要旨
理化学研究所(理研)仁科加速器研究センターRI・電子散乱装置開発チームの若杉昌徳チームリーダー、東北大学電子光理学研究センターの須田利美教授、立教大学理学部物理学科の栗田和好教授らの共同研究グループ※は、不安定原子核を見るための新しい電子散乱実験装置(新型電子顕微鏡)を完成させ、同位体分離器から取り出された微量のキセノン-132(132Xe:陽子数54、中性子数78)原子核の電子散乱実験を行い、陽子分布を決めることに成功しました。
フェムトメートル(fm、1fmは1兆分の1mm)サイズという小さな原子核のありのままの真の姿を“見る”手段は、高エネルギー電子散乱[1]という方法しかありません。電子散乱は、高エネルギー電子ビームを原子核に衝突させ、飛び散る電子を丹念に調べるという方法です。従来の電子散乱実験では、標的となる元素の薄膜を作り、それに電子ビームを照射します。この方法では、標的原子核の数が最低でも1020個必要です。人工的に作り出す不安定核では、実験室で大量に作ることは現在でも不可能で、たとえ作ったとしても寿命が短くすぐに壊変してしまいます。したがって、安定核では容易だったはずの電子散乱実験は、不安定核では全く不可能でした。
その問題を解決するために、共同研究グループは世界に先駆けてスクリット法(SCRIT法[2]:Self-Confining RI Ion Target)という新しい手法を開発しました注)。SCRIT法は、標的イオンを細い電子ビームの通り道にトラップして集中させることで、自動的に電子散乱現象を引き起こさせる方法です。この仕組みを電子蓄積リング[3]の中に作り込むことによって、わずか108個(1億個)の標的核数で電子散乱実験を可能にします。共同研究グループは、このSCRIT装置を装備した不安定核電子散乱実験施設を理研の仁科加速器研究センターに、2009年から約6年をかけて完成させました。今回この施設を使って、同位体分離器ERIS[4]から取り出されてきた約108個の132Xe原子核をSCRIT装置に流し込むことによって、132Xe原子核から散乱される電子を観測し、散乱の角度分布から132Xe原子核の陽子分布を決めることに成功しました。132Xeは安定核ですが、実験は不安定同位体の実験と全く同じ仕様で行われたので、ERISによる本格的な不安定核生成の開始により不安定核陽子分布測定が可能になります。
本研究により、不安定核の電子散乱研究という新しい研究領域の扉が開かれました。今後、不安定な原子核の陽子分布の測定が進み、本施設が原子核構造を包括的に理解する新しい原子核モデルを構築する拠点となることが期待されます。
本研究は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(6月27日付け)に掲載されます。
SCRIT電子散乱施設建設にあたっては、日本学術振興会科学研究費補助金(東北大学:基盤S-22224004および立教大学:基盤B-24340057)、および文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(立教大学:S1411024)の支援を受けて行われました。
注)2008年4月24日プレスリリース「不安定原子核の陽子分布を精密測定する心臓部の開発に世界で初めて成功」
※共同研究グループ
理化学研究所 仁科加速器研究センター 実験装置開発室 RI・電子散乱装置開発チーム
チームリーダー 若杉 昌徳(わかすぎ まさのり)
専任技師 大西 哲哉(おおにし てつや)
専任研究員 渡邊 正満(わたなべ まさみつ)
協力研究員 榎園 昭智(えのきぞの あきとも)
研究生 戸ケ崎 衛(とがさき まもる)
研究嘱託 市川 進一(いちかわ しんいち)
研究嘱託 原 雅弘(はら まさひろ)
客員主管研究員 堀 利匡(ほり としただ)
東北大学 電子光理学研究センター
教授 須田 利美(すだ としみ)(仁科加速研究センター 実験装置開発室 RI・電子散乱装置開発チーム 客員研究員)
助教 塚田 暁(つかだ きょう)(仁科加速研究センター 実験装置開発室 RI・電子散乱装置開発チーム 客員研究員)
嘱託 玉江 忠明(たまえ ただあき)(仁科加速研究センター 実験装置開発室 RI・電子散乱装置開発チーム 客員研究員)
技官 松田 一衛(まつだ かずえ)
立教大学 理学部物理学科
