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2023年12月19日

理化学研究所

シングルサイクルレーザー光の増幅法を開発

-アト秒レーザーの大出力化が可能に-

理化学研究所(理研)光量子工学研究センター 超高速コヒーレント軟X線光学研究チームの高橋 栄治 チームリーダー(開拓研究本部 高橋極限レーザー科学研究室 主任研究員)とシュ・ル研究員の研究チームは、シングルサイクルレーザー[1]をテラワット(TW、1TWは1兆ワット)級のピーク出力にまで高強度化できる、新しいレーザー増幅法の開発に成功しました。

本研究成果は、アト秒レーザー[2]開発や高強度光科学研究に大きく貢献すると期待できます。

シングルサイクルレーザーは極めて時間幅が短い光で、パルス幅の中に光電場振動が1回しか含まれない特殊な光です。その極短パルス性のため、パルスエネルギーを高出力化できるレーザー増幅技術はこれまで存在しませんでした。今回、研究チームが考案した新しいレーザー増幅法は、複数のレーザー増幅媒質を組み合わせたユニークな構成となっています。1オクターブ[3]を大きく超える利得帯域を持ち、かつその光パルスをテラワットを超えるピーク出力にまで増幅することを可能にします。本手法を用いて、波長1.4~3.0マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)の波長帯域を持つ中赤外光シングルサイクルレーザーの増幅を行い、6TWという世界最高のピーク出力を実現しました。

本研究は、科学雑誌『Nature Photonics』オンライン版(12月19日付:日本時間12月19日)に掲載されました。

シングルサイクルレーザー光の増幅イメージの図

シングルサイクルレーザー光の増幅イメージ

背景

高強度光科学は、極めて強い光の場と物質の相互作用を取り扱う研究分野として、さまざまな応用分野を切り開いてきました。中でも、代表的なのが「高次高調波発生[4]」と呼ばれる波長変換法を用いた「アト秒レーザー」の開発です。アト秒(1アト秒は100京分の1秒)レーザーは、2023年ノーベル物理学賞の受賞対象となった研究分野です。その研究は2018年ノーベル物理学賞の受賞対象となったレーザー技術(超短パルス光の増幅方法)によって発展してきました。アト秒レーザーは電子の動きを捉えることを可能にしたことで基礎科学へ大きく貢献してきました。次のステージとして、細胞観察や新素材開発、医療診断などさまざまな分野での利用展開が期待されています。

しかしながら、現状のアト秒レーザーの出力エネルギーは極めて低いため、幅広い分野で光源として利用するには「アト秒レーザーの高出力化」を実現しなくはなりません。アト秒レーザーが低出力である一つの理由は、光電場の振動回数が1回程度しかない特殊な「励起レーザー」を用いて発生させる必要があるためです。つまりアト秒レーザーの高出力化には、励起光の高出力化が必須ですが、シングルサイクルレーザー光を高強度に増幅できるレーザー技術はこれまで存在しませんでした(図1)。

1サイクル程度の光電場振動を持つレーザー光の出力の図

図1 1サイクル程度の光電場振動を持つレーザー光の出力

赤丸は各レーザー手法名とともにこれまでに実現された出力エネルギーを示した。今回開発された高出力化法(青丸)によって、従来と比較して50倍を超えるシングルサイクルレーザー光の高出力化を実現した。

研究手法と成果

高橋チームリーダーは、2011年に「二重チャープ光パラメトリック増幅(DC-OPA)法[5]」と呼ばれるレーザー増幅法を提唱しました。このレーザー増幅方法は、数サイクルのレーザー光をテラワットからペタワット(PW、1PWは1,000兆ワット)のピーク出力にまで増幅することを可能にしました。しかしDC-OPAのレーザー増幅帯域の制限により、シングルサイクルレーザーの増幅には適用できませんでした。

