1. Home
  2. 広報活動
  3. クローズアップ科学道
  4. クローズアップ科学道 2024

研究最前線 2024年3月8日

若い頃の「腹八分目」が寿命を延ばす!

2023年12月、理研や東京大学らの国際共同研究グループは、若い時期に必須アミノ酸の一つ、メチオニンの摂取量を減らすと寿命が延びることを、ショウジョウバエを用いた実験で明らかにしました。食事の量や摂取カロリーを制限することなく、特定のアミノ酸を特定の時期だけ制限すれば寿命が延びるという、驚きの結果です。研究グループの中心メンバー、小幡 史明 チームリーダーに話を聞きました。

小幡 史明の写真

小幡 史明(オバタ・フミアキ)

生命機能科学研究センター 栄養応答研究チーム チームリーダー

きっかけはヒトの寿命と食生活のデータ

小幡 チームリーダーが今回の研究を行ったきっかけは、寿命と食生活に関するヒトの疫学データだったという。「若い頃にタンパク質をあまり取らなかった人のほうが平均余命が長く、総じて健康です。でも65歳を過ぎると、タンパク質をたくさん取る人のほうが長生きする傾向があるんです。これは年齢と必要なタンパク質の摂取量、そして寿命の間に関係があることを示しています。それがなぜなのかを明らかにしようと思いました」

摂取したタンパク質は消化されて、アミノ酸に分解される。実は食餌から特定のアミノ酸を抜くだけでも寿命を延長する効果があり、中でもメチオニンは寿命への影響が大きいことが知られている。今回はショウジョウバエを使い、一生のうちどの時期にメチオニン制限を行うと寿命延長効果が現れるかを調べた。

その結果、若齢期(羽化後5~32日)にだけメチオニン制限を行ったグループが、一生を通じてメチオニン制限を行ったグループと同じくらい長生きした(図1)。若齢期を過ぎたら通常の餌に戻したにもかかわらず、寿命は延びたのである。一方で、若齢期は通常の餌を食べて、それ以降(後期:羽化後33日~)にメチオニン制限を行ったグループの寿命は延びなかった。メチオニン制限を行う時期によって、寿命延長効果に差が生じることがはっきりと示されたのだ。

メチオニン制限を行った時期と寿命延長効果の図

図1 メチオニン制限を行った時期と寿命延長効果

メチオニン制限食を与える時期が異なる四つのグループで生存率を比べた結果のグラフ。実験に使用したショウジョウバエの雌の寿命は、羽化後8~12週である。そこで羽化後の4週(羽化後5~32日、グラフの背景が青く塗られた時期)までを若齢期とした。若齢期にのみメチオニン制限を行ったグループは、それ以降(後期)にのみメチオニン制限を行ったグループに比べて、平均で10%程度長生きした。

メチオニン制限が老化を遅らせた?

次にメチオニン制限によって体内の遺伝子の発現がどのように変化するかを調べた。その結果、寿命延長効果には「MsrA」という酵素をつくる遺伝子が大きく関わっていることが明らかになった。MsrA遺伝子は、ショウジョウバエだけでなく細菌からヒトまで幅広い生物が共通して持っている。

若齢期にメチオニン制限したショウジョウバエでは、MsrA遺伝子の発現量が大きく増えていた(図2)。しかも、若齢期を過ぎた後、通常の餌に戻しても発現量は増えたままになっていた。一方で、後期にのみメチオニン制限しても、MsrA遺伝子の発現量はあまり増えなかった。

体内にあるメチオニンは、日々酸化によるダメージを受けて酸化型メチオニンとなる。酸化型メチオニンの体内量は年齢とともに増えていき、老化を促進すると考えられている。MsrAはそんな酸化型メチオニンを還元して元に戻す酵素(抗酸化タンパク質)だ。「MsrAには老化の進行を抑える効果があると考えられます。若齢期にMsrA遺伝子の発現量を大量に増やして老化を遅らせたことが、結果的に寿命を延ばしたのではないかと推測しています」

メチオニン制限時期とMsrA遺伝子の発現量の図

図2 メチオニン制限時期とMsrA遺伝子の発現量

若齢期にメチオニン制限すると(メチオニン「-」)、寿命延長に関わるMsrA遺伝子の発現量が大きく増加した。一方で、後期にメチオニン制限しても、発現量はそこまで増加しなかった。

餌の開発に約2年

メチオニン制限食はメチオニンが通常の餌の10分の1になっているが、それ以外の成分は減らしていない。実験では与える餌の量も制限していない。「メチオニン制限食を食べさせたグループでは、食べる量と摂取カロリーは、むしろ増えていると考えられます。アミノ酸を制限すると空腹感が出やすいといわれているので、いつもよりたくさん食べてしまうのでしょう」

「実は、メチオニンだけを減らした餌をつくるのがとても難しかったんです」。タンパク質にはメチオニンが一定量含まれているため、タンパク質が入っている市販の餌は使えない。そのため、精製されたアミノ酸やミネラルなど、40種類の栄養素を個別に調合することで、"メチオニン以外は過不足がない"餌を使う必要があった。「基本的な作成法は近年開発されていた合成餌を参考にしましたが、それを最適化し信頼性の高いメチオニン制限食を完成させるまでに、約2年かかりました」

メチオニン制限食をつくるノウハウは、今後の応用研究にとっても、とても有用だという。「メチオニン以外にも、他のアミノ酸や特定のミネラルなどが寿命延長に関わっているのではないかと考え、それを検証する実験を行っています。餌の中から特定の栄養素のみを増減させる手法が確立できたので、スムーズに実験が進められています」

メチオニン制限食(完全合成餌)を摂食するショウジョウバエの図

図3 メチオニン制限食(完全合成餌)を摂食するショウジョウバエ

年齢別にベストな「寿命延長食」の開発

今回はあくまでもショウジョウバエを使った実験結果であり、ヒトで同様の効果があるかはまだ分からない。それでも、特定の時期(若齢期)に特定の栄養素(メチオニン)を制限するだけで寿命が延びるという仕組みが生物に存在すると示されたことは、非常に大きな成果だ。小幡 チームリーダーは今後、霊長類などでもメチオニン制限が健康状態や寿命にどう影響を与えるかを調べたいと考えている。

今回の成果は将来的に、年齢別に寿命を最大化するための食事法の開発などにつながっていくという。「健康な食生活の目安として厚生労働省から『日本人の食事摂取基準』が示されていますが、あれはあくまでも一般論です。健康や寿命と食事との関わりをもっと詳しく調べていって、それぞれの人に最適な食事とは何かを理論的に説明できるようにしていきたいですね」

(取材・構成:福田 伊佐央/撮影:大島 拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

関連リンク

この記事の評価を5段階でご回答ください

回答ありがとうございました。

Top