理化学研究所(理研)開拓研究本部玉川高エネルギー宇宙物理研究室のリィイ・グー基礎科学特別研究員らの国際共同研究グループ※は、二つの銀河団が衝突し始めるときに発生すると予測されていた衝撃波[1]の存在を初めて観測しました。
本研究成果は、宇宙の大規模構造[2]形成史の理解に向けた銀河団の進化過程の解明、宇宙プラズマ物理学の進展に貢献すると期待できます。
約138億年前のビッグバン以降、銀河団は互いに衝突・合体を繰り返すことで成長してきたと考えられています。これまで、衝突が進んだ段階の銀河団は多数観測されていましたが、二つの銀河団の衝突の瞬間はまだ観測されていませんでした。
今回、国際共同研究グループは、三つのX線天文衛星と二つの電波望遠鏡による大規模な多波長観測によって、地球から約12 億光年離れた場所にある衝突初期段階にある二つの銀河団を詳しく調べました。その結果、それらの銀河団の中間にベルト状に分布する7,000万度もの高温プラズマ[3]と、衝突軸に垂直な方向に走る衝撃波の存在を確認しました。また、銀河団の中間に広がる電波源が低周波でのみ明るいスペクトルを持つことから、既にエネルギーを失っていた電子が、衝突現象により発生した衝撃波により再加速されたものと考えられます。
本研究は、英国の科学雑誌『Nature Astronomy』のオンライン版(6月24日付け)に掲載されました。
図 確認された銀河団衝突の瞬間の画像(緑等高線はX線輝度、白破線が衝撃波の位置)
※国際共同研究グループ
理化学研究所 開拓研究本部 玉川高エネルギー宇宙物理研究室
基礎科学特別研究員 リィイ・グー(Liyi Gu)
オランダ宇宙研究所SRON
博士研究員 赤松 弘規(あかまつ ひろき)
大学院生 イゴーネ・ウルダムピレェッタ(Igone Urdampilleta)
博士研究員 イェレ・デ・プラァ(Jelle de Plaa)
教授 イェレ・カァストラ(Jelle Kaastra)
オランダ電波研究所 ASTRON
博士研究員 ティモシィ・シムウェル(Timothy Shimwell)
オーストラリア カーティン大学
博士研究員 フゥィブ・インテマ(Huib Intema)
オランダ ライデン大学
助教 ライナウト・ファン-ウィレン(Reinoutvan Weeren)
教授 ヒュッブ・ロッテリング(Huub Rottgering)
ドイツ ハンブルグ大学
助教 フランチェスコ・デ・ガスペリン(Francesco de Gasperin)
ハンガリー エトヴェシュ・ロラーンド大学
博士研究員 フランソワ マニエェ(Francois Mernier)
英国 ストラスクライド大学
博士研究員 ジュンジ・マオ(Junji Mao)
南アフリカ ローズ大学
博士研究員 ヴィリアル パレック(Virial Parekh)
背景
宇宙では、数百億~数千億個の星が集まって銀河が形成され、さらにその銀河が何百個も集まって銀河団が形成されます。銀河団は、重力により束縛された宇宙の中で最も大きな天体であり、宇宙の大規模構造の節の部分に対応します。
約138億年前のビッグバン(宇宙の始まり)以降、銀河団は互いに衝突・合体を繰り返すことで成長してきたと考えられています。銀河団の直径は数億光年に達することから、銀河団同士の衝突現象は、その発生から合体が完了するまでに十億年程度の時間が必要だと推定されます。この間に放出されるエネルギーは非常に莫大なため、銀河団の衝突はビッグバン以降最も劇的な現象だといわれています。この衝突による放出エネルギーは銀河団の内部だけでなく、周囲の構造にも影響を与えることから、銀河団の衝突現象を理解することは宇宙の大規模構造がどのように形成されてきたのかを理解することにつながります。