教授 栗田 和好(くりた かずよし)
大学院生 足立 江介(あだち こうすけ)
大学院生 藤田 峻広(ふじた たかひろ)
大学院生 山田 耕平(やまだ こうへい)
大学院生 掘 充希(ほり みつき)
背景
電子散乱現象は、電子が原子核の近くや内部を通過する際に、核の内部構造を反映した変調を受けて(運動量変化という形で)跳ね返ってくる現象です。跳ね返ってきた電子を分析することによって、原子核の内部構造情報を引き出すことができます。電子散乱は、点電荷[5]である電子をプローブとして、核力[6]に比べ桁違いに弱いがよく理解されている電磁相互作用のみによって引き起こされるという特性によって、原子核のような極微小な構造体の、特に陽子の状態を覗くための史上最も優れた方法です。電子散乱から得られる情報は非常に高い信頼性を持つので、他の全ての実験結果や理論計算は、電子散乱の結果と矛盾してはいけません。つまり、電子散乱は原子核構造研究における基盤中の基盤です。
この手法は半世紀以上も前に確立されており、これまでに安定な原子核に対する数多くの電子散乱実験が行われ、その結果から原子核の基本的モデルが構築されています。ただ、これまで電子散乱実験は、天然に存在する安定な原子核(図1)でしか行われていません。加速器技術の進歩によって、短寿命で不安定な原子核を作り出せるようになり、不安定核構造研究は原子核研究の本流の一つになりました。ところが、不安定な原子核では、予期しない奇妙な性質を示すものが少なからず見つかり、基本的モデルはもはや磐石でないことが分かってきたことから、不安定原子核構造研究においては、不安定核の電子散乱実験が久しく待ち望まれていました。しかし、不安定な原子核は固定標的を作るほどの数が作り出せないために、この30年あまりの間、誰も手の出しようがありませんでした。
共同研究チームはこの問題を解決するために、2008年に「スクリット法(SCRIT法:Self-Confining RI Ion Target)」という電子散乱実験に革命をもたらす手法を開発しました。電子ビームが負の電荷を持っているのに対して、標的イオンは正の電荷を持つため、注意深く標的イオンを導けば、イオンは自然に電子ビームに引き寄せられ、もはや逃げることができません。SCRIT法は、この原理(図2)を利用して標的イオンをごく狭い電子の通り道に集中させるので、全ての標的イオンが衝突に参加することになり、非常に効率のよい標的を作ることができます。したがって従来よりも桁違いに微量な標的核数で、従来通りの電子散乱実験を可能にします。
研究手法と成果
共同研究グループは、2009年から約6年をかけて理化学研究所仁科加速器研究センターにSCRIT電子散乱施設(図3)を建設しました。電子蓄積リングSR2の直線部にSCRIT装置が挿入されています。SR2にはエネルギー150MeV~300MeV、電流200mA~250mAの電子ビーム(赤線)が蓄積されており、毎秒約1018個の電子がSCRIT装置を通過します。一方、電子加速器150MeVマイクロトロンRTM[7]から出力される電子ビームは同位体分離器ERISのイオン源内に装填したウラン標的に照射されます(紫線)。ウランが破壊されイオン源内で生成された不安定核がビームとして取り出され、DC-パルス変換器FRAC[8]を通すことでパルスビームに加工され、SCRIT装置まで輸送(青線)、そして入射されます。SCRIT装置の中でイオンは電子ビーム軸上にトラップされたまま浮遊標的となります。標的に衝突して散乱した電子は、リングの外に飛び出し、分析磁石(WiSES)[9]とその前後に設置されたドリフトチェンバー[10]検出器によって散乱方向とエネルギーが分析されます。SCRIT電子散乱実験施設とは、“見たい原子核(試料)をイオン源と同位体分離器ERISで作り、DC-パルス変換器FRACで整形し、SCRIT装置という試料台に乗せ、それに電子ビームを当て、WiSESという検出器で拡大して見る”という原子核を見るための電子顕微鏡なのです。
SCRIT電子散乱実験では、標的核を電子ビーム中に停止させることから低速のRIビームを必要とするので、ISOL型の不安定核生成分離器ERISを建設しました。同型の分離器は世界中に建設されていますが、その強度は多くても毎秒1010個以下程度にとどまっています。本研究の大きな成果は、「SCRIT法による電子散乱実験装置の完成により、同位体分離器から得られる不安定核ビーム強度でも電子散乱実験を可能にした」ということです。SCRIT法の高い汎用性によって、同位体分離器が稼働していればどこでも、電子散乱実験が可能になります。
