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  3. 研究成果(プレスリリース)2020

2020年7月14日

理化学研究所
東京大学大学院工学系研究科
東北大学金属材料研究所
科学技術振興機構

トポロジカル電流に生じる整流効果を発見

-量子異常ホール状態の散逸過程の理解に前進-

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関物性研究グループの安田憲司客員研究員、十倉好紀グループディレクター(東京大学卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)、強相関量子伝導研究チームの吉見龍太郎研究員、強相関界面研究グループの川﨑雅司グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、強相関理論研究グループの永長直人グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、東京大学大学院工学系研究科の森本高裕准教授、東北大学金属材料研究所の塚﨑敦教授らの共同研究グループは、磁性トポロジカル絶縁体[1]量子異常ホール状態[2]において、印加電流方向に依存して抵抗値が異なる整流効果[3]を観測しました。

本研究成果は、量子異常ホール状態の端に流れるトポロジカル電流[4]に生じる新たな整流効果を実現したもので、今後、トポロジカル電流の散逸過程の理解が進むと期待できます。

今回、共同研究グループは、磁性トポロジカル絶縁体「Crx(Bi1-ySby2-xTe3(Crクロム、Bi:ビスマス、Sb:アンチモン、Te:テルル)」薄膜の量子異常ホール状態に着目しました。量子異常ホール状態のトポロジカル電流は、試料の端に一方向にのみ電荷キャリアを運ぶという性質を持っています。この性質に由来し、印加電流の方向に依存して抵抗の大きさが異なることが明らかになりました。

本研究は、科学雑誌『Nature Nanotechnology』オンライン版(7月13日付:日本時間7月14日)に掲載されます。

量子異常ホール状態における整流効果の概念図の画像

量子異常ホール状態における整流効果の概念図

背景

近年、物質の新たな分類として、電子状態が幾何学的性質によって特徴づけられるトポロジカル物質[4]が発見されました。トポロジカル物質は、既存の半導体とは異なる性質を持つことが明らかになりつつあり、機能の開発研究が世界中で活発に行われています。その一つに、電流方向に依存して抵抗値の異なる「整流効果」が挙げられます。整流効果を示す代表的な素子に半導体のpn接合ダイオード[3]がよく知られていますが、トポロジカル物質に特徴的なトポロジカル電流を利用することで、このような接合を含まない物質においても整流効果が生じることが明らかになってきています注1-2)

近年、トポロジカル絶縁体[1]磁石[5]の性質を付与した「磁性トポロジカル絶縁体」と呼ばれる物質において、試料端に流れるトポロジカル電流の一種である「端電流」が現れることが発見されました。これはホール抵抗[6]の量子化として観測され、「量子異常ホール効果」として知られる現象です。端電流はエネルギーの散逸なく電流を運ぶことができることから、低消費電力素子への展開が期待され、盛んに研究が進められています。さらに、端電流は一方向にのみ電荷キャリア[7]を運ぶという性質を持っており、特に量子異常ホール状態では、磁化の上下方向が変わることで、端電流の方向が反転します。このような方向性を持つ端電流を用いた整流効果は、これまでに観測されていませんでした。

研究手法と成果

共同研究グループは、高品質な薄膜を成長させる方法の一つである分子線エピタキシー法[8]を用いて、トポロジカル絶縁体(Bi1-ySby2Te3(Bi:ビスマス、Sb:アンチモン、Te:テルル)に磁性元素Cr(クロム)を添加した磁性トポロジカル絶縁体「Crx(Bi1-ySby2-xTe3」薄膜の作製法を確立し、量子異常ホール効果の観測に成功しています注3)。今回は、作製した薄膜を電界効果トランジスタ[9]構造に加工し、表面状態に電荷キャリアを注入できる素子にしました。

次に、試料が量子異常ホール効果を示す2 K(約-271 ℃)の極低温において、表面状態に電子を注入し、直流電流を加えて抵抗を測定しました。その結果、電流の印加方向に依存して、抵抗値に26%程度の違いが生じることが明らかになりました(図1)。また、磁場を加えて磁化を反転させると、抵抗の大小関係も磁化方向に伴って反転することが分かりました(図1)。これは、端電流の特徴である散逸の少ない一方向の流れが、整流効果の発生に直接関わっていることを意味しています。