しかし、銀河団同士の衝突・合体に必要な時間は、人間の寿命よりもはるかに長いため、一組の銀河団で衝突の全ての段階を観測することは不可能です。そのため、異なる衝突段階にある何組もの銀河団を、スナップショットとして多数観測する手法をとる必要があります。図1右に示すように、衝突が進んだ段階(衝突の最中)では衝突軸に沿った方向に衝撃波が形成され、この衝撃波の観測はこれまでに多く報告されています。また、エネルギーが放出され始める「衝突の瞬間」(図1中)には、衝突軸に垂直な方向に衝撃波が形成されるとコンピュータシミュレーションにより予測されていました。しかし、理論的にはこの段階は短時間(1億年未満)しか保持されないため、発見が非常に難しく、これまでに観測的に確認されていませんでした。
研究手法と成果
国際共同研究グループは、日本のX線天文衛星「すざく」[4]、米国のX線天文衛星「チャンドラ」[5]、欧州のX線天文衛星「XMM-Newton」[6]と欧州の低周波電波望遠鏡「LOFAR」[7]、インドの巨大メートル波電波望遠鏡「GMRT」[8]の大規模な多波長観測により、地球から約12億光年離れた場所にある、まさに衝突し始めている二つの銀河団に付随する証拠を捉えることに成功しました(図2)。
まず、X線観測データから、二つの銀河団の中間に7000万度の高温プラズマが、約1メガパーセク(Mpc、1Mpcは約326万光年)の広範囲に渡ってベルト状に存在していることを突き止めました(図3左)。また、その高温領域の端で、高温プラズマの温度、密度が急激に下がることが分かりました(図4)。これは、高温プラズマ中に衝撃波が存在していることを示しており、その方向は衝突軸に垂直であることが明らかになりました(図3右)。このような衝撃波は、これまで確認されてきた衝突軸に沿った方向の衝撃波よりも広大な空間を進み、周辺の物質に大きな影響を与えると考えられます。 さらに、電波観測データから、400~600キロパーセク(kpc、1kpcは1Mpcの1,000分の1)にわたる電波放射が二つの銀河団の中間に存在することが明らかになりました(図3左の白等高線)。この放射は高周波(短波長)電波帯域では確認できず、低周波(長波長)でのみ明るいスペクトルを持つことが分かりました(図3左挿入図)。このことは、通常の天体からの電波放射では説明できません。活動銀河核[9]などによって一度加速されたが放射冷却などにより既にエネルギーを失った電子が、銀河団衝突によって発生した衝撃波によって再加速された結果生じたものと考えられます。
今後の期待
コンピュータシミュレーションから、衝突軸に垂直方向に走る衝撃波は、衝突初期、特に銀河団同士がまさに衝突した瞬間に発生すると予測されてきました。この衝撃波はより遠方まで伝搬し、衝突による放出エネルギーを銀河団だけでなく周辺の大規模構造まで伝搬すると考えられています。そのため、銀河団の成長過程のみならず、宇宙の大規模構造の形成においても重要な役割を果たすと考えられています。
本研究成果は、このような衝撃波を観測的に初めて確認したもので、今後、宇宙の大規模構造形成史の理解に向けた銀河団の進化過程の解明、宇宙プラズマ物理学の進展に貢献すると期待できます。
原論文情報
- Liyi Gu, Hiroki Akamatsu, Timothy W. Shimwell, Huib T. Intema, Reinout J. van Weeren, Francesco de Gasperin, Francois Mernier, Junjie Mao, Igone Urdampilleta, Jelle de Plaa, Viral Parekh, Huub J. A. R¨ottgering, & Jelle S. Kaastra, "Observations of a Pre-Merger Shock in Colliding Clusters of Galaxies", Nature Astronomy, 10.1038/s41550-019-0798-8
発表者
理化学研究所
主任研究員研究室 玉川高エネルギー宇宙物理研究室
基礎科学特別研究員 リィイ・グー(Liyi Gu/顧 力意)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明
- 1.衝撃波