本散乱実験では、原子核の基底状態(最もエネルギーの低い状態)を見るために、衝突の過程でエネルギーを失うことなく運動量だけが変化する弾性散乱事象を観測します。共同研究グループは、完成したSCRIT電子散乱実験施設を使って、132Xe原子核の電子散乱実験を行いました。同位体分離器ERISから取り出した約108個の132Xe原子核を電子蓄積リングのSCRIT装置にトラップして、132Xe原子核から散乱される電子を観測しました。散乱電子を分析電磁石WiSESとその前後のドリフトチェンバーを用いて解析し、散乱した電子の軌道を再現することによって、散乱地点を特定し、散乱角とエネルギーを測定します。図4は散乱地点の分布を示したもので、確かにトラップした132Xe原子核から散乱していることが分かります。
本実験では、弾性散乱した電子の数を散乱の運動量移行(散乱角に対応)の関数として観測します。もしも、全散乱角度を覆う検出器があれば、電子ビームエネルギーを固定したままで必要な運動量移行の範囲の測定ができますが、WiSESは、散乱角にして25°~55°しか覆っていないので、必要な運動量移行の範囲をカバーするために、150MeV、200MeV、300MeVの3種類の電子ビームのエネルギーで実験を行いました。
図5は散乱してきた電子のエネルギー分布です。右端のピークを形成している成分は、散乱電子がそれぞれ元のエネルギーを持っているので、これらは弾性散乱であることが確認できます。このピークの中にはさまざまな運動量移行(散乱角)で散乱した成分が混在しているので、これを運動量移行ごとに分けて散乱電子数を数えます。その数を単位時間当たりに換算して、運動量移行を横軸にしてプロットしたものが、本測定の目的量である弾性散乱の運動量移行分布(図6左)です。一般的に、運動量移行が大きくなると分布は右下がりで、急速にしかも微妙なうねりを示しながら減少します。この形にフーリエ変換という一種の座標変換を施すことで、最終的には陽子分布の形状が(図6右)求められます。こうして本研究では、132Xe原子核の陽子分布が決められました。
今後の期待
本研究では、不安定原子核を見るための新しい電子散乱実験施設(新型電子顕微鏡)を完成させ、132Xe原子核の電子散乱実験を行い、陽子分布を決めることに成功しました。132Xeは安定核ですが、本研究が世界初の実験です。今まで実験できなかった理由は、Xeが常温でガス状態にあり、天然に多くの同位体を含むために、単一同位体を分離した標的が作れなかったことにあります。今回完成した施設では、同位体分離器ERISを用いて単一同位体を簡単に分離し、108個の標的で電子散乱実験ができる、ということを証明しました。ERISにより、不安定核を引き出せば、不安定核でも全く同様にして電子散乱実験を行うことが可能です。
SCRIT電子散乱施設の完成によって、不安定核の電子散乱研究という新しい研究領域の扉が開かれました。今後、不安定な原子核の陽子分布(電荷分布)の測定が容易に行われることになるでしょう。そして、本施設は、不安定核研究に信頼性の高いデータを供給し、原子核構造を包括的に理解する新しいモデルを構築する拠点となることが期待されます。
原論文情報
- Kyo Tsukada, Akitomo Enokizono, Tetsuya Ohnishi, Kosuke Adachi, Takahiro Fujita, Masahiro Hara, Mitsuki Hori, Tadatoshi Hori, Shin-ichi Ichikawa, Kazuyoshi Kurita, Kazue Matsuda, Toshimi Suda, Tadaaki Tamae, Mamoru Togasaki, Masanori Wakasugi, Masamitsu Watanabe, Kohei Yamada, "First elastic electron scattering from132Xe at the SCRIT facility", Physical Review Letters
発表者
理化学研究所
仁科加速器研究センター 実験装置開発室 RI・電子散乱装置開発チーム
