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2017年1月5日

理化学研究所

慢性閉塞性肺疾患を抑える糖鎖を発見

-ステロイド薬よりも安全で低副作用の新しい治療薬の開発へ-

要旨

理化学研究所(理研)グローバル研究クラスタ疾患糖鎖研究チームの高叢笑研究員(研究当時)、藤縄玲子テクニカルスタッフ(研究当時)、木塚康彦研究員と谷口直之チームリーダーらの国際共同研究グループは、マウスを用いて、「ケラタン硫酸[1]」の一部である「L4」と呼ばれる二糖[2]慢性閉塞性肺疾患(COPD)[3]を抑える効果を持つことを発見しました。

COPDは肺の病気で、肺胞が破壊される肺気腫(肺胞の破壊)や気管支炎の総称です。現在、世界で死亡原因の4位を占め、日本でも500万人以上の潜在患者がいるといわれています。COPDにかかると、気道が狭くなって呼吸が苦しくなり、ウイルスや細菌感染によって症状が悪化して死亡率が高くなります。病気の原因は喫煙によって引き起こされる炎症といわれていますが、根本的な治療薬はありません。現在は気管支を広げる薬での対症療法が中心で、強い炎症を抑えるために使われるステロイド薬[4]によって、かすれ声や感染症などの副作用が生じたり、逆に症状が悪化したりすることが問題となっています。

国際共同研究グループは、喫煙によって肺に起こる変化をマウスで調べたところ、ケラタン硫酸と呼ばれる糖鎖が減少することを発見しました。そこで、ケラタン硫酸の一部であるL4と呼ばれる二糖をCOPDモデルマウスに投与したところ、肺気腫化が抑えられました。L4投与後の肺を詳しく調べたところ、炎症を引き起こす好中球やマクロファージなどの白血球が肺に集積する数が減少し、それらの白血球が分泌する炎症誘発物質や肺胞破壊酵素の量も減少しました。これらのことから、L4は肺で起こる炎症を抑えることによってCOPDを抑える効果を持つことが分かりました。さらに、COPDの急性悪化(増悪[5])モデルマウスにL4を投与したところ、ステロイド薬と同程度の抗炎症効果を持つことも分かりました。

以上の結果から、L4はCOPDに対する治療効果を持つことが明らかになりました。今後、その作用メカニズムをさらに明らかにし、より強い効果や長い効能を持つL4類似物質を探索することにより、新しいCOPD治療薬の開発が期待できます。

成果は、米国の科学雑誌『American Journal of Physiology Lung Cellular and Molecular Physiology』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(12月23日付け)に掲載されました。

本研究の一部は、医薬基盤研究所(NIBIO)の先駆的医薬品・医療機器研究発掘支援事業の支援により行われました。

背景

慢性閉塞性肺疾患(COPD)は、気管支炎と肺気腫(肺胞の破壊)を伴う肺疾患です。主な原因は喫煙といわれ、タバコの煙やPM2.5などに含まれる物質によって肺で慢性的に炎症が起き発症します。COPDにかかると呼吸が苦しくなり、生活の質が低下するとともに、ウイルスや細菌感染によって症状が急激に悪化し(増悪)、死亡率が上昇します。現在、世界では死亡原因の4位を占め注1)、日本でも500万人以上の潜在患者がいると推定されています注2)。また、COPD患者は肺がんを発症しやすいことから、COPDの予防や治療向上は重要な社会課題となっています。現在は根本的な治療薬がなく、気管支の拡張剤などを使う対症療法が中心です。また、増悪時の強い炎症を抑えるため、ステロイド薬が使われますが、かすれ声や感染症などの強い副作用が生じたり、逆に症状を悪化させることも知られており、新たな治療薬の開発が望まれています。

糖鎖はグルコース(ブドウ糖)などの糖が鎖状につながった物質で、体内で遊離の状態で存在するものや、タンパク質や脂質に結合した状態のものがあります。糖鎖は、さまざまな役割を果たしており、その構造や量の変化が、がん、糖尿病、アルツハイマー病などの疾患の原因の一つとなることが分かっています。しかし、COPDの発症や悪化と糖鎖との関わりについてはほとんど分かっていませんでした。