音速を超えて伝播する圧力波。波面の後方で媒質が圧縮され、温度・密度・圧力が上昇する。 - 2.宇宙の大規模構造
宇宙の中で銀河の分布が示すような3次元構造。巨大な空洞(ボイド)やシート状(フィラメント)の構造を示す。銀河団は、フィラメントとフィラメントが交差する大構造の中の節に対応する。 - 3.プラズマ
原子が電離して、陽イオンと自由電子に分かれた状態。 - 4.X線天文衛星「すざく」
日本の宇宙航空開発機構(JAXA)が打ち上げた日本5台目の宇宙X線天文衛星。安定した雑音レベルと精度の高い検出器を武器に、銀河団外縁部のような希薄なX線放射に対して力を発揮する。 - 5.X線天文衛星「チャンドラ」
米国のアメリカ宇宙航空局(NASA)が打ち上げた宇宙X線天文衛星。優れた空間分解能を誇り、詳細なX線画像を取得することを得意とする。 - 6.X線天文衛星「XMM-Newton」
ヨーロッパ宇宙機関(ESA)が打ち上げたX線天文衛星。広い視野を持ち、分光撮像を得意とする。XMM-NewtonはX-ray Multi-Mirror Mission-Newtonの略。 - 7.低周波電波望遠鏡「LOFAR」
オランダを中心とした国際電波干渉計。低周波(120MHz)での観測に力を発揮する。LOFARはLOw Frequency Arrayの略。 - 8.巨大メートル波電波望遠鏡「GMRT」
インドにある電波望遠鏡群。LOFARとは異なる周波数帯域をカバーする。GMRTはGiant Metrewave Radio Telescopeの略。 - 9.活動銀河核
中心部の非常に狭い領域から銀河全体を凌駕するような放射を行っている天体。活動銀河核の莫大なエネルギーは、核の中心にあるとされる大質量ブラックホールが重力エネルギーを解放していることで生まれると考えられている。
図1 銀河団衝突の模式図
球の色は銀河団プラズマの温度を表し、赤が温度が高い領域、青が温度が低い領域、緑の矢印は銀河団/衝撃波の進行方向を示す。衝突の瞬間には(中)、赤円弧で示すように衝突軸に垂直な方向へと衝撃波が走るが、衝突が進むと(右)、右図の青円弧で示すように、中心部に衝突による加熱により温度が高い領域が形成され,さらに衝突軸に沿った衝撃波が形成されると考えられている。
図2 衝突し始めている二つの銀河団
スローン・デジタル・スカイサーベイ(SDSS)による可視光画像に、チャンドラ衛星によるX線画像(青)、GMRT望遠鏡による325MHz電波画像(赤)を重ねた画像。
図3 観測された二つの銀河団の温度マップと圧力マップ
- 左: XMM-Newton衛星による銀河団プラズマの温度マップ。二つの銀河の中間にベルト状の高温領域が存在することが分かる。また緑の等高線はX線放射強度、白の等高線は電波放射強度を示す。二つの銀河団の中間に400~600kpcの電波放射が存在することが分かる。右上の挿入図は電波放射スペクトルの指数分布。図の大部分が、指数が-2.5と非常に小さいことから、低周波でのみ明るいスペクトルを持つことを示している。黒破線は衝撃波の位置。
- 右: チャンドラ衛星およびXMM-Newton衛星による銀河団プラズマの圧力マップ。白破線は衝撃波の位置で、衝突軸に垂直な方向に形成されている。
図4 衝突の瞬間に発生した衝撃波
- 左: チャンドラ衛星によるX線画像に分光解析、表面輝度解析に用いた領域を重ね合わせたもの。色の違いと緑の等高線は、X線輝度を表している。ただし、X輝度が淡い衝撃波領域を強調するために,中心部の色を故意に飽和させ、その部分を緑等高線で示している。
- 中: 銀河団プラズマの温度分布。赤い菱形はチャンドラ衛星、黒丸はXMM-Newton衛星、青丸はすざく衛星による温度測定結果を示す。衝突軸からの距離が約4.2分角(1分角は1/60度)のところで温度が急激に下がっていることから、赤破線が衝撃波の位置と考えられる。
- 右: 銀河団プラズマのX線表面輝度分布。衝突軸からの距離が約4.2分角のところで輝度、つまり密度が急激に下がっていることから、この位置に衝撃波が形成されたと考えられる。