チームリーダー 若杉 昌徳(わかすぎ まさのり)
東北大学 電子光理学研究センター
教授 須田 利美(すだ としみ)
(仁科加速研究センター 実験装置開発室 RI・電子散乱装置開発チーム 客員研究員)
立教大学 理学部物理学科
教授 栗田 和好(くりた かずよし)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明
- 1.高エネルギー電子散乱
原子核実験に限らず、物質の性質を調べる実験では、その物質に対して刺激を与え、それに対する応答の仕方を観測するのが一般的である。電子散乱もその一種であり、物質に電子を衝突させたときに起きる現象を観測する。衝突させる電子ビームは、見たい対象の大きさによって適切なエネルギーがある。原子核くらいの小さな物質の構造を見る場合には、おおむね100~1000MeV程度が適当となる。このように100MeVを超えるようなエネルギーの電子ビームを衝突させて、その飛び散り方(応答の仕方)を調べる手法を、高エネルギー電子散乱と呼ぶ。 - 2.SCRIT法
SCRIT法は電子散乱実験をより少量の標的核数で実現させる画期的手法。細く絞られた高エネルギー電子ビームは負の電荷の流れであり、一方標的となるイオンは正の電荷を持っている。したがって電子ビームのそばに標的イオンを近づければ、イオンが電子ビーム流の中に引き込まれる。引き込まれた標的イオンはそのまま逃げることができずに、電子ビームの通り道に集中して浮遊した状態となる。この浮遊イオンがそのまま電子散乱の標的として働くので、自動的に電子散乱事象が起きる、ということになる。電子ビームはできるだけ大きな電流の方がよいので、電子蓄積リングを使用する。ただしトラップされたイオンが電子ビームの飛行方向に拡散しないよう、ビーム方向に静電バリア電圧を掛けておく。SCRIT装置とはこのバリア電圧を形成するために電子蓄積リング内に設置した電極システムのことを指す。 - 3.電子蓄積リング
電子蓄積リングは高速で走る電子ビームをリング状の真空チューブの中を無限に周回させるように作られた加速器で、一種のトラップ装置である。通常の高エネルギー電子加速器では平均電流はせいぜい1mA程度であるが、蓄積リングでは1秒間に1000万周回(107周回)するため、限られた電子数の蓄積でも大電流が得られ、しかもそれを維持するエネルギーは小さくて済むという利点を持っている。また、周回させることによって電子ビームは放射光を放出して自然に冷えてゆく性質があるため、非常に質の良い電子ビーム(ビームサイズが細く、かつエネルギーの揃ったビーム)を得ることができる。 - 4.不安定核同位体分離器ERIS
不安定核を生成する標的部と一体となったイオン源を持ち、イオンを数keV~数十keVに加速して質量分離することによって、不安定核を生成しつつ単一同位体の低速のRIビームを供給する装置を称してISOL(Isotope Separator On-Line)と呼ぶ。ERISはこのISOL型の不安定核生成分離装置である。不安定核を生成するための標的とイオン源が連結されている。標的にはウランの炭素化合物(UCx)が装填されており、それにRTMからの150MeV電子ビームを照射すると、電子ビームが物質に当たってガンマ線が発生し、それによってウランが核分裂を起こす。これにより標的内に分裂片である不安定核が生成される。これを2,000℃に加熱して不安定核をあぶり出し、イオン源内に誘導し、そこで1価のイオンに変換して、静電場を用いて引き出す。このときイオンのエネルギーは、数keV~50keV程度の非常に低い。その低速ビームを分析電磁石によって質量分離し、単一同位体の不安定核をSCRITに供給する。 - 5.点電荷
大きさを持たないが電荷だけを持つ粒子で、電子や陽電子などは点電荷と考えられている。大きさを持たないので内部構造も持たない。それが理由で、原子核などの内部構造を調べるためのプローブとしては最適だと考えられている。 - 6.核力
原子核を構成する複数の陽子と中性子をごく小さな領域の中に閉じ込めている力で、核の構造形成に支配的な役割を果たす。「強い力」である核力の他に、電磁相互作用、さらにはるかに弱くβ崩壊を引き起こす「弱い力」が原子核に働いていることが知られている。 - 7.電子加速器150MeVマイクロトロンRTM