そこで、国際共同研究グループは、COPDの最大の原因である喫煙によって糖鎖がどのように変化するかを調べ、COPDと糖鎖の関係を明らかにすることを試みました。

研究手法と成果

国際共同研究グループはまず、3カ月喫煙させたマウスの肺における糖鎖の変化を調べました。その結果、肺に存在する「ケラタン硫酸」と呼ばれる糖鎖が喫煙によって減少することを発見しました(図1)。このことは、ケラタン硫酸が肺で機能していること、喫煙によって生じる肺の傷害や、そうした傷害からの肺の防御機能と何らかの関係があることを示唆しています。

そこで国際共同研究グループは、ケラタン硫酸の投与によってCOPDが抑えられるのではないかと考えました。ケラタン硫酸は、硫酸化された二つの糖から成る二糖が繰り返し鎖状につながった構造をしており、長さや硫酸化の度合いが不均一なため、ケラタン硫酸のもとになる二糖の「L4」を使いました(図2)。

肺胞を破壊する酵素のエラスターゼ[6]を気管から肺に投与して作製したCOPDモデルマウスにL4を投与したところ、肺気腫化が抑えられました(図3左)。また、CTスキャンを使ってマウスの肺を調べたところ、L4の投与によって、肺気腫を生じた領域(肺胞が壊れた領域)が小さくなっていました(図3右)。

次に国際共同研究グループは、なぜL4がCOPDを抑えたのかを明らかにするため、COPDの原因である肺の炎症について調べました。炎症は好中球、マクロファージ、リンパ球などの炎症を引き起こす白血球が病巣へ集積することによって生じます。肺へ集積する白血球は、気管支肺胞洗浄液(BALF)[7]を調べることで分かります。そこで、COPDモデルマウスのBALFを調べたところ、正常マウスよりも白血球が多く、炎症が起きていました。一方、L4を投与したCOPDモデルマウスでは白血球の数が減少し、炎症が抑えられました(図4A)。

白血球が産生する肺胞破壊酵素のマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)[8]やエラスターゼなどは、COPDの発症に深い関係があると考えられています。L4を投与したCOPDモデルマウスのBALF中のMMP活性を測定したところ、COPDモデルマウスで増加していたMMP活性が、L4の投与により抑制されていました(図4B)。またTNFα[9]など、炎症誘発物質のサイトカイン[9]の量も減少していることも分かりました。これらの結果から、L4は炎症を引き起こす白血球の肺への集積を抑えることによってCOPDの症状を抑える効果を持つことが分かりました。

現在、COPDの治療には、増悪時の強い炎症を抑えるためにステロイド薬が使われ、その強い副作用が問題になっています。そこでL4がCOPDの増悪時にステロイド薬と比べてどの程度の抗炎症効果を持つのか調べました。3カ月の喫煙によってマウスの肺にCOPD様の傷害を与えたのち、細菌成分のリポポリサッカライド(LPS)[10]を肺へ投与し、COPD患者の細菌感染による増悪を模倣したモデルマウスを作製しました(図5左)。このモデルマウスに、L4もしくはステロイド薬のデキサメタゾンを投与し、BALFの中の白血球の数を測定することによって、それらの炎症抑制効果を調べました。その結果、L4はステロイド薬とほぼ同程度の抗炎症効果を持つことが分かりました(図5右)。

今後の期待

本研究により、ケラタン硫酸の一部であるL4が、炎症を抑えてCOPDの治療効果を持つことが分かりました。L4は、もともと動物が体内に持つ糖鎖の一部であることから、安全性が高く副作用も低いと考えられます。さらにL4は、ステロイド薬と同程度の抗炎症効果を示すことから、COPDの発症や増悪、その他の炎症性疾患に対する新たな治療薬の候補として期待できます。

一方、L4は投与後の体内における半減期が2時間程度と短いことが分かっており、効果の持続性の面で改善の余地があると考えられます。また、L4がどのように炎症を抑えているのか、その作用メカニズムはまだ明らかになっていません。

今後、L4の作用メカニズムを解明することにより、より強い作用やより長い効能を持ったL4の類似物質の開発が期待できます。

※国際共同研究グループ

理化学研究所 グローバル研究クラスタ 理研-マックスプランク連携研究センター
システム糖鎖生物学研究グループ 疾患糖鎖研究チーム
研究員(研究当時) 高 叢笑(こう そうしょう)
テクニカルスタッフ(研究当時) 藤縄 玲子(ふじなわ れいこ)
研究員 木塚 康彦(きづか やすひこ)
チームリーダー 谷口 直之(たにぐち なおゆき)

