2013年6月24日
理化学研究所
アフリカ系米国人で抗凝固薬の効きやすさに関連する遺伝子多型を発見
-オーダーメイド医療の実現に向け抗凝固薬療法の個別化へ前進-
ポイント
- アフリカ系米国人533人のDNAサンプルでゲノムワイド関連解析(GWAS)
- アフリカ系米国人のワルファリンの効きやすさに一塩基多型(SNP)が関与
- ワルファリン投与の副作用や効果不十分による血栓性疾患の回避に大きく貢献
要旨
理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、アフリカ系米国人における抗凝固薬「ワルファリン」の効きやすさに関わる一塩基多型(SNP)[1]を発見しました。これは、理研統合生命医科学研究センター(小安重夫センター長代行)の久保充明副センター長、同センターのファーマコゲノミクス研究グループ莚田泰誠グループディレクターらと米国国立衛生研究所(NIH)薬理遺伝学研究ネットワーク(PGRN)[2]と共同で実施している「国際薬理遺伝学研究連合(GAP)[3]」のプロジェクトの成果です。
抗凝固薬のワルファリンは、心房細動などにより血が固まり血栓ができやすい状態の患者が、脳梗塞などの血栓性疾患になることを予防するために世界中で使われています。しかし、効き目の個人差が非常に大きいため投与量のコントロールが難しいことが問題になっています。例えば、ワルファリンの服用開始後の投与量の調整がうまく行かない場合は、脳出血や消化管出血など重大な出血性の副作用や不十分な効果による血栓性疾患につながります。
一方、これまでの研究から、ワルファリンの効きやすさに関連する2つの遺伝子(CYP2C9とVKORC1)が発見されていました。2009年に共同研究チームは、世界中からの約5000人分の患者のデータ(遺伝子多型、年齢、人種など)を基にワルファリンの適切な投与量を予測する計算式を構築しました。その結果、欧米人やアジア人に比べて、アフリカ人における投与量の予測精度は低いものでした。
共同研究チームは、ワルファリンを服用しているアフリカ系米国人533人の患者のDNAサンプルを用いてゲノムワイド関連解析(GWAS)[4]を行い、第10番染色体に位置するSNP(rs12777823)がワルファリンの効きやすさに関連していることを突き止めました。このSNPにおいて、アデニン(A)を2つ持っているAA型やアデニンの1つがグアニン(G)に変化したAG型の患者では、ワルファリンが効きやすくワルファリンの減量が必要なことが分かりました。また、この新規SNPを計算式に組み込むことで、予測精度が21%向上しました。今回の成果により、ワルファリンを個人個人に適切な量で投与できるようになり、出血性の副作用の回避や個人に最適なワルファリン療法の確立に向け着実な一歩を踏み出したといえます。
本研究成果は、英国の科学雑誌『Lancet』のオンライン版(6月5日)に掲載されました。
背景
ワルファリンは、世界的によく使用されている抗凝固薬で、経口投与可能な血栓塞栓症治療薬として重要です。例えば、心房細動などにより血が固まり血栓ができるのを防ぎ、脳梗塞などの血栓性疾患になることを予防するために用いられます。しかし、1日の投与量が0.5mg程度で効く人がいれば、10mgで初めて効く人がいるなど、効き目の個人差が非常に大きく、投与量のコントロールが難しい薬です。実際のワルファリン治療では、患者から採取した血液が凝固する時間を標準化した指標「国際標準化比(INR)」による血液凝固能のモニタリングが必須です。通常、外来患者の場合は、初回投与量1~2mgでワルファリン導入を開始し、INRが目標範囲に入るように投与量を調整しますが、微調整がうまく行かない場合、脳出血や消化管出血などの重大な副作用につながります。また、多量のワルファリンが必要な患者の場合は、適切な投与量に到達するまでに長期間かかることもあり、その間に血栓ができる、というリスクを抱えることになります。
一方、これまでの研究から、ワルファリンの効きやすさに関連する遺伝子として、VKORC1やCYP2C9が発見されています。VKORC1は、ビタミンK依存性の血液凝固因子(プロトロンビン、第Ⅹ因子など)の活性化に必要な還元型ビタミンKを生成し、ワルファリンはVKORC1を阻害することで抗凝固作用を発揮します。また、CYP2C9はワルファリンを分解する主代謝酵素であり、経口投与されたワルファリンが消化管から吸収された後、肝臓に存在するCYP2C9によって7-水酸化体に代謝されて抗凝固活性を失います。2009年に共同研究チームは、世界中から約5000人分のデータを収集し、CYP2C9とVKORC1の遺伝子多型情報と、年齢、身長、体重、人種などの情報を基に計算式を構築し、各人種のワルファリンの適切な投与量を予測することに成功しています。しかし、アフリカ人における投与量の予測精度は欧米人やアジア人に比べて低いものでした。
研究手法と成果
