要旨
理化学研究所(理研)統合生命医科学研究センター医科学数理研究グループの角田達彦グループディレクター、重水大智研究員、基盤技術開発研究チームの桃沢幸秀チームリーダー、および久保充明副センター長らによる共同研究グループは、全エクソームシークエンス解析[1]に用いられるエクソーム濃縮キット[2]のうち、最新である4種類のキットの性能比較解析を行い、それぞれの特徴を明らかにしました。
現在、疾患原因遺伝子の探索などに全エクソームシークエンス解析が活用されています。この解析では全染色体(ゲノム)のうち1~2%のタンパク質をコードする領域がターゲットとなるため、解析領域を回収するエクソーム濃縮キットが欠かせません。最近では、ロシュ社の「SeqCap EZ (v3.0)」、イルミナ社の「Nextera Rapid Capture Exome (v1.2)」、アジレント社の「SureSelect XT (v5)」(アジレント社XT)、「SureSelect QXT (v5)」(アジレント社QXT)の4種類の最新のキットがよく利用されています。エクソーム濃縮キットは、ゲノムDNAの断片化法、プローブの種類などに違いがありますが、最新のキットに対する性能比較解析は行われておらず、どの解析にどのキットを用いるのか、判断が難しい状況でした。
そこで共同研究グループは、4種類のエクソーム濃縮キットに対して、①ターゲット領域、②ターゲット領域の濃縮率、③シークエンスの読みの深さの均一性、④遺伝子コード領域の変異同定数、⑤既知疾患関連変異のシークエンスカバー率に着目して性能比較解析を実施しました。解析の結果、アジレント社XTが最もターゲット領域の濃縮率が高く、比較的少量のシークエンス量で多くの遺伝子コード領域の変異を同定できることが分かりました。アジレント社QXTはアジレント社XTとゲノムDNAの断片化法以外は全て同じプロトコールですが、若干性能が落ちることが分かりました。イルミナ社は他社のキットよりターゲット領域の濃縮率は低いものの、シークエンス量を増やすことでアジレント社XTと同程度の遺伝子コード領域での変異同定数に達することが分かりました。また、既知疾患関連変異のシークエンスカバー率が最も高いことも分かりました。ロシュ社は他社と比べ、非翻訳領域での変異同定数が高いことが分かりました。シークエンスの読みの深さの均一性については、全エクソーム濃縮キットにおいて差が見られませんでした。
本研究により、全エクソームシークエンス解析に必要となる主要なエクソーム濃縮キットそれぞれの特徴が明らかになりました。研究者がそれぞれの解析において、どのキットを使用すべきか判断する際の一助になることが期待できます。
本研究は、英国オンライン科学雑誌『Scientific Reports(8月3日付け:日本時間8月3日)に掲載されます。
背景
現在、疾患原因遺伝子の探索などに全エクソームシークエンス解析が活用されています。この解析では全染色体(ゲノム)のうち1~2%のタンパク質をコードする領域がターゲットとなるため、解析領域を回収するエクソーム濃縮キットが欠かせません。最近では、ロシュ社の「SeqCap EZ (v3.0)」、イルミナ社の「Nextera Rapid Capture Exome (v1.2)」、アジレント社の「SureSelect XT (v5)」、「SureSelect QXT (v5)」の4種類の最新のキットがよく利用されています。エクソーム濃縮キットは、ゲノムDNAを断片化し、断片化したDNAをPCR[3]によって増幅し、プローブにハイブリダイズ[4]させることでターゲット領域を回収します。エクソーム濃縮キットは、ゲノムDNAの断片化法(超音波または酵素反応)やプローブの種類(DNAまたはRNA)、その設計部位などがそれぞれ異なり、その違いが各キットの性能の違いに大きく関わると考えられています。しかしながら、エクソーム濃縮キットの度重なるアップデートもあり、最新のエクソーム濃縮キットにおける性能比較解析は行われておらず、どの解析にどのキットを用いるのか、判断が難しい状況でした。
そこで、共同研究グループは、最新のエクソーム濃縮キット4種類について、性能比較解析を進めました。
研究手法と成果
