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2019年6月7日

理化学研究所
千葉大学

有機太陽電池の駆動に必要なエネルギーを解明

-有機半導体の効率的な開発へ指針-

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発機能高分子研究チームの中野恭兵基礎科学特別研究員、但馬敬介チームリーダー、千葉大学大学院工学研究院の吉田弘幸教授らの国際共同研究グループは、有機太陽電池[1]における効率的な光電流生成に必要な、有機半導体[2]電子エネルギー[3]差を明らかにしました。

本研究成果は、有機太陽電池の発電メカニズムの解明につながるとともに、高効率化に向けた新しい材料開発に貢献すると期待できます。

今回、国際共同研究グループは、異なる分子構造と電子エネルギーを持つ電子供与性と電子受容性の有機半導体を4種類ずつ用いて、合計16個の平面ヘテロ接合[4]構造を持つ有機太陽電池を作製し、材料の電子エネルギーと電流発生効率の相関を系統的に調べました。その結果、有機半導体の励起状態と界面での電荷移動状態[5]の間に0.2~0.3eVのエネルギー差があるときに、最も効率的に光を電流に変換できることを見いだしました。一方で、これまで重要と考えられてきた電荷移動状態と自由電荷状態[5]のエネルギー差は、電荷生成効率(太陽電池が吸収した光子に対して生成する電子の割合)との明確な相関が見られませんでした。この結果は、これまでの有機半導体開発の指針に修正を迫るものです。

本研究は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(6月7日付け)に掲載されます。

平面ヘテロ接合界面の電子状態間のエネルギー差と電荷生成効率の相関の図

図 平面ヘテロ接合界面の電子状態間のエネルギー差と電荷生成効率の相関

※国際共同研究グループ

理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発機能高分子研究チーム
チームリーダー 但馬 敬介(たじま けいすけ)
基礎科学特別研究員 中野 恭兵(なかの きょうへい)
テクニカルスタッフII(研究当時) 陳 玉姣(Yujiao Chen)
特別研究員(研究当時) 黄 建明(Jianming Huang)

千葉大学大学院 工学研究院
教授 吉田 弘幸(よしだ ひろゆき)
特任研究員(研究当時) 韓 衛寧(Weining Han)

中国国家ナノ科学センター
教授 周 二軍(Erjun Zhou)
大学院学生 肖 波(Bo Xiao)

※研究支援

本研究の一部は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 若手研究「有機ドナー・アクセプタ界面のカスケード電子構造と電荷再結合過程の関連の解明(研究代表者:中野恭兵)」と基盤研究B「低エネルギー逆光電子分光法による有機半導体の空準位バンド分散測定(代表研究者:吉田弘幸)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA) 「高効率ポリマー系太陽電池の開発(分担研究者:吉田弘幸)」および公益財団法人双葉電子記念財団 自然科学研究助成「低エネルギー逆光電子分光法による金属・有機界面電子構造の研究(代表研究者:吉田弘幸)」の支援を受けて実施されました。

背景

有機太陽電池は極めて薄い有機半導体薄膜で形成されるため、軽量かつ柔軟で、衣服に貼って使用するなどこれまでにない応用が期待されています。

有機太陽電池における光から電気への変換(光電変換)の原理は、以下のように理解されています。光が薄膜中の有機半導体に当たると、分子の励起状態(励起子)が生じます。励起子はマイナスの電荷を持つ電子とプラスの電荷を持つ正孔が束縛された状態のため、このままでは電気を取り出すことはできません。そこで、生成した励起子の近く(数十ナノメートル:nm、1nmは10億分の1メートル)に、電子エネルギーの少し違う別の有機半導体を配置しておきます。すると、2種類の材料の界面(有機ヘテロ界面)では電子エネルギーの差によって、励起子を形成する電子が隣の分子に移り、正孔は元の分子にとどまったままになります。この結果、励起子から自由な電子と正孔が生成し、太陽電池の外部に電流を取り出すことができます。2種類の材料の有機ヘテロ界面の面積を増やすために、材料をランダムに混合したバルクヘテロ接合[6]構造が用いられており、高い光電変換効率が報告されています。

太陽電池の光電変換効率を高めるためには、電流とともに電圧も重要です。近年、電子エネルギーの値が近い二つの材料を選ぶと高い電圧が得られることが分かってきました。一方、電子エネルギー差が小さすぎると励起子の解離が起こらず、電流が減少します。つまり太陽電池から取り出せる電流と電圧の間には、材料の電子エネルギー差を介したトレード・オフの関係があります。したがって、優れた太陽電池材料を開発するには、光電変換効率を最大化するように二つの材料の電子エネルギー差を最適化することが必要です。