共同研究チームは、アフリカ系米国人のワルファリン投与患者533人について、全ゲノム上の約60万カ所のSNPを対象としたジェノタイピングによるゲノムワイド関連解析(GWAS)を実施しました。その結果、新たに第10番染色体に位置するSNP(rs12777823)が、アフリカ系米国人のワルファリンの効きやすさに関連していることを発見しました。このSNPにおいて、アデニン(A)を2つ持っているAA型やアデニンの1つがグアニン(G)に変化したAG型の患者では、それぞれ1週間あたり9.34mgと6.92mgのワルファリンの減量が必要であることが示されました(図1)。そして、この新規SNPの情報をワルファリンの適切な投与量の計算式に組み込むことで、計算式の精度は21%改善されました。
rs12777823の近傍には、ワルファリンの主代謝酵素であるCYP2C9をはじめ、CYP2C19、CYP2C8、CYP2C18などの重要な薬物代謝酵素遺伝子が存在することから、rs12777823はこれらの遺伝子の働きに影響することが想定されました。そこで、ワルファリンの薬物動態解析を行ったところ、AG型とAA型の患者の経口クリアランス(ある一定の時間に薬物が代謝・排泄される量。小さいと代謝活性が低く血中濃度は高くなる)は、それぞれGG型に対して77%と67%でありました。つまり、rs12777823においてアデニンを持つ患者は、肝臓におけるワルファリンの代謝活性が低いため、血中ワルファリン濃度が高くなる結果、投与するワルファリン量は少なくて済むと考えられます。
今後の期待
今回発見した新規SNPの情報を組み込んだワルファリンの投与量の計算式を用いることにより、ワルファリンを個人にあった適切な量で投与できるようになります。出血性の副作用の回避や個人個人に最適なワルファリン療法の確立に向けた有用な成果といえます。
原論文情報
- Minoli A Perera et al. “Genetic variants associated with warfarin dose in African-American individuals: a genome-wide association study”. Lancet, Published online June 5, 2013, doi: 10.1016/S0140-6736(13)60681-9
発表者
理化学研究所
統合生命医科学研究センター ファーマコゲノミクス研究グループ
グループディレクター 莚田 泰誠 (むしろだ たいせい)
お問い合わせ先
統合生命医科学研究推進室
金子 明義(かねこ あきよし)
Tel: 045-503-9121 / Fax: 045-503-9113
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.一塩基多型(SNP)
ヒトゲノムは、約30億塩基対からなるとされているが、一人ひとりを比較するとその塩基配列には違いがある。このうち、集団内で1%以上の頻度で認められる塩基配列の違いを多型と呼ぶ。遺伝子多型で最も数が多いのは一塩基の違いであるSNPである。遺伝子多型による塩基配列の違いは、遺伝子産物であるタンパク質の量的または質的変化を引き起こし、病気へのかかりやすさや医薬品への応答性、副作用の強さなどに影響を及ぼす。 - 2.米国国立衛生研究所(NIH)薬理遺伝学研究ネットワーク(PGRN)
NIHは1887年に設立された合衆国で最も古い医学研究の拠点機関であり、米国保健社会福祉省(United States Department of Health and Human Services:HHS)傘下にあって、27の研究所やセンターから構成される、基礎から臨床までの広範囲な医学研究を実施または資金援助する機関。NIH所属の3研究機関(国立一般医学研究所、国立がん研究所、国立心臓・肺・血液研究所)が関与する研究グループの連合体がPGRNである。体内における薬剤の作用や薬物動態と個人ごとの遺伝子の相違との関係について研究を行い、その研究成果を臨床に応用することを目的としている。PGRNの研究者は米国とカナダの研究機関から指名される。 - 3.国際薬理遺伝学研究連合(GAP)
理化学研究所 統合生命医科学研究センター(当時、ゲノム医科学研究センター)と米国国立衛生研究所薬理遺伝学研究ネットワークおよびNIH所属の3研究機関(国立一般医学研究所:NIGMS、国立がん研究所:NCI、国立心臓・肺・血液研究所:NHLBI)が、2008年4月に創設した国際研究連合。 - 4.ゲノムワイド関連解析(GWAS)
遺伝子多型を用いて疾患と関連する遺伝子を見つける方法の1つ。ある疾患の患者(ケース群)とその疾患にかかっていない被験者(コントロール群)との間で、遺伝子型の頻度に差があるかどうかを統計的に検定して調べる。ヒトゲノム全体を網羅するような45万~100万カ所のSNPを用いて、ゲノム全体から疾患や薬の効果や副作用と関連する領域・遺伝子を発見することができる。
図1 AA型とAG型それぞれの患者の1週間あたりに必要なワルファリンの減量