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研究最前線 2023年5月24日

神経疾患の鍵を握る細胞の“品質管理”

細胞の中では、遺伝情報を持つメッセンジャーRNA(mRNA)がリボソームで翻訳され、タンパク質がつくられます。時にはその過程で異常なタンパク質ができることもあり、それがアルツハイマー病など神経変性疾患の原因になることが知られています。理研の研究チームは、リボソーム上で翻訳最中にある未完成なタンパク質に対する品質管理の仕組みを調べ、マウスの神経細胞を使って、その品質管理の機能不全が認知障害や発達障害の原因になり得ることを明らかにしました。

田中 元雅と遠藤 良の写真

脳神経科学研究センター タンパク質構造疾患研究チーム
(左)田中 元雅(タナカ・モトマサ)チームリーダー
(右)遠藤 良(エンドウ・リョウ)上級研究員

異常タンパク質によって起こる病気

アルツハイマー病やパーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経変性疾患では、脳内の神経細胞の変性や細胞死が見られるが、それは、異常なタンパク質が神経細胞内に蓄積するために起こると考えられている。タンパク質はいったん異常な形になると周囲のタンパク質を巻き込んで固まりになり(凝集)、それによって神経細胞が機能できなくなる。最近ではその治療に、異常なタンパク質を取り除く薬も使われ始めた。そうしたタンパク質の形や機能をテーマに研究してきたのが田中 元雅 チームリーダーや遠藤 良 上級研究員たちだ。

神経変性疾患は、うつや不安症状など、精神障害を伴うことが多い。一方、神経変性を伴わない認知障害や発達障害などの場合にも、時には異常なタンパク質の凝集が見られることが、田中 チームリーダーらの研究で分かってきた。

mRNAからタンパク質をつくる翻訳過程の異常に原因が?

「合成が完成したタンパク質の異常ばかりでなく、リボソーム上で翻訳最中にあるタンパク質やその翻訳過程にも何か問題があると病気の原因になるのではないか」。最近、田中 チームリーダーたちが注目しているのは、リボソームによる翻訳過程の異常と病気との関係だ。

リボソームにおけるタンパク質の合成の図

図1 リボソームにおけるタンパク質の合成

DNAの遺伝情報が転写されたmRNAはリボソームと結合する。リボソームではmRNAの情報に従い、tRNAによって運ばれるアミノ酸を用いてタンパク質を合成する。これを翻訳という。

mRNAやリボソームに異常があるとリボソーム上でのタンパク質合成が途中で停止してしまうことがある。その場合、まず異常なリボソームを感知して、未完成の短いタンパク質や不要なmRNAを分解処理しなくてはならない。細胞には本来、これを行う品質管理システムが備わっている。このシステムがうまく機能しないとALSなどの神経変性疾患や発達障害を引き起こす可能性が示唆されているが、実際に神経細胞を使った研究はほとんどなく、その詳細は不明であった。

タンパク質品質管理の機能不全を助けにいって起こること

マウスの神経細胞を使った実験で、リボソームにおけるタンパク質の品質管理システムの仕組みを丹念に探ってきたのが遠藤 上級研究員だ。「神経細胞の維持管理にとても手間がかかるのですが、焦らずじっくり実験を続けることを心がけています」

まず、翻訳最中にあるタンパク質の品質管理を担う主要な遺伝子を欠損させたノックアウトマウスをつくり、その品質管理システムが機能しなくなった神経細胞でタンパク質の変動を調べたところ、2種類のタンパク質が大きく増えていた。一つは翻訳開始を抑制する機能が分かったタンパク質、TTC3。これが増えると結果的に未完成のタンパク質の合成が抑えられることから、そのさらなる蓄積を防ぐ役割を担っていると考えられる。もう一つのタンパク質UFM1は、TTC3の存在量の制御に関わることが分かった。

次に、神経細胞の形を観察したところ、樹状突起が通常よりも短くなっていた。樹状突起の発達が不十分だと、シナプスを介した神経細胞同士の信号伝達が正しく行われないと考えられる。続いてTTC3との関わりを調べるため、発達が遅れている神経細胞でTTC3をノックダウンしたところ、発達不全が改善された。

つまり、翻訳最中にあるタンパク質の品質管理ができなくなった結果、未完成のタンパク質をこれ以上増加させないよう神経細胞自身を守る仕組みが働く。しかし逆に、その仕組みが神経細胞の発達を阻害してしまうという皮肉な結果が見えてきたのだ(図2)。田中 チームリーダーは「翻訳異常と発達障害との関係に注目している人はまだ多くない」と語るが、遠藤 上級研究員たちの研究で、両者がどうつながるのか、その道筋が浮かんできた。

リボソーム上における、翻訳最中にあるタンパク質の品質管理機能不全で認知障害や発達障害が起こる仕組みの図

図2 リボソーム上における、翻訳最中にあるタンパク質の品質管理機能不全で認知障害や発達障害が起こる仕組み

品質管理システムが機能しない場合、翻訳開始を抑えて未完成のタンパク質をこれ以上増やさない仕組みが働く。しかし、タンパク質合成が抑制された結果、樹状突起の成長が妨げられる。

さまざまな精神疾患にも関わる可能性

マウスの行動解析も、重要な情報を提供してくれる。翻訳最中にあるタンパク質の品質管理に関わる遺伝子を欠損させたノックアウトマウスは、ケージに巣の材料を入れても巣作りをしようとせず、また地面から高い位置にある十字迷路に置くと、両側に壁のない不安になるような通路を歩く時間が増えるのだ。こうした行動は発達障害の一つである自閉スペクトラム症でも見られるという。神経変性疾患ではタンパク質が凝集して蓄積する結果、神経細胞死が起こるが、発達障害では細胞死は見られない。だが、これまでの研究で、両方には共通の分子メカニズムが存在する様子が見えてきた。

自閉スペクトラム症などの発達障害、高齢化社会で注目される認知障害だけでなく、患者数の多いうつ病や統合失調症など、発症のメカニズムがほとんど解明されていない精神疾患についても、研究チームはタンパク質品質管理システムの異常との関わりがあるのではないかと関心を持っている。「品質管理の仕組みが分かったからといって、すぐに病気を治せるわけではないんです」と田中 チームリーダーは言う。しかし、これらの知見はさまざまな神経・精神疾患治療につながっていく可能性もありそうだ。

(撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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