医療や工業、学術研究など幅広い分野で欠かせないヘリウム。しかし2019年以降、世界的なヘリウムの供給不足による価格の高止まりが続いています。高価なヘリウムを100%輸入に頼っている日本において、リサイクルは必須です。そこで、ヘリウム循環システムを構築すべく、理研が立ち上がりました。
左から
仁科加速器科学研究センター
奥野 広樹(オクノ・ヒロキ)核変換技術研究開発室 室長
段塚 知志(ダンツカ・トモユキ)加速器基盤研究部 低温技術チーム 技師
価格高騰で"ヘリウム弱者"が急増
このところ供給不足からの価格高騰が問題となっているヘリウムだが、理研では60年も前から実験で使用したヘリウムを回収して酸素や窒素などの不純物を除去し、精製したヘリウムを液化してリサイクルしてきた。
「それでも、価格を理由にヘリウムを使った実験を諦める研究者が近年、増えてきました。理研和光地区内のヘリウムの供給量は2018年の18万リットルから現在の12万リットルにまで落ち込んでいます。こういった"ヘリウム弱者"を救うため、理研内に留まらず、所外からも使用済みヘリウムを回収してリサイクルするヘリウム循環システムの構築を目指すことにしたのです」
こう語るのは奥野 広樹 室長だ。そこで、長年ヘリウムのリサイクルに従事してきた段塚 知志 技師らと共同で、所外から回収したヘリウムをリサイクルする実証実験を開始。回収のターゲットとしたのは、医療現場で広く使われているMRI(磁気共鳴画像法)装置内の液体ヘリウムだ。
大量に廃棄されるMRI装置内の液体ヘリウム
MRI装置に着目した理由を奥野 室長はこう説明する。「現在、日本では年間約550台のMRI装置が買い替えられていると推定されます。1台のMRI装置にはコイルを冷却するため、約1,000リットルの液体ヘリウムが専用の容器に充填されており、1年間で最大55万リットルの液体ヘリウムが大気中にヘリウムガスとして廃棄されているのです。これは理研和光地区内で年間に供給している液体ヘリウムの約4倍の量です。これをリサイクルしないのはもったいない。しかも、MRI装置で使用されている液体ヘリウムは不純物をほとんど含んでおらず、精製しやすいのでリサイクルに最適だと考えました」
奥野 室長と段塚 技師らは2021年頃から、国内にある主要なMRI装置メーカーに声をかけて回った。「メーカーの方々にはヘリウムのリサイクルという概念がなく、最初は半信半疑でした。そこで、実際にリサイクルを行っている理研のヘリウム液化施設を見てもらい、信頼を得るところから始めました。その結果、富士フイルムヘルスケア株式会社(当時、現 富士フイルム株式会社)がリサイクルの実証実験への協力を快諾してくれたのです」(奥野 室長)
MRI装置を使った実証実験に成功
MRI装置で使用されている液体ヘリウムをリサイクルするには、蒸発するガスを収集して移送することが考えられる。しかし液状態に比べて700倍の体積に膨張してしまうヘリウムガスは、圧縮して運搬するのに高額なコストがかかり、簡単に実施するのは困難だ。そこで、液体ヘリウムが入ったままのMRI装置を丸ごと理研(埼玉県和光市)に持ち込む作戦をとった。問題は、6トンもの重さがある装置をどうやって受け入れるかだ。
「ラッキーだったのは、仁科RIビームファクトリー(RIBF)棟に40トンの重量を持ち上げることができるクレーンがあったこと。仁科RIBF棟の地下には重量が約8,300トンの加速器、超伝導リングサイクロトロンをはじめいくつもの大型装置があり、それらの部材の搬入などに使います。このクレーンでMRI装置を持ち上げるのは、いとも簡単なことでした」(奥野 室長)
仁科RIBF棟から1km以上離れた液化ヘリウム施設までは、既存のヘリウム回収配管を60mほど延長し、新たに2口のヘリウム回収配管口を設置した。
図1 ヘリウム回収の実証実験の工程
廃棄されるMRI装置をトラックで理研のRIBF棟の1階に搬入する。搬入したMRI装置内から液体ヘリウムが入っている容器を取り出し、回収配管につなぐ。そして、液体ヘリウムを約1週間かけて徐々にヘリウムガスにしながらヘリウム液化施設へ送る。ヘリウム液化施設では、回収したヘリウムガスを精製し液化。リサイクルされた液体ヘリウムの一部はメーカーの工場でMRI装置に充填され、正常に動作することが確認された。
液化したヘリウムはメーカーに返すことを想定し、どれだけ回収したかを把握しておく必要がある。そこで、段塚 技師が新たに開発したのが、回収する際のヘリウムガスの「流量」「温度」「純度」の三つを同時かつ継続的に計測する装置だ。
「実はMRI装置メーカーには、MRI装置内に何リットルの液体ヘリウムが入っているのか正確な値が分かりません。回収した液体ヘリウムをMRI装置メーカーに戻すには、事前に三つの正確な値を計測しておくことが不可欠でした」(段塚 技師)
流量とは単位時間内に流れる体積のこと。温度を測るのは、気温によってヘリウムガスの体積が変動するためだ。基準となる温度における体積を基に換算し、正確な体積を割り出す。そして、純度を測るのは、ヘリウムガス中に酸素や窒素などの不純物がどれだけ混入しているかを把握するためだ。これらを回収の際に計測することで、ヘリウムガスの回収量を正確に算出できるようにしたのだ。ここでは長年にわたりヘリウムのリサイクルを行ってきた段塚 技師の技術と知識が生かされた。
「2024年6月までに4回の実証実験を実施し、約3,000リットルの液体ヘリウムをリサイクル(精製)しました。富士フイルムヘルスケア(株)には理研がリサイクルした液体ヘリウムをMRI装置に充填してもらい、MRI装置が正常に動作することを確認しました」(段塚 技師)
ヘリウムバンクやヘリウムのレンタルも検討
今後、理研のリサイクル事業が実際に動き出した後は、必要に応じて病院やMRI装置メーカーに戻す「ヘリウムバンクサービス」やヘリウムの液化施設を持たない大学への「ヘリウムレンタルサービス」なども検討していくという。それらを通して、世界的な供給不足などによる価格高騰のリスクを低減するヘリウム循環システムの構築を目指す。
「まずはMRI装置からヘリウムを回収できることを世の中に周知することが重要です。今回の実証実験の成功を機に、今後MRI装置内の液体ヘリウムのリサイクルが当たり前になり、誰もがヘリウムの調達に苦労しなくてよい社会にできればと切に願っています」と奥野 室長は力を込める。
(取材・構成:山田 久美/撮影:相澤 正。/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)
関連リンク
- 2024年6月26日お知らせ「廃棄MRI超伝導磁石からヘリウムの高効率回収に成功」
- 2022年10月17日クローズアップ科学道「実験を止めない!理研のヘリウムリサイクル」
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