群馬大学大学院 医学系研究科 臓器病態内科学
講師 前野 敏孝(まえの としたか)

慶應義塾大学 医学部 呼吸器内科
教授 別役 智子(べつやく ともこ)

日本医科大学 呼吸ケアクリニック
所長 木田 厚瑞(きだ こうずい)

マックスプランク研究所Colloids and Interfaces
Director Peter Seeberger(ピーター・ジーバーガー)

原論文情報

  • Congxiao Gao, Reiko Fujinawa, Takayuki Yoshida, Manabu Ueno, Fumi Ota, Yasuhiko Kizuka, Tetsuya Hirayama, Hiroaki Korekane, Shinobu Kitazume, Toshitaka Maeno, Kazuaki Ohtsubo, Keiichi Yoshida, Yoshiki Yamaguchi, Bernd Lepenies, Jonas Aretz, Christoph Rademacher, Hiroki Kabata, Ahmed E. Hegab, Peter H. Seeberger, Tomoko Betsuyaku, Kozui Kida, and Naoyuki Taniguchi, "A keratan sulfate disaccharide prevents inflammation and the progression of emphysema in murine models", American Journal of Physiology Lung Cellular and Molecular Physiology, doi: 10.1152/ajplung.00151.2016

発表者

理化学研究所
グローバル研究クラスタ 理研-マックスプランク連携研究センター システム糖鎖生物学研究グループ 疾患糖鎖研究チーム
研究員(研究当時) 高 叢笑(こう そうしょう)
テクニカルスタッフ(研究当時) 藤縄 玲子(ふじなわ れいこ)
研究員 木塚 康彦(きづか やすひこ)
チームリーダー 谷口 直之(たにぐち なおゆき)

藤縄玲子テクニカルスタッフ(研究当時)と谷口直之チームリーダーの写真 藤縄 玲子 谷口 直之
高叢笑 研究員(研究当時)の写真 高 叢笑
木塚康彦 研究員の写真 木塚 康彦

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明

  • 1.ケラタン硫酸
    タンパク質に結合した糖鎖の一つで、硫酸を持った二糖が繰り返し鎖状につながった構造。神経系では軸索の再生や、神経変性疾患などに関わることが知られている。L4はケラタン硫酸のもとになる硫酸化された二糖の一種である。
  • 2.二糖
    二つの糖がつながった化合物のこと。グルコース(ブドウ糖)とグルコースがつながったマルトース、グルコースとガラクトースがつながったラクトース(乳糖)、グルコースとフルクトースがつながったスクロース(ショ糖)などがある。L4も二糖の一種である。
  • 3.慢性閉塞性肺疾患(COPD)
    肺気腫や慢性気管支炎の総称で、気道の閉塞による呼吸困難を引き起こす。世界保健機関(WHO)によれば、2030年までに世界の死亡原因の3位を占めるようになると推定されている。COPDはChronic Obstructive Pulmonary Diseaseの略。
  • 4.ステロイド薬
    副腎で作られる糖質コルチコイドを模倣した薬で、強い抗炎症効果を持つ。デキサメタゾン、コルチゾン、プレドニゾロンなどが知られている。炎症抑制効果の他にも、免疫抑制作用や血糖上昇作用など、さまざまな作用がある。
  • 5.増悪
    症状が悪化すること。治癒や寛解後の再発とは異なり、病気の状態がさらに悪化することを指す。COPDはウイルスや細菌に感染することによって急激に症状が悪化する。これを急性増悪と呼ぶ。
  • 6.エラスターゼ
    タンパク質を分解するプロテアーゼ(酵素)の一種。膵臓から多く分泌される。好中球にも含まれ、異物を分解するために使われたり、組織の再生や合成の調節をするのに使われる。本研究ではブタ膵臓由来のエラスターゼを使用した。
  • 7.気管支肺胞洗浄液(BALF)
    気管支から肺に注入した生理食塩水を回収した液のこと。そこに含まれる白血球やバイオマーカーなどを調べることによって、病気の診断や病態を明らかにするために用いられる。BALFはBronchoalveolar lavage fluidの略。
  • 8.マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)
    タンパク質を分解するプロテアーゼ(酵素)の一種。25種類程度のMMP遺伝子が知られている。細胞外に存在するコラーゲンなどの細胞外マトリックス成分を分解し、組織の再生などに関わる。COPDでは、マクロファージなどの白血球が分泌するMMPが、病気の発症や悪化に関わると考えられている。MMPはMatrix metalloproteinaseの略。
  • 9.TNFα、サイトカイン
    サイトカインは、さまざまな細胞が分泌する液性因子で、他の細胞に働きかけて細胞の増殖や分化に関わる。TNFαは、腫瘍の壊死因子として発見されたサイトカインで、炎症を促進する作用を持つ。
  • 10.リポポリサッカライド(LPS)
    リポ多糖とも呼ばれる。グラム陰性細菌の細胞壁に含まれる成分。免疫系の細胞に作用して炎症を引き起こすなど、さまざまな生理作用がある。LPSはLipopolysaccharideの略。
喫煙によるケラタン硫酸の減少の図