しかし、バルクヘテロ接合構造内部の複雑な界面で起こる現象を解析することは難しく、これまで光電変換効率と電子エネルギー差の関連は定量的に評価できていませんでした。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、光電変換効率と有機半導体の電子エネルギー差の関連を定量的に評価することを目的として、以下の戦略に従って研究を行いました。①バルクヘテロ接合ではなく、平面ヘテロ接合を使う(図1a,b)、②ヘテロ接合界面近傍の電子エネルギーを実験的に正確に評価する、③電子供与性材料4種類と電子受容性材料4種類の組み合わせで、合計16個の素子を系統的に評価する(図1c)。

①を採った理由として、平面ヘテロ接合は界面の構造が明確であるため界面現象の解明に適している点が挙げられます。材料の積層は、但馬チームリーダーらが開発した薄膜転写法[7]を用いて行いました注1)。②のヘテロ接合界面近傍の有機半導体の励起状態のエネルギーと電荷移動状態のエネルギー・自由電荷状態のエネルギーは、実験で精度良く評価できました。特に、千葉大学・吉田弘幸教授の開発した低エネルギー逆光電子分光法[8]注2)、有機材料中の自由電荷状態のエネルギーをこれまでにない精度で評価することを可能にしました。③については、典型的な電子供与性ポリマー4種と、中国国家ナノ科学センター・周二軍教授らが開発したBTA[9]と呼ばれる電子受容性材料注3)を含む4種を組み合わせて用いました。

有機太陽電池中の電子状態の概略を図2aに、光電変換における電荷生成効率(太陽電池が吸収した光子に対して生成する電子の割合)を、励起状態と電荷移動状態の電子エネルギー差(Egopt - ECT)および自由電荷状態と電荷移動状態の電子エネルギー差(ECS - ECT)に対してプロットしたものを図2b,cに示します。

電荷生成効率は、励起状態と電荷移動状態の電子エネルギー差に相関を示しました。図2bの曲線は、Marcus電子移動理論[10]から計算される電荷移動確率です。電荷生成効率の最大値はこの理論曲線を超えず、励起状態から電荷移動状態への遷移過程が有機光電変換を律速(制約)することを示しています。効率的な電荷生成に必要な電子エネルギー差は0.2~0.3eVと見積もられました。一方、電荷移動状態の束縛エネルギーに対応するECS - ECTが小さくなると、電荷生成効率は高くなると予測されていましたが、図2cにはそのような相関はありませんでした。これまでの予想に反して、ECS - ECTのエネルギー差が電荷生成に与える影響は小さいことを意味しています。

  • 注1) Wei, Q., Tajima, K. & Hashimoto, K. Bilayer Ambipolar Organic Thin-Film Transistors and Inverters Prepared by the Contact-ilm-Transfer Method. ACS Appl. Mater. Interfaces 1, 1865–1868 (2009).
  • 注2) Yoshida, H. Near-Ultraviolet Inverse Photoemission Spectroscopy Using Ultra-Low Energy Electrons. Chem. Phys. Lett. 539-540, 180-185 (2012); H. Yoshida, Principle and application of low energy inverse photoemission spectroscopy: A new method for measuring unoccupied states of organic semiconductors, J. Electron Spectrosc. Relat. Phenom, 204, 116 (2015).
  • 注3) Xiao, B. et al. Achievement of High Voc of 1.02 V for P3HT-Based Organic Solar Cell Using a Benzotriazole-Containing Non-Fullerene Acceptor. Adv. Energy Mater. 7, 1602269 (2017).

今後の期待

これまでの研究では、どのような電子エネルギーを持つ材料を組み合わせれば高い効率の太陽電池ができるのかに対する明確な指針がなく、分子構造の改変と太陽電池の試作を繰り返しながら材料を少しずつ最適化し、運が良ければより効率の高い太陽電池ができるという状況でした。

今回、光電変換効率に大きく影響する過程が明らかになり、さらに効率的な電荷生成に必要な最低の電子エネルギー差が明らかになりました。材料の最適化は依然として必要ですが、分子の電子状態エネルギーをどの程度に設定すればよいかという定量的な指針が得られたことにより、今後は無駄な試行を避けて速やかに材料開発ができるようになると期待できます。

原論文情報

  • Kyohei Nakano, Yujiao Chen, Bo Xiao, Weining Han, Jianming Huang, Hiroyuki Yoshida, Erjun Zhou and Keisuke Tajima, "Anatomy of the Energetic Driving Force for Charge Generation in Organic Solar Cells", Nature Communications, 10.1038/s41467-019-10434-3

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 創発機能高分子研究チーム
基礎科学特別研究員 中野 恭兵(なかの きょうへい) 
チームリーダー 但馬 敬介(たじま けいすけ)

千葉大学 大学院工学研究院
教授 吉田 弘幸(よしだ ひろゆき)