量子異常ホール状態における整流効果の図

図1 量子異常ホール状態における整流効果

量子異常ホール状態の表面状態に電子(緑色)を注入し、直流電流を加えて抵抗を測定した。その結果、電流の印加方向が正か負かによって、抵抗値が大きく異なることが分かった(外部磁場0)。また、外部磁場を加えて、磁化を反転したところ、抵抗の大小関係が入れ替わった。

さらに、制御電圧を加えて表面状態の電荷キャリアを電子から正孔に変化させたところ、整流効果の大小関係が反転することも分かりました(図2)。以上の結果は、端電流の方向と表面状態の電荷キャリアの流れる方向との関係に依存して、抵抗の大小が変化することを意味しています。

ホール抵抗と整流効果の制御電圧依存性の図

図2 ホール抵抗と整流効果の制御電圧依存性

制御電圧を加え、表面状態の電荷キャリアを電子から正孔に変化させつつ、ホール抵抗、整流効果を測定した。このとき、表面状態の電荷キャリアの符号に応じて、整流効果(電流方向に依存した抵抗値の差分に対応)の大小関係が反転することが分かった。

この効果は、一方向に流れる端電流とトポロジカル絶縁体特有の表面状態の電流がそれぞれ単独で電気伝導していても生じることはありません。従って、今回観測された整流効果は、これらが特別な相互作用を持っているために発生しており、これまでに観測されていない新たな起源によるものと考えられます。そこで、端状態と表面状態間の非対称な散乱に基づいて理論計算を行ったところ、実験で観測された整流効果を再現できることが分かりました。

  • 注3)M. Mogi et al., Magnetic modulation doping in topological insulators toward higher-temperature quantum anomalous Hall effect. Appl. Phys. Lett. 107, 182401 (2015).

今後の期待

本研究成果は、整流方向が固定される従来の半導体pn接合の整流効果とは異なり、量子異常ホール状態を用いることで、磁化の向きによって不揮発に整流方向を制御できることを意味しています。

また、端状態と表面状態との散乱によって整流効果が生じることから、整流効果をさらに詳しく調べることで、省電力素子への利用に向けたトポロジカル電流のエネルギー散逸抑制の上で重要な知見が得られると考えられます。

補足説明

  • 1.磁性トポロジカル絶縁体、トポロジカル絶縁体
    トポロジカル絶縁体は、物質内部では電気を流さない絶縁体であるが、その表面のみ電気を流す表面状態を持つ特殊な物質である。さらに、磁性元素を添加することによって磁石としての性質も現れる。これを磁性トポロジカル絶縁体と呼ぶ。表面状態と磁石としての性質が作用する結果として、磁性トポロジカル絶縁体では量子異常ホール状態が生じる。
  • 2.量子異常ホール状態
    量子異常ホール状態では、試料端に方向性を持って流れるトポロジカル電流の一種である端電流が発生する。これは、片側1車線ずつの高速道路に例えられ、反対側の試料の端では端電流が反対方向に流れる。その結果、ホール抵抗(電流を加えた方向と垂直方向に生じる電圧を電流値で割ったもの)がプランク定数hと電気素量eで表されるh/e2(約25.8kΩ)の値に量子化する。さらに、端電流の流れる向きは磁化の方向によって反転し、上向きの磁化、下向きの磁化に対して、ホール抵抗はそれぞれ+h/e2, -h/e2となる。
  • 3.整流効果、pn接合ダイオード
    電流の方向によって、電流の流れやすさ(抵抗)が異なる効果のこと。最も代表的なものにp型半導体とn型半導体を接合したpn接合ダイオード素子がある。pn接合の界面において内部電界が発生することで、外部電場をかける方向に応じて抵抗が異なる。近年ではトポロジカル物質に特徴的なトポロジカル電流を用いることで、接合を含まない物質であっても整流効果を生じることが明らかになっている。
  • 4.トポロジカル物質、トポロジカル電流
    トポロジカル絶縁体や量子異常ホール状態は、電子状態の幾何学的性質(トポロジー)によって特徴づけられる。これらの物質を総称してトポロジカル物質という。トポロジカル物質はその表面や端に、散逸の少ないトポロジカル電流を有する。低消費電力素子への応用に向け、その散逸の最小化が重要な研究課題の一つである。
  • 5.磁石
    鉄などに代表される磁石は、磁化を持っており、磁場の発生源となる。
  • 6.ホール抵抗
    磁場中を電子などの荷電粒子が動くと、ローレンツ力によって荷電粒子の動きが曲げられる。その結果、物質内では、電流を流したとき電子の動きが曲げられることで電流の垂直方向に電圧が生じる。この現象をホール効果、測定される電圧を電流で割った値をホール抵抗と呼ぶ。磁石の中では、磁場が0であっても磁化によって有限のホール抵抗が生じ、これを異常ホール効果と呼ぶ。
  • 7.電荷キャリア
    半導体において、電子が不足している状態は、周辺の電荷分布から相対的に正の電荷を持った正孔が生成している状態として理解できる。電子、正孔を総称して電荷キャリアと呼ぶ。
  • 8.分子線エピタキシー法
    高品質な薄膜を成長させる方法の一つ。超高真空(~10-7パスカル、Pa)中で高純度の単体を加熱蒸発させ、加熱した基板上で薄膜を成長させる。
  • 9.電界効果型トランジスタ
    半導体材料などに絶縁体と電極を取り付けた素子構造。取り付けた電極から制御電圧を印加することで、絶縁体材料を通して半導体材料中の電荷を制御することができる。正の電圧を加えることで電子が、負の電圧を加えることで正孔が注入される。

