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研究最前線 2023年5月15日

腸内細菌と肥満・糖尿病を結ぶメカニズム

近年、テレビ番組や健康雑誌などでも腸内細菌の重要性が取り上げられるようになっています。健康増進に貢献する働きが報告される一方で、病気と腸内細菌の関係を指摘する研究も数多くあります。しかし、腸内細菌が私たちの健康に影響を及ぼす具体的な仕組みは十分に分かっていません。大野 博司 チームリーダーらは、腸内細菌の一種、FIが肥満や糖尿病を悪化させるメカニズムを明らかにし、2023年1月に発表しました。

大野 博司の写真

大野 博司(オオノ・ヒロシ)

生命医科学研究センター 粘膜システム研究チーム チームリーダー

ヒト、マウス、細胞で探った腸内細菌の役割

大野 チームリーダーらが研究対象としたのは、高血糖・肥満マウスから分離された腸内細菌の一つ、Fusimonas intestini(FI)だ。糖尿病患者と健常者の双方を対象に便を調べたところ、健常者では腸内にFIが存在する比率が約38%だったのに対し、糖尿病患者では70.6%と2倍近いことが分かった。しかし、この結果だけでは、糖尿病になると腸内でこの菌が増えるのか、それともこの菌が多いと糖尿病になるのかは分からない。

そこでマウスを使った実験で、腸内にFIを定着させたマウスに高脂肪食を与えると、FIのいないマウスに比べて、体重と内臓脂肪の重量がより増加し(図1)、血中コレステロール値が悪化、血糖値も悪化する傾向が認められた。

FI定着マウスにおける高脂肪食による肥満の悪化の図

図1 FI定着マウスにおける高脂肪食による肥満の悪化

FI定着マウスは大腸菌単独定着マウスと比較して高脂肪食投与下で体重がより増加した(左)。また、内臓脂肪の重量も増加した(右)。これらの変化は通常食投与下では見られなかった。

これらのマウスの糞便について、代謝物を網羅的に調べるメタボローム解析を行ったところ、高脂肪食を与えたFI定着マウスではエライジン酸(トランス脂肪酸の一種)やパルミチン酸(飽和脂肪酸の一種)などが増加していた。これは、ヒトにおいて健康を害する可能性があるとされる"悪玉脂質"だ。次に、FIをさまざまな脂肪酸を含む環境で培養してみると、この場合もエライジン酸が増えることが分かった。これは、健康を害する脂肪酸を直接摂取しなくてもFIが存在するだけで、高脂肪食から悪玉脂質がつくられてしまうことを示唆している。

では、悪玉脂質はFIがいなくてもやはり害を及ぼすのだろうか。エライジン酸などの悪玉脂肪酸を過剰に産生する大腸菌を作製して無菌マウスに定着させ、高脂肪食を与えた結果、図1の高脂肪食を与えたFI定着マウスと同様に、体重の増加が大きくなり、血糖値も悪化することが分かった。

ところで、FI定着マウスの血液を調べてみると、不思議なことに血中の脂肪酸はほとんど増えていなかった。つまり、FIが産生する悪玉脂質は、血液には入らず腸内から肥満や高血糖を引き起こしている可能性がある。そこで、FI定着マウスの腸管バリア機能を調べたところ、「タイトジャンクション」に関わる遺伝子の発現が低下していた。タイトジャンクションとは、腸管の内面を構成する上皮細胞同士を密着させる分子で、細胞間の物質の透過を制限している。これにより、腸管内の細菌や細菌が産生する毒素が体内に侵入するのを防ぐ腸管バリアとして機能するのだ。

培養した腸管上皮細胞にエライジン酸を添加すると、タイトジャンクションの遺伝子発現は低下した。さらに、肥満マウスにエライジン酸を投与すると腸管バリア機能が低下し、肥満と血糖値が悪化した。以上の実験から、FIは高脂肪食を摂取した場合、悪玉脂質であるトランス脂肪酸の産生などを介して、腸管バリア機能に影響を与え、その結果、肥満や高血糖を悪化させていたことが明らかになった。

腸内細菌の研究から医療にも貢献したい

「健常者と糖尿病患者の腸内細菌を比較して、種類や数に差があることを指摘した研究報告は多いのですが、病気を引き起こすメカニズムについては十分に分かっていません。そこで動物実験と組み合わせ、メカニズムを解明していきたい」と大野 チームリーダー。その上で、臨床医と共同研究を実施し、基礎研究を医療につなげようとしている。「例えばFIを腸内から排除すると、糖尿病予防になるかもしれません。健常者でも4割の人はFIを持っているので、食生活が変わるといった状況で糖尿病予備軍になるかもしれないからです」

大野 チームリーダーは、大学院に進学するまでは麻酔科医として臨床に携わっていた。「漠然と研究者になりたいと思っていましたが、『麻酔科に来れば基礎研究も臨床もできる』という誘いを受け、麻酔科に入局しました。でも人手不足で臨床に忙殺されてしまいました」と笑う。その後、千葉大学大学院の免疫学研究室で分子生物学を学び、米国留学、金沢大学教授を経て理研へ。免疫と細胞生物学をつなげる研究をしたら独自の道が開けるのではないかと考え、現在の目標を定めたという。「理研に入った2004年頃から現在に至るまで、腸内細菌とヒトなど宿主との相互作用についてオミックス(網羅的解析)による研究を進めてきました」

腸管免疫についても研究を進めたいと展望を語る。「免疫グロブリンの一つであるIgAは大部分が腸内に分泌され、腸管免疫を担っています。免疫システムには一度攻撃を受けた病原体に対する免疫記憶がありますが、IgAにこの免疫記憶があるかどうかは分かっていません。この点を明らかにしたいですね」。高齢者では腸内にIgAが少なく、大腸菌が多いのが特徴だ。しかし、老化と腸内細菌や免疫との関係は十分に分かっていない。「こうした点にも取り組みたい」と、意欲的な言葉で結んだ。

(取材・構成:中沢 真也/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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