図1 喫煙によるケラタン硫酸の減少

正常のマウスと、3カ月喫煙させた後のマウスの肺の切片の染色画像。赤はケラタン硫酸、緑はII型肺胞上皮細胞、青は全ての細胞の核を示す。正常なマウス(左)では、気道周囲の線維芽細胞や血管内皮細胞にケラタン硫酸が存在し、喫煙後のマウス(右)ではケラタン硫酸の量が減少している。

ケラタン硫酸の構造の図

図2 ケラタン硫酸の構造

ケラタン硫酸はタンパク質に糖が鎖状に結合した糖鎖の一種で、二糖が繰り返しつながった構造をしている。二糖を構成するガラクトースとN-アセチルグルコサミンは、6位の水酸基に硫酸が付く場合(6S)と付かない場合がある。二つの糖が両方硫酸化された二糖を「L4」と呼ぶ。β3、β4は、糖と糖がどの位置の水酸基を介してつながるかという結合の仕方を表す。

L4によるCOPD抑制効果の図

図3 L4によるCOPD抑制効果

  • 左: 正常なマウス(上)、COPDモデルマウス(中)、L4を投与したCOPDモデルマウス(下)の肺の各切片のヘマトキシリン-エオジン染色画像。COPDモデルマウスでは肺胞の間の壁が破壊され、一つ一つの肺胞が大きくなっている。COPDモデルマウスへのL4の投与により、肺胞の破壊が抑えられたことが分かる。
  • 右: COPDモデルマウスとL4を投与したCOPDモデルマウスの肺のCTスキャンの画像。黄色は肺胞が壊れて肺気腫が生じた領域。L4の投与により、肺胞の破壊が抑えられたことが分かる。
L4による炎症抑制効果の図

図4 L4による炎症抑制効果

  • (A) 気管支肺胞洗浄液(BALF)の中に含まれる白血球の数。肺の炎症の指標となる。COPDモデルマウスでは、炎症が起きているため正常マウスより好中球やマクロファージなどの白血球が多い。しかしL4の投与により、これらの白血球の肺への集積が抑えられ、炎症が抑えられた。
  • (B) BALFの中の肺胞破壊酵素(MMP)の活性測定。ゼラチンザイモグラフィー(MMPの基質であるゼラチンを含むゲルを使った電気泳動法)により測定した。COPDモデルマウスでは、肺に集積した白血球などにより、MMPの活性が増加した。L4の投与により炎症が抑えられ、MMPの活性が低下した。
L4とステロイド薬の抗炎症効果の比較図

図5 L4とステロイド薬の抗炎症効果の比較

  • 左: 実験方法の概要。3カ月の喫煙によりCOPD様にしたマウスに、細菌成分であるリポポリサッカライド(LPS)を投与することで、COPD患者の増悪を模倣したモデルマウスを作製した。そのモデルマウスに、L4またはステロイド薬(デキサメタゾン)を投与し、抗炎症効果を調べた。
  • 右: L4またはステロイド薬投与後の気管支肺胞洗浄液(BALF)の中に含まれる白血球の数。治療なしのマウスでは白血球が肺に多数集積し強い炎症が起きた。L4またはステロイド薬の投与によって肺に集積する白血球が減少し、炎症が抑えられた。L4はステロイド薬に同程度の抗炎症効果を持つことが分かった。

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