共同研究グループ

理化学研究所 創発物性科学研究センター
強相関物性研究グループ
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学卓越教授/東京大学 国際高等研究所東京カレッジ)
客員研究員 安田 憲司(やすだ けんじ)
(マサチューセッツ工科大学 博士研究員)
訪問研究員 茂木 将孝(もぎま さたか)
強相関量子伝導研究チーム
研究員 吉見 龍太郎(よしみ りゅうたろう)
専任研究員 川村 稔(かわむら みのる)
強相関界面研究グループ
グループディレクター 川﨑 雅司(かわさき まさし)
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
上級研究員 高橋 圭(たかはし けい)
強相関理論研究グループ
グループディレクター 永長 直人(ながおさ なおと)
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)

東京大学 大学院工学系研究科
准教授 森本 高裕(もりもと たかひろ)
(科学技術振興機構 さきがけ研究者)

東北大学 金属材料研究所 低温物理学研究部門
教授 塚﨑 敦(つかざき あつし)
(理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ 客員主管研究員)

研究支援

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成(研究代表者:川﨑雅司)」、「ナノスピン構造を用いた電子量子位相制御(研究代表者:永長直人)」などによる支援を受けて行われました。

原論文情報

  • Kenji Yasuda, Takahiro Morimoto, Ryutaro Yoshimi, Masataka Mogi, Atsushi Tsukazaki, Minoru Kawamura, Kei S. Takahashi, Masashi Kawasaki, Naoto Nagaosa, Yoshinori Tokura, "Large non-reciprocal charge transport mediated by quantum anomalous Hall edge states", Nature Nanotechnology, 10.1038/s41565-020-0733-2

発表者

理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物性研究グループ
客員研究員 安田 憲司(やすだ けんじ)
(マサチューセッツ工科大学 博士研究員)
グループディレクター 十倉 好紀(とくら よしのり)
(東京大学卓越教授/東京大学 国際高等研究所東京カレッジ)
強相関量子伝導研究チーム
研究員 吉見 龍太郎(よしみ りゅうたろう)
強相関界面研究グループ
グループディレクター 川﨑 雅司(かわさき まさし)
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
強相関理論研究グループ
グループディレクター 永長 直人(ながおさ なおと)
(東京大学 大学院工学系研究科 教授)

東京大学 大学院工学系研究科
准教授 森本 高裕(もりもと たかひろ)
(科学技術振興機構 さきがけ研究者)

東北大学 金属材料研究所 低温物理学研究部門
教授 塚﨑 敦(つかざき あつし)
(理化学研究所 創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ 客員主管研究員)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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東北大学 金属材料研究所 情報企画室 広報班
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Email: pro-adm[at]imr.tohoku.ac.jp

科学技術振興機構 広報課
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JST事業に関すること

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