今回、研究チームは、DC-OPA法を基本原理としつつ、そのレーザー増幅媒質に異なる増幅波長域を持つ非線形結晶を使用する手法を考案しました(図2)。それぞれの非線形結晶(非線形結晶1:酸化マグネシウム添加ニオブ酸リチウム(MgO:LiNbO3[6]、非線形結晶2:三ホウ酸ビスマス(BiB3O6[7])が担当する波長域を分けることで、一つの結晶ではカバーできない増幅域を互いに補い、1オクターブを大きく超える増幅帯域を実現しました。この新手法はDC-OPAが持つレーザー出力スケーリング特性を損なうことなく、その増幅帯域を超広帯域化できるという画期的な特徴を持ちます。

シングルサイクルレーザー光増幅の概念図の画像

図2 シングルサイクルレーザー光増幅の概念図

微弱なシード光(種光)をパルス伸張器によりチャープシード光に変え、二種類の非線形結晶を使用して波長域(2~3μm、1.4~2μm)を分けて、チャープポンプ光により増幅する。

図3に開発したレーザーシステムのレイアウトを示します。DC-OPA法の励起レーザーには、ジュールクラスの出力エネルギーを持つチタンサファイアレーザー[8]を使用し、1台のレーザーから微弱シード光(種光)とDC-OPAのためのポンプ光(励起光)を作り出しています。DC-OPA法においては、シード光とポンプ光間の分散量(チャープ量)と符号の関係が、増幅効率および増幅帯域を決定する重要なパラメーターとなります。

TW級の出力を持つシングルサイクルレーザーシステムの装置図の画像

図3 TW級の出力を持つシングルサイクルレーザーシステムの装置図

レーザーシステムは、1kHzの繰り返しを持つチタンサファイアレーザー(フロントエンドレーザー)、マルチパス増幅器、3段のDC-OPA部により構成されている。

そこで、シード光には音響光学素子を用いて、ポンプ光にはチャープ調整器を用いて、個別に分散を与えます。付加された分散によりパルス幅が伸ばされたチャープシード光は、MgO:LiNbO3結晶による予備増幅段、およびBiB3O6とMgO:LiNbO3の結晶により構成された3段のDC-OPAを通してチャープポンプ光により増幅されます。増幅後の光パルスは、パルス圧縮器によりシングルサイクルにまで圧縮されます。

各増幅段の増幅スペクトルを図4に示します。シード光は1.4~3.0μmの帯域を持ち、そのスペクトル帯域を保ったまま3段のDC-OPAにより増幅されます。DC-OPA増幅3の後のパルスエネルギーは53ミリジュール(mJ)であり、図4のスペクトル構造からその中心波長は2.4μmと評価されました。

各DC-OPA増幅段の出力スペクトルの図

図4 各DC-OPA増幅段の出力スペクトル

シード光は1.4~3.0μmの波長帯域を持つ。BiB3O6とMgO:LiNbO3結晶で構成されたDC-OPA増幅段によりシード光の波長帯域を保ったまま、光パルスが増幅されていることが分かる。増幅スペクトルの周波数重心から中心波長が2.4μmの光パルスであると評価できる。

DC-OPA法で増幅された光パルスは、サファイアを用いたパルス圧縮器により、音響光学素子で与えた分散量を補償され時間圧縮されます。図5は中心波長2.4μm光のパルス圧縮の結果を示しており、8.6フェムト秒(fs、1fsは1,000兆分の1秒)のパルス幅が達成されました。レーザー光の中心波長が2.4μmであることから、そのパルス幅の中には1回の光サイクルしか含まれていないと評価できます。

DC-OPA増幅光のパルス圧縮の結果の図

図5 DC-OPA増幅光のパルス圧縮の結果

時間圧縮された光パルスの時間プロファイル。赤線は強度包絡線(パルス幅8.6fs)、黒線はレーザー電場。

この結果、中心波長2.4μmの中赤外レーザーにおいて、出力エネルギー53mJ、ピークパワー6TWのシングルサイクルレーザーが発生していることが明確に確認されました。これらの値はシングルサイクルレーザーとして世界最高の出力スペックとなります(図1)。

今後の期待

本研究では、シングルサイクルレーザーをテラワット級のピーク出力にまで高強度化できる新しいレーザー増幅法の開発に成功しました。また使用する非線形結晶や励起レーザーを変更することで、サブサイクルレーザーのテラワット増幅が可能なことも示唆されています。

