長年議論の的となっていたゴルジ体輸送のメカニズムは、2006年、ついに解き明かされました。教科書を書き換えるほどのインパクトを与えたその研究に挑み続けた"細胞内輸送のエキスパート"に、その背景や原動力を聞きました。
中野 明彦(ナカノ・アキヒコ)
光量子工学研究センター 特別顧問
生命科学に可能性を感じた
研究者になると決めて大学に入学したときは、物理学志望でしたが、入学後に読んだ、ゴードン・R・テイラーの著書『人間に未来はあるか』に感化され、生命科学の道へ進みました。
大学院修了後は、当時の国立予防衛生研究所に就職しました。このときに限らず、いくつかの選択肢を示されたときは、最初にオファーがあったものを選ぶのが信条で、明確なビジョンがあったわけではありません。しかし、結果としてこの何気ない選択が生涯のライフワークと出会うきっかけとなったのです。
米国 カリフォルニア大学 バークレー校に留学し、後にノーベル賞を受賞するランディ・シェクマン 博士の研究室で酵母について学ぶ中で、小胞体以降の細胞内輸送を自分の研究テーマにしようと決めました。
物理学者の一言に目からうろこ
帰国し、1997年に理研の主任研究員となったときに、「細胞内輸送を生きたまま見る」という目標を決めました。しかし、当時はそれを可能にする顕微鏡はありませんでした。そんな悩みを、毎週金曜の夜に理研の食堂で開催されていた通称「金曜酒場」でこぼしたところ、物理の研究者たちが「ないのなら、自分でつくればいいじゃない」と言ったのです。
一から自分でつくるつもりで調べてみると、技術はある。画像を約1,000分の1秒でスキャンできる横河電機株式会社のニポウディスク式共焦点スキャナーと、NHK放送技術研究所が開発したHARPカメラという超高感度カメラを組み合わせて2004年に開発したのが高速超解像ライブイメージング顕微鏡SCLIMでした。
再び教科書を書き換える発見を
小胞体からタンパク質を目的地まで運ぶゴルジ体は、平らな袋(槽)が積み重なった構造をしています。長い間、タンパク質はシス槽からメディアル槽を経てトランス槽へ、小胞という小さな袋に乗って移動していくと信じられていました。ところが、槽から槽へ動いているのではなく、槽自体がシスからトランスへと成熟することでタンパク質を輸送しているのではないかと主張するグループが出現し、1990年代以降10年以上にわたって、世界中で大論争が繰り広げられていました。
私たちがつくり上げた顕微鏡ならこの問題に決着をつけられる。2006年、そう考えた私の目の前で、ゴルジ体の一つ一つの槽がシスからメディアル、トランスへと色を変えていきました。槽成熟モデルが正しいことを示す紛れもない証拠です。この研究により細胞生物学の教科書はすべて書き換わりました。
40年以上細胞内輸送に関わり、この分野のエキスパートと呼ばれるようになりましたが、謎が一つ解けるたびに、さらにその先が知りたくなります。研究人生のラストスパートにさしかかっていますが、もう一度教科書を書き換えるような発見をするという夢を抱きながら研究に勤しんでいます。
(取材・構成:牛島 美笛/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)
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