SCRIT施設では、蓄積リングに打ち込む電子ビーム、また不安定核同位体分離器ERISのイオン源標的に打ち込む電子ビームを生成するために、電子加速器の一種である150MeVマイクロトロン(RTM)を用いる。電子銃から発生した60keVの電子ビームを磁石のなかで周回させながら次第に加速しエネルギーを上げて行く。1周するごとにエネルギーを6MeVずつ追加し、25周で150MeVに達する。150MeVになると加速器から取り出される。 - 8.DC-パルス変換器FRAC
同位体分離器ERISから引き出されるイオンビームは連続ビームである。一方、SCRIT装置にイオンを入射する際には、パルスビームである必要がある。したがってERISビームをSCRIT入射する際には、連続ビームをパルスビームに変換する必要がある。FRAC(Fringing-RF-field-activated DC-pulse Converter)は連続ビームを受け取り、それを時間方向に圧縮して500μs幅のパルスビームに加工して出力する。RFQリニアトラップ装置を原型として、本研究チームが独自に開発した超高真空下で動作する変換器である。 - 9.分析電磁石(WiSES)
標的から散乱した電子を分析する電磁石。SCRIT装置の直近に設置されており、SCRIT装置から飛び出した散乱電子を磁場の力で曲げて、その曲がり方によって電子の運動量(エネルギー)を分析する。本研究の弾性散乱では、散乱電子のエネルギーが元のビームのエネルギーと同じであることを確認することが非常に重要で、そのために不可欠な分析器である。磁場の分布はあらかじめよく調べてあるので、後述のドリフトチェンバーのデータから散乱電子の飛跡を再現することができる。 - 10.ドリフトチェンバー
高エネルギー荷電粒子の飛跡を観測するために一般的に用いられるタイプの検出器。希ガスと有機化合物の混合ガスなどを充満させた容器の中に、多数のワイヤーが張られており、ワイヤー間に一定の電位差をつけておく。荷電粒子がガス中を通過した際にガスとの衝突で発生させた電子が、その電圧でガス中を移動(ドリフト)する際に電圧により加速され、それらがさらにガスに衝突してより多くの電子を生み出すという雪だるま式増幅作用によって、生成されたその電荷がワイヤーに吸収されて信号となる。その事象が起きた場所を記録することにより、荷電粒子の飛跡が再構成される。
図1 電子散乱の行われた原子核を示した核図表
中性子数を横軸に、陽子数を縦軸にして、各点が原子核を表す。□は天然に存在する安定核で、電子散乱実験が行われた原子核を■で表している。周りの階段状の矩形線は原子核の存在限界を表し、その内側の安定核以外の領域は全て不安定核である。矢印で示した今回の132Xeは、安定核ながら電子散乱実験は今回が初めてである。
図2 SCRITの原理
標的イオンを電子ビームに沿わせて上手に流し込むと、標的イオンは自然に電子ビームに引き寄せられる。前後に逃げないように静電バリアを設置する。こうして標的イオンは電子ビームの通り道に線状にトラップされ、どこにも逃げずに電子ビームの通り道に浮遊している状態を作り出している。電子は時々、自身で抱え込んだ標的イオンに衝突して軸の外へ散乱される。
図3 SCRIT電子散乱実験施設(新型電子顕微鏡システム)
赤い線で示したのは電子蓄積リングSR2内を周回する電子ビーム、青い線は標的イオンの輸送ルート。150MeVマイクロトロンRTMからの電子ビーム(紫線)はイオン源のウラン標的に照射され不安定核を生成。SCRITで散乱されリング外に飛び出した電子がWiSESとドリフトチェンバーで分析される。
図4 散乱地点の分布
電子ビーム軸方向約40cmにわたって132Xeはトラップされているので、散乱点もその分布に一致している。グレーは132Xeをトラップしていないときにこの領域に漂う残留ガス(C、Hなど)から散乱してきた成分で、バックグラウンドである。
図5 散乱電子のエネルギー分布
3種類のエネルギーで測定。それぞれ右端のピークは入射電子ビームエネルギーと同じエネルギーを示しており、弾性散乱事象であることを示す。
図6 弾性散乱の運動量移行分布(左)とそこから決められた132Xeの陽子分布(右)
3種類の電子ビームエネルギーで測定した(左)。原子核の陽子分布の半径と表面の厚さによって異なったカーブを描くので、この形から(右)図のような132Xeの陽子分布が判明した。