とタンパク質の発現
無処理(野生型)と、低温馴化処理、脱馴化処理した3種類のシロイヌナズナについて、網羅的な遺伝子の発現解析とタンパク質の発現解析を行い、その両者を比較した。
その結果、①低温馴化時に耐凍性を獲得するために発現する遺伝子群、②低温馴化時に遺伝子を発現させて脱訓化時の準備をし、脱馴化時にタンパク質発現を上昇させる遺伝子群、③脱馴化時に発現が上昇する遺伝子群、の大きく3種類のタイプの遺伝子群が存在した。