共同研究グループは、最新のエクソーム濃縮キット4種類に対して、①ターゲット領域、②ターゲット領域の濃縮率、③シークエンスの読みの深さの均一性、④遺伝子コード領域の変異同定数、⑤既知疾患関連変異のシークエンスカバー率に着目して性能比較解析を実施しました。解析の結果、アジレント社XTが最もターゲット領域の濃縮率が高く、比較的少量のシークエンス量で多くの遺伝子コード領域の変異を同定できることが分かりました(図1aとb)。アジレント社QXTはアジレント社XTとゲノムDNAの断片化法以外、全く同じプロトコールですが、若干性能が落ちることが分かりました。イルミナ社は他社よりターゲット領域の濃縮率は低いものの(図1b)、シークエンス量を増やすことでアジレント社XTと同程度の遺伝子コード領域での変異同定数に達することが分かりました(図1a)。また、既知疾患関連変異のシークエンスカバー率が最も高いことも分かりました(図1d)。ロシュ社は他社と比べ、非翻訳領域での変異同定数が高いことが分かりました。シークエンスの読みの深さの均一性については、全エクソーム濃縮キットにおいて差が見られませんでした(図1c)。
今後の期待
本研究により、全エクソームシークエンス解析に必要となる主要なエクソーム濃縮キットそれぞれの特徴が明らかになりました。非翻訳領域にも着目した解析を行いたい場合はロシュ社、少量のシークエンス量で全エクソームシークエンス解析を行い場合はアジレント社、既知疾患原因変異を重要視した全エクソームシークエンス解析を行いたい場合はイルミナ社を選択することが最適と言えるでしょう。今後、全エクソームシークエンス解析を行う研究者がそれぞれの解析においてどのエクソーム濃縮キットを使用すべきかの選択の判断の手助けになることが期待できます。
原論文情報
- Daichi Shigemizu, Yukihide Momozawa, Testuo Abe, Takashi Morizono, Keith A. Boroevich, Sadaaki Takata, Kyota Ashikawa, Michiaki Kubo, and Tatsuhiko Tsunoda, "Performance comparison of four commercial human whole-exome capture platforms", Scientific Reports, doi: 10.1038/srep12742
発表者
理化学研究所
統合生命医科学研究センター 医科学数理研究グループ
グループディレクター 角田 達彦 (つのだ たつひこ)
研究員 重水 大智 (しげみず だいち)
統合生命医科学研究センター 基盤技術開発研究チーム
チームリーダー 桃沢 幸秀 (ももざわ ゆきひで)
統合生命医科学研究センター
副センター長 久保 充明 (くぼ みちあき)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.全エクソームシークエンス解析
全染色体(ゲノム)のうち、1~2%のタンパク質をコードする領域について、次世代シークエンサーを用いて個人レベルの変異を検出する解析手法。 - 2.エクソーム濃縮キット
全染色体(ゲノム)のうちの1~2%のタンパク質をコードする領域を回収するためのキット。回収されたゲノムDNAがシークエンスされる。 - 3.PCR
ポリメラーゼ連鎖反応(Polymerase Chain Reaction)。DNAを増幅する手法で、ヒトゲノムの全配列約30億塩基対のような非常に長いDNA分子から特定のDNA断片(数百から数千塩基対)だけを選択的に増幅させることができる。 - 4.ハイブリダイズ
DNAまたはRNAの分子が相補的な配列で接合する性質を利用して、一本鎖DNAまたはRNAを接合させること。
図1 エクソーム濃縮キットの性能比較結果
- a: 遺伝子コード領域のカバー率とシークエンス量。アジレント社XT(緑線)は少量のリード数で高い遺伝子コード領域のカバー率を示すことが分かる。
- b: ターゲット領域(オンターゲット)の濃縮率。オンターゲット率が高いキットほど効率よくターゲット領域を回収できていることを示している。イルミナ社のキット以外、効率よくターゲット領域を回収できていることが分かる。
- c: シークエンスの読みの深さの均一性。4つのキットに大きな差は見られなかった。
- d: 既知疾患関連変異のシークエンスカバー率。シークエンスの読みの深さが1以上の場合と10以上の場合の割合を示している。イルミナ社のキットが最も高いカバー率を示していることが分かる。