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2009年9月1日

独立行政法人 理化学研究所

植物細胞の大きさを調節する新たな遺伝子「GTL1」を発見

-植物バイオマスの増加などの研究、実用化の進展に貢献-

ポイント

  • 新規転写因子GTL1が、核相倍加を調節し、植物の細胞生長にブレーキ
  • GTL1遺伝子の機能を制御し、植物細胞を2倍以上に大きくすることに成功
  • 有用作物の大きさ、収量増加に新たな道を開く

要旨

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、植物の細胞生長を抑制する新規転写因子GTL1 (GT2-LIKE 1)※1を発見し、このGTL1量を減少させて植物の細胞を通常より2倍以上と大きく生長させることに成功しました。これは理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)細胞機能研究ユニット(杉本慶子ユニットリーダー)のクリスチャン・ブリューアー(Christian Breuer)基礎科学特別研究員、河村彩子研究員らと、同センター植物ゲノム機能研究グループの松井南グループディレクターらによる共同研究の成果です。

高等植物の葉や花、根などを構成する1つ1つの細胞は、成長の過程で数倍から数百倍にまで生長します。これらの細胞が最終的に到達する大きさは、植物種や細胞種によってほぼ一定ですが、どのような仕組みでこの大きさが決まっているかはこれまで謎でした。研究グループはGTL1の機能を失ったシロイヌナズナの突然変異体※2の研究を行い、GTL1が細胞の生長に必要なほかの遺伝子の機能を抑えることで、細胞生長にブレーキをかける働きをすることを明らかにしました。植物の細胞生長には、核相の倍加現象※3による細胞内のDNA量の増加が深くかかわっていますが、GTL1は、特にこの核相倍加の調節に重要であることが分かりました。野生型のシロイナズナでは、GTL1遺伝子はトライコーム※4と呼ぶ葉の毛細胞が生長を終了する時期に発現しています。研究グループはGTL1遺伝子の発現を人為的に低下させ、GTL1量を減少させることで、トライコーム細胞を通常より2倍以上大きく生長させることに成功しました。

植物の細胞生長を積極的に抑える制御因子が見つかったのは、GTL1が初めてです。今後さらにGTL1の機能解析を進めることで、植物の生長を制御するメカニズムの一端が明らかにされると考えています。また、GTL1が機能する場所や時期を調節して、有用植物細胞の大きさを変えたり、作物の収量を増加させたりすることができると期待されます。本研究成果は、米国の科学雑誌『The Plant Cell』オンライン版に近く掲載されます。

背景

高等植物の花や葉、根といった器官は、多数の細胞から作られています。私たちが日常生活で目にする花や葉の生長は、これらの細胞が分裂して数が増加したり、1つ1つの細胞が大きく生長することによって進んでいます。ほとんどの植物の細胞は、成長の過程で数倍から数十倍にまで拡大しますが、葉や花の分泌細胞などの特殊な細胞の中には数百倍から数千倍にまで達するものもあります。こうした細胞の巨大化は、特に植物に頻繁に見られ、動物や昆虫、酵母などでは比較的まれな現象です。

植物細胞の伸長生長は、液胞と呼ぶ細胞内小器官への吸水と、細胞をとりまく細胞壁の進展による細胞の容積増大によって引き起こされます。多くの植物の細胞生長は、核相の倍加によって細胞内のDNA量が増加することが深く関係していることも知られています。これまでに植物細胞の生長を促す働きを持つ遺伝子は多数単離され、それらの因子の植物体内での役割については理解が進んできていました。

このように植物細胞の最終的な大きさには、植物種、細胞種間で大きな差が見られるものの、決まった植物種の決まった細胞種では、細胞の大きさはほぼ一定です。このため植物細胞の生長を積極的に抑制し、終了させる仕組みが存在すると考えられてきましたが、これまでの研究では生長を停止させるような機能を持つ遺伝子は発見されず、その仕組みについてはほとんど分かっていませんでした。今回の研究では、高等植物のモデル実験系として広く活用されているシロイナズナを材料にして、植物の細胞生長を抑制する遺伝子の発見に挑みました。また、発見した新規遺伝子の機能解析を通して、細胞生長にブレーキをかける仕組みの解明を目指しました。

研究手法と成果

植物の細胞生長を抑える仕組みを明らかにするためには、まずその仕組みをつかさどる遺伝子を同定する必要があります。研究グループは、植物ゲノム機能研究グループの開発したFOXハンティングシステム※5を利用して、シロイナズナの葉の表面に形成されるトライコーム細胞が、野生型よりも大きくなる突然変異体を探索しました。その結果、植物に特異的な転写因子であるGTL1の機能が一部改変されたものを過剰発現すると、トライコーム細胞が野生型植物よりも大きく生長することが分かりました。さらに、GTL1遺伝子を完全に欠損したgtl1変異体でも同様に、トライコーム細胞が野生型植物よりも2倍以上大きく生長することが分かりました(図1)

