1. Home
  2. 研究成果(プレスリリース)
  3. 研究成果(プレスリリース)2016

2016年10月13日

理化学研究所

横滑りX線導波管

-理論物理の検証が拓いたX線制御の新技術-

要旨

理化学研究所(理研)放射光科学総合研究センター放射光イメージング利用システム開発ユニットの武井大客員研究員(立教大学先端科学計測研究センター研究員)、香村芳樹ユニットリーダーらの研究チームは、大型放射光施設「SPring-8[1]」を使い、結晶の歪みでX線を制御する「X線導波管[2]」の開発に成功しました。

X線は物質を透過しやすい性質から、医療や科学研究の根幹を支える重要な光です。しかし、その高い透過性のため、私たちが日常的に使用する可視光用の鏡やレンズではX線をうまく操ることができません。X線をきれいに効率よく操るためには、高い精度で加工された専用の光学素子が必要です。また、それらの使い方にもさまざまな工夫が不可欠です。これらの事情から構築できるX線光学系の自由度は可視光のそれと比べるとかなり低いため、結果として多くのX線実験はさまざまな制約を受けています。そこで、X線を制御する新しい手法を開拓すれば、より多くの選択肢から幅広い実験が可能となります。

今回、研究チームは歪んだシリコン単結晶に、「ブラッグの条件[3]」付近で照射したX線の軌跡と向きの変化を調べました。その結果、光が持つ波としての性質が結晶の歪みで強調され、X線の向きは変わらず位置だけが大きくずれる現象(横滑り現象)を発見しました。これは、先行する理論研究の実証へとつながりました。さらに、この現象を応用することで、結晶の歪みを最適化してX線ビームの軸を任意に平行移動(横滑り)できるX線導波管を開発しました。

この技術により、光ファイバーのように結晶を通じてX線を伝送することが可能となり、将来的にさまざまな放射線・X線実験における手法および戦略の拡充へとつながる可能性が期待されます。

本研究は、科学研究費補助金の挑戦的萌芽研究「ダイヤモンド単結晶による次世代型X線干渉望遠鏡の開発」、基盤研究(B)「X線波束の異常シフト現象を利用した光学素子開発とベリー位相項の可視化研究」、「磁気カイラルメタ物質を用いた光に対する人工的ゲージ場の創成研究課題」、および「非相反メタマテリアルによる電磁波ビーム制御」の支援を受けて行われました。

成果は、米国の科学雑誌『Optics Express』のオンライン版(10月12日付:日本時間10月13日)に掲載されます。

※研究チーム

理化学研究所
放射光科学総合研究センター
利用システム開発研究部門
ビームライン基盤研究部 放射光イメージング利用システム開発ユニット
客員研究員 武井 大(たけい だい)(立教大学先端科学計測研究センター研究員)
ユニットリーダー 香村 芳樹(こうむら よしき)

XFEL研究開発部門
ビームライン研究開発グループ 理論支援チーム
特別研究員 澤田 桂(さわだ けい)

放射光科学総合研究センター
センター長 石川 哲也(いしかわ てつや)

背景

光の制御は古今東西の科学、産業における最重要課題の一つです。特に近年ではフォトニック結晶[4]メタマテリアル[5]など、主に可視光帯域で光の波動性を強調して独特の制御を実現させる研究が多くの成果を挙げています。X線もより高い精度で自由に操ることができるようになれば、医療や科学研究を加速させるさらに強力なツールとなります。しかし、X線は波長が短く物質を透過しやすい性質を持つため、例えばその向きを変えるという基本的な制御にすらいろいろな工夫が必要です。結果として、多くのX線実験がさまざまな制約の下で行われています。X線を制御する全く新しい方法が見つかれば、これら制約を緩和して実験の幅をさらに広げることが可能となります。

ここで、研究チームの澤田桂特別研究員らは2006年、X線波長帯域における光の波動性に着目し、“歪んだ単結晶が特定の条件下でX線の巨視的な横滑りを誘発する”という理論的な予測を提唱しました(図1注1)。また、同研究チームの香村芳樹ユニットリーダーらは2010年、予測された横滑り現象を実験で証明しました注2、3)

しかし、これまで横滑りで軌跡が変化した後のX線の状態は調べられていませんでした。そこで研究チームは、横滑り現象で実際にX線ビームの向きや広がり具合が受ける影響を測定し、理論のさらなる検証に取り組みました。また、さらにこの現象を応用することで、結晶の歪みを最適化してX線を任意に横滑りさせることができるX線導波管の開発に取り組みました。

注1)Sawada et al., Phys. Rev. Lett. 96, 154802 (2006)
"Dynamical Diffraction Theory for Wave Packet Propagation in Deformed Crystals"
注2)2010年6月10日プレスリリース「歪み単結晶に照射したX線が、巨大な横ずれを引き起こす現象を観測
注3)2013年1月31日プレスリリース「半導体結晶を通過するX線が2方向に分岐する現象を発見

研究手法と成果

研究チームはまず、「圧電素子[6]」で薄膜結晶の歪みを制御するための装置を開発しました(図2)。続いて、大型放射光施設「SPring-8」のビームライン「BL29XUL」で単色かつ平行度の高い良質なX線ビームを作り出し、開発した歪み制御装置に搭載した薄膜シリコン単結晶の試料に照射しました。結晶試料の角度を「ブラッグの条件」付近になるよう維持し、入射したX線が高い効率で横滑りを起こす条件となるよう結晶の歪みを調整しました。そして、結晶中を横滑りした後に出射(しゅっしゃ)したX線の状態を詳しく調べました。その結果、横滑りして出射したX線ビームの向きや広がり具合は、入射時の状態とほぼ等しいことが分かりました。