中野 恭兵基礎科学特別研究員の写真 中野 恭兵
但馬 敬介チームリーダーの写真 但馬 敬介
吉田 弘幸教授の写真 吉田 弘幸

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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補足説明

  • 1.有機太陽電池
    有機半導体の薄膜により、光吸収と電流発生を起こす太陽電池。溶液の塗布プロセスで安価に大量生産できる可能性があり、軽量で柔らかいという通常の太陽電池にはない特徴を持つことから、次世代の太陽電池として注目を集めている。
  • 2.有機半導体
    通常使われる半導体材料はシリコン(Si)などの無機化合物であり、優れた半導体特性を示す一方で、重くて硬く、製造に高価な真空プロセスが必要である。Siの同族元素である炭素(C)を基本とするのが有機半導体である。分子構造の設計によって、さまざまな特性を持つ有機半導体を合成することができる。
  • 3.電子エネルギー
    有機半導体の電子が持つエネルギーであり、材料の構造によって異なる値を持っている。また例えば、最もエネルギーの低い基底状態から光を吸収して励起状態になるなど、材料の電子状態が変われば電子エネルギーの値も変化する。
  • 4.平面ヘテロ接合
    電子供与性と電子受容性の有機半導体薄膜を張り合わせることで、平面的に界面を接触させた構造。
  • 5.電荷移動状態、自由電荷状態
    電荷移動状態とは、電子供与体にある正孔と電子受容体にある電子が界面で緩やかに束縛されている状態。それぞれの電荷が完全に自由になる一つ前の段階であり、有機半導体を用いた電子デバイスではしばしばこの電荷移動状態が現れる。電子と正孔との間の距離が十分離れて、互いに引き合う力を感じなくなった状態を自由電荷状態という。
  • 6.バルクヘテロ接合
    電子供与性と電子受容性の有機半導体を混合した溶液から薄膜を作成することで、それぞれの材料がランダムに混ざり合い、接合界面が薄膜全体(バルク)に広がっている構造。
  • 7.薄膜転写法
    水に溶ける高分子薄膜(ポリスチレンスルホン酸ナトリウムなど)を犠牲層として用いることで、有機半導体薄膜を他の薄膜の表面に転写して多層膜を形成する手法。水しか使わず加熱もしないので、非常に平滑な平面ヘテロ接合を形成できる。
  • 8.低エネルギー逆光電子分光
    逆光電子分光は、固体材料の最低非占有準位というエネルギー準位を評価する。従来の逆光電子分光法では、有機半導体に適用すると測定時に照射される電子線によるダメージが問題であった。低エネルギー逆光電子分光は、電子線のエネルギーを低減することで有機試料にダメージを与えずに精度の高い測定を可能にする。
  • 9.BTA
    Benzotriazole(ベンゾトリアゾール:BTA)、およびそれを含む一連の電子受容性材料の総称。化学構造は 図1(c)を参照のこと。
  • 10.Marcus電子移動理論
    R. A. Marcusにより定式化された分子間の電子移動速度に関する理論。この功績により、Marcusは1992年にノーベル化学賞を受賞した。
有機太陽電池の代表的な素子構造と本研究で用いた材料の化学構造の図

図1 有機太陽電池の代表的な素子構造と本研究で用いた材料の化学構造

  • (a) バルクヘテロ構造では、電子供与体と電子受容体の2種の有機半導体がランダムに混合しており、界面構造は複雑である。
  • (b) 平面ヘテロ構造では、電子供与体と電子受容体の間に明確な平滑界面が存在し、界面で生じる現象の研究に適している。
  • (c) 有機半導体として、4種類の電子供与体高分子と4種類の電子受容体の組み合わせ、合計16個の平面ヘテロ構造を調べた。
電子状態の概念図、電荷生成効率と電子エネルギー差の相関の図

図2 電子状態の概念図、電荷生成効率と電子エネルギー差の相関

  • (a) 有機太陽電池の本質的な電子状態は、分子の励起状態とヘテロ界面での電荷移動状態・自由電荷状態である。ヘテロ界面での電荷移動状態は、電子と正孔がそれぞれ電子受容体・電子供与体に分かれて存在しているものの、互いのクーロン力によって束縛されている状態である。
  • (b) 電荷の生成効率を各電子状態間のエネルギー差に対してプロットすると、Egopt-ECTが小さくなると電荷生成効率が急激に減少するというMarcus電子移動理論が予測する相関が現れた。効率的な電荷生成に必要な電子エネルギー差は0.2~0.3 eVと見積もられる。
  • (c) 一方で、ECS-ECT のエネルギー差と電荷生成効率の相関はなく、このエネルギー差が電荷生成に与える影響は小さいことを示している。

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