開発されたシングルサイクルレーザー光源が、アト秒レーザーの高出力化研究を大きく前進させることは間違いありません。また、シングルサイクルレーザーと高次非線形光学効果と組み合わせることで、単一サイクルのX線パルスや時間幅がゼプト秒(1ゼプト秒は10垓(がい)分の1秒)の光パルス発生も可能となります。今回のレーザー増幅法の開発成果が、アト秒レーザーの次の世代となる「ゼプト秒レーザー」研究の扉を開く端緒となると期待されます。

補足説明

  • 1.シングルサイクルレーザー
    レーザー強度包絡線の半値全幅(パルス幅)の中に光電場振動が1回しか含まれないレーザーパルス。単一サイクルレーザーと呼ばれることもある。究極の超短パルス光とされ、レーザー開発における最先端研究テーマの一つとなっている。特殊なレーザー光であるが故にパルスエネルギーの増幅法が存在しないことが長年問題となっていた。
  • 2.アト秒レーザー
    時間幅がアト秒(1アト秒は100京分の1秒)域の極短パルスのレーザー光。アト秒パルスレーザー、アト秒パルスと呼ばれることもある。高次高調波発生を用いて発生させることができる。2023年のノーベル物理学賞の受賞研究テーマ。
  • 3.オクターブ
    光や音波といった波が1秒間に振動する回数(周波数)の比率が2倍となる周波数差のこと。波長1μmと2μmでは周波数が2倍異なり1オクターブ差となる。
  • 4.高次高調波発生
    高強度の可視レーザー光を貴ガスに集光すると、その可視レーザー光と同じ方向に複数の波長の短い光が発生することが知られている。波長の短い光の波長は、可視レーザー光の波長の奇数分の1(例えば、11分の1や13分の1)になっており、またその分母に入る数が数十以上に達する場合もあることから、「高次高調波」と呼ばれている。
  • 5.二重チャープ光パラメトリック増幅(DC-OPA)法
    理研で開発された中赤外超短パルスレーザーの増幅法。1台のチタンサファイアレーザーから、光パラメトリック増幅(OPA)に必要な、チャープした(時間的にパルス幅が伸びた)シード光とポンプ光を作り出す。チャープしたポンプ光を使用することで、従来型OPA法と異なり非線形結晶の大きさに制限されることなく超短パルス光を増幅できる。最新の研究では、高平均出力イッテルビウム(Yb)系レーザーをDC-OPAのポンプレーザーとして使用する方法も提案されている。DC-OPAはDual-Chirped Optical Parametric Amplificationの略。
  • 6.酸化マグネシウム添加ニオブ酸リチウム(MgO:LiNbO3
    非線形結晶の一種。可視から中赤外の波長域において透明な結晶であり、波長変換やOPA発振などで幅広く使用されている。
  • 7.三ホウ酸ビスマス(BiB3O6
    非線形結晶の一種。大きな実効非線形係数、高い損傷閾値、水分に対する不活性さを有している。
  • 8.チタンサファイアレーザー
    サファイアにチタンを添加した結晶をレーザー媒質として使用したレーザー。発振波長域は650~1,000nmであり、中心波長が800nm近辺となる。高強度かつ超短パルスのレーザー発生法として世界中で広く普及しており,その増幅原理には2018年にノーベル物理学賞を受賞したレーザー技術が使用されている。

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(B)「単一ショット軟X線アト秒分光計測の実現(研究代表者:高橋栄治)」、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「次世代アト秒レーザー光源と先端計測技術の開発」などによる助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Lu Xu and Eiji J. Takahashi, "Dual-chirped optical parametric amplification of high-energy single-cycle laser pulses", Nature Photonics, 10.1038/s41566-023-01331-9

発表者

理化学研究所
光量子工学研究センター 超高速コヒーレント軟X線光学研究チーム
チームリーダー 高橋 栄治(タカハシ・エイジ)
(開拓研究本部 高橋極限レーザー科学研究室 主任研究員)
研究員 シュ・ル(Lu Xu)

高橋 栄治 チームリーダーの写真 高橋 栄治

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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