これは、澤田らの提唱した理論予測を支持する結果です。この現象により光が持つ波としての性質が結晶の歪みで強調され、X線の向きが変わらず位置だけが大きくずれることが分かりました。

また、この現象を応用することで、結晶の歪みを最適化してX線ビームの軸を任意に平行移動(横滑り)できるX線導波管を開発しました。さらに圧電素子を振動させて結晶試料の歪みを任意に変動させることで、出射するX線のオン・オフを電気的に切り替える光スイッチとしての動作にも成功しました(図3)。

今後の期待

X線をより自在に、精密に、効果的に扱うことで、私たちはさらに豊かな生活を手に入れることができます。例えば、高性能のX線顕微鏡は三次元画像から次世代の医療や創薬を促進させる一方、X線望遠鏡はブラックホール[7]超新星爆発[8]の残骸の観測などから極限的な物理や元素合成の解明に迫ります。X線の制御は、これら全ての研究の礎となる不可欠な要素です。

研究チームは今回の技術開発を通じて、X線光学系や時間制御に新しい手法をもたらしました。開発したX線導波管により、光ファイバーのように結晶を通じてX線を伝送することが可能となりました。これにより、将来的なX線実験全般における手法および戦略の拡充へとつながり、自由度の高まりにともなう新たな展開が期待されます。

原論文情報

  • Dai Takei, Yoshiki Kohmura, Tetsuya Ishikawa, and Kei Sawada, "Unidirectional X-ray Output from a Crystal Waveguide affected by Berry's Phase", Optics Express

発表者

理化学研究所
放射光科学総合研究センター 利用システム開発研究部門 ビームライン基盤研究部 放射光イメージング利用システム開発ユニット
客員研究員 武井 大(たけい だい)
(立教大学先端科学計測研究センター研究員)
ユニットリーダー 香村 芳樹

SPring-8/BL29XULビームラインと武井大客員研究員の写真 実験で使用したSPring-8/BL29XULビームラインと武井大客員研究員

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.SPring-8
    理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある第三世代放射光施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。放射光(シンクロトロン放射)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する細くて強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。
  • 2.X線導波管
    X線の伝送に用いられる構造体のこと。
  • 3.ブラッグの条件
    結晶や多層膜など周期的な構造を持つ物質に入射したX線が強め合う条件のこと。この条件を満たす入射角度をもつX線が物質によって反射される現象をブラッグ反射と呼ぶ。X線のエネルギーにより条件を満たす角度が異なるため、単一エネルギーのX線を選び出す際に結晶のブラッグ反射が利用されることが多い。
  • 4.フォトニック結晶
    異なる屈折率を持つ材料を光の波長オーダーの周期で配列させた結晶構造。フォトニック結晶内に入った光は、周期的な散乱を受けることで光バンド構造を形成し、結晶内で非常にゆっくり進んだり、または結晶中から完全に排除されたりするなど、従来の一様な媒質中では見られない特異な振る舞いを起こす。
  • 5.メタマテリアル
    光の波長よりも細かな構造を人工的に導入して、その構造と光との相互作用を利用することで実効的な物質の光学特性を人工的に操作した疑似物質。
  • 6.圧電素子
    ピエゾ素子とも呼ばれ、与えられた電圧に応じた圧力を発生させる素子。
  • 7.ブラックホール
    強い重力のため光すら脱出できない天体。周りにガスがあると、それらが本体に落ちていく過程で加熱されて高温のプラズマとなり、X線が放射されると考えられている。
  • 8.超新星爆発
    重い恒星や白色矮星(わいせい)が一生を終えるときに起こす巨大な核爆発。飛び散ったガスが周りに強烈な衝撃波を形成し、その残骸により加熱された高温のプラズマがX線で明るく輝く。
歪んだ結晶とX線の横滑り現象の概念図の画像

図1 歪んだ結晶とX線の横滑り現象の概念図

X線をある波の固まりとして考えたときに、歪んだ結晶中の原子の変位による影響を受けてX線の巨視的な横滑りが誘発されると予測した。

横滑り効果によるX線制御の概念図の画像

図2 横滑り効果によるX線制御の概念図

結晶に歪みがない場合は横滑り効果が小さく、入射したX線は一点鎖線のような軌跡をたどる。一方、結晶に歪みがある場合は横滑り効果が大きく、入射したX線は結晶中を伝搬して、向きと広がり具合を保ちながら結晶の縁より出射される。圧電素子で結晶の歪みを操作することで、X線の出射位置を制御することが可能となる。

歪みの異なる結晶を透過して観測されたX線写真の画像

図3 歪みの異なる結晶を透過して観測されたX線写真

(a):結晶の歪みがない場合は横滑り効果が小さく、出射位置の大幅な移動は見られない。
(b):結晶の歪みがある場合は横滑り効果が大きく、X線が結晶中を伝搬して異なる位置から出射される。圧電素子で結晶の歪みに周期的な変動を与えれば、これら出力を時間的に制御することも可能となる

YouTube:歪んだ結晶の横滑り現象によるX線の制御(動画)

Top