発見したGTL1遺伝子に蛍光タンパク質GFPをつなげた人工遺伝子を作製し、植物体内のいつ、どこで働いているかを調べたところ、ちょうどトライコームが細胞生長を終了する時期に核の中で出現することが分かりました。さらに、これまでに知られていたトライコーム細胞の初期発生をつかさどる転写因子群が、GTL1遺伝子を制御していることを突き止めました。これらの結果は、GTL1遺伝子がトライコームの形成過程の最終段階で機能することを示しています(図2)

また、野生型植物体のトライコームで働いている遺伝子と、GTL1遺伝子を欠損したgtl1変異体のトライコームで働いている遺伝子を比較したところ、gtl1変異体では核相の倍加に必要な遺伝子が活性化されていることが分かりました。このことから野生型植物体のトライコーム細胞では、GTL1が核相の倍加に必要な遺伝子を抑制していることが予想されます。さらにGTL1は、核相の倍加を促進するSIM※6と拮抗(きっこう)して、核相の倍加を調節していることが明らかになりました。これらの結果から、GTL1が核相の倍加にかかわる遺伝子の機能を調整することで、植物細胞の最終的な大きさを決定しているものと考えられます(図2)

今後の期待

植物の細胞生長が、遺伝子の発現調節によって積極的に調節、終了されることが明らかになりました。植物細胞の大きさが、細胞生長を促進する制御因子だけでなく、抑制する因子によっても規定されることが明らかになったことは、植物の器官成長を理解する上で重要な進展です。今後、GTL1の発現場所や発現時期を調節することにより、植物体を構成するさまざまな細胞の大きさや、付随する機能を自在に変えることができるようになると期待されます。今回解析の対象としたトライコームの大きさを、ほかの植物種でも変えることができると、病気や環境変動に強い植物や有用二次代謝物の産生に特化した植物を作出することができる可能性があります。また、植物体内での細胞の分裂と生長のバランスを調節することによって、農業作物の有用部位の大きさを変えたり、バイオマス植物の増産に貢献できる可能性があります。

発表者

理化学研究所
植物科学研究センター 細胞機能研究ユニット
ユニットリーダー 杉本 慶子(すぎもと けいこ)
Tel: 045-503-9575 / Fax: 045-503-9591

お問い合わせ先

横浜研究推進部 企画課
Tel: 045-503-9113 / Fax: 045-503-9117

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715

補足説明

  • 1.GTL1 (GT2-LIKE 1)
    植物に特有な転写調節因子の1つ。 GTL1遺伝子は、GT-2と呼ばれるトライへリックス
    型転写因子と相同性を持つ遺伝子として以前に報告されていたが、これまでGTL1の機能は分かっていなかった。
  • 2.突然変異体
    ある一部の遺伝子の機能を欠損させた生物体系統のこと。化学的手法、物理的手法、生物学的手法によって作成され、欠損した遺伝子の機能を推測するために用いられる。
  • 3.核相の倍加現象
    核内倍加現象ともいう。真核生物に広く見られるが、特に高等植物に頻繁に起きる。通常の細胞分裂を行う細胞では染色体複製後に細胞が必ず分裂するのに対し、核内倍加する細胞では細胞の分裂を経ずに染色体が複製、倍加を繰り返す。シロイナズナの葉や根では多くの細胞が数回の核内倍加を行う。核内倍加による細胞内のDNA量の増加が細胞生長の原動力となることも知られているが、その詳しい仕組みはまだよく分かっていない。
  • 4.トライコーム
    葉や茎などの表皮層に形成される毛状突起体で、害虫や病気、紫外線などから植物体を守る働きを持つ。アスピリンなどの有用二次代謝物を生産することも知られている。植物種によって単細胞型ものと多細胞型のものに分けられるが、単細胞型で、かつ巨大化するシロイヌナズナのトライコームは、細胞生長を研究するモデル細胞系として優れている。
  • 5.FOXハンティングシステム
    Full-length cDNA over-expressor gene hunting systemの略。この技術では、生物の完全長cDNAを個々に別々のシロイヌナズナに導入し、個別の遺伝子の高発現の影響を調べることにより、その遺伝子の機能を推測することができる。
  • 6.SIM
    植物の核内倍加を促進する重要な細胞周期調節因子。
GTL1は細胞生長を抑制する働きを持つの図

図1 GTL1は細胞生長を抑制する働きを持つ

GTL1の機能を欠損したgtl1変異体では細胞生長が抑制されないため、野生型よりも大きなトライコームが形成される。

トライコーム形成過程でのGTL1の役割の図

図2 トライコーム形成過程でのGTL1の役割

隣り合う表皮細胞列の中から、一部の細胞(青色でマークした細胞)がトライコームに分化し、細胞生長を始める。GTL1遺伝子はトライコーム細胞が最終的な大きさに達する時期に発現し、細胞生長を終了させる。トライコームの細胞生長には核相の倍加現象が深くかかわっており、GTL1は核内倍加の進行にブレーキをかける。

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