ポイント
- 光照射で相転移を起こす強相関電子系酸化物と半導体を接合した太陽電池を作製
- 金属と絶縁体の相競合状態をヘテロ接合界面のごく近くで誘起することに成功
- 界面での相競合状態を磁場を使うことで観測可能に
要旨
理化学研究所(理研、野依良治理事長)と東京大学(濱田純一総長)は、強相関電子系[1]酸化物と半導体という異種材料のヘテロ接合[2]の界面に相競合状態[3]を持たせた太陽電池を作製し、強相関電子系酸化物の化学組成などを調整すると、磁場によって太陽電池の光電変換効率を変化可能であることを発見しました。また、このような磁場依存性を示す接合は、それ以外の接合に比べ光電変換効率が高いことを明らかにしました。これは、理研創発物性科学研究センター(十倉好紀センター長)強相関界面研究グループの川﨑雅司グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、盛志高研究員、中村優男上級研究員、牧野哲征研究員と、強相関理論研究グループの小椎八重航上級研究員らの共同研究グループによる成果です。
遷移金属酸化物などの強相関電子系で現れる電子状態の1つである電荷整列状態[4]では、クーロン相互作用[5]によって電荷同士が反発し合い、格子状に電荷が整列して動かなくなるため絶縁体となります。電荷整列絶縁体に光を照射すると、止まっていた電荷が一斉に動き出して金属化します。光による絶縁体相から金属相への相転移の過程では、1つの光子が複数の電荷を励起する多重キャリア生成[6]が起きています。次世代太陽電池として注目されている強相関太陽電池では、この現象による光電変換効率の飛躍的な向上が期待されています。そこで共同研究グループは、太陽電池と同様のヘテロ接合界面で、光照射による絶縁体相から金属相への相転移を起こすことを目指しました。
共同研究グループは、光照射で相転移を起こす代表的な物質「ペロブスカイト型マンガン酸化物[7]」と半導体を接合した太陽電池を作製し、その特性を調べました。格子歪みや化学組成の異なる数種類の接合をつくり、磁場中で太陽電池特性を測定した結果、格子が界面に平行な面内で異方的(特定の方向に依存すること)に歪み、組成が[La0.7Sr0.3MnO3]のペロブスカイト型マンガン酸化物を用いた接合で、光電変換効率が磁場によって大きく向上しました。この結果は、接合界面に相競合状態が誘起されていることを示唆しています。さらに、大きな磁場依存性を示す接合では、磁場依存性をほとんど示さない接合に比べて、大きな短絡電流密度[8]が観測されました。これは、接合界面近くで局所的な光照射による相転移が起こり、多重キャリア生成によって光電流が増幅していると考えられ、強相関太陽電池の実現に近づく重要な結果といえます。本研究成果は英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(8月1日付け、日本時間8月1日)に掲載されます。
背景
強相関電子系は、多くの電子が高密度に詰め込まれて強く相互作用している電子集団です。強相関電子系で現れる電荷整列状態では、電荷が大量に存在しているため本来は金属となるはずの物質であっても、クーロン相互作用によって電荷同士が反発し合い、格子状に電荷が整列して動かなくなってしまう絶縁体状態を示します(図1)。これはいわば氷のような状態です。このような絶縁体に光を照射すると、氷が解けて水になるように、止まっていた電荷が一斉に動き出して金属となることがしばしば起きます。特に、絶縁体の状態と金属の状態がエネルギー的に拮抗して「相競合状態」になっているときに、光照射による相転移が最も起こりやすくなることが知られています。
近年の光照射による相転移の研究で、光子のエネルギーが絶縁体のバンドギャップ[9]よりも2倍以上大きい場合には、1つの光子が複数の電荷を励起して、止まった状態の電荷を動き回れる状態に変えていることが明らかになってきました(図1)。これは、半導体の量子ドット[10]で観測されている多重キャリア生成と呼ばれる現象と類似の現象と考えられます。現在の太陽電池では、バンドギャップを超える光子エネルギーは熱として捨てられてしまいますが、多重キャリア生成を用いるとバンドギャップ以上の光子エネルギーを新たな電荷の生成に有効利用できます。これが、次世代太陽電池として期待されている強相関太陽電池で光電変換効率を大幅に上昇させるための重要な原理の1つになると考えられています。
一般に太陽電池は異なる物質同士を接合させた素子構造をしており、その接合界面に自発的に生じる内部電界を利用して、光で励起された電子正孔対を空間分離し、電流に変換しています。従って、電荷整列絶縁体での多重キャリア生成を太陽電池構造で効率良く起こすためには、相競合状態を接合界面のごく近くで実現する必要があります。しかし通常は、界面の電子状態と物質内部の電子状態は大きく異なるため、物質内部で相競合状態が起きていても界面で同様の状態が実現されるとは限りません。また、界面での相競合状態をどのようにして観測するかも難しい問題となっていました。
研究手法と成果
共同研究グループは、絶縁体と金属の相競合状態を示す代表的な物質「ペロブスカイト型マンガン酸化物」と半導体をヘテロ接合した太陽電池を作製し、その特性を調べました。ペロブスカイト型マンガン酸化物では、化学組成や格子歪みを変えることで、バンド幅[11]を変化させることができます。バンド幅が広いときは金属、狭いときは電荷整列絶縁体となります。本研究では、バンド幅が広く金属相の[La0.7Sr0.3MnO3(LSMO)]と、バンド幅がちょうど中間で金属相と絶縁体相が拮抗している[Pr0.55(Ca0.7Sr0.3)0.45MnO3(PCSMO)]の2つの組成のペロブスカイト型マンガン酸化物を比較しました。また、格子歪みだけの違いの影響を調べるために、結晶面の異なる2つのヘテロ接合を作製しました。図2に示すように、(001)面での接合[(001)接合]では界面に平行な面内で等方的(特定の方向に依存しないこと)に、(110)面での接合[(110)接合]では異方的に格子が歪みます。
ペロブスカイト型マンガン酸化物の相競合状態は、磁場に対して非常に敏感に変化するため、接合界面での相競合状態の検出に磁場を用いました。つまり、磁場によって光電変換効率や短絡電流密度といった太陽電池特性が変化すれば、接合界面で相競合状態が実現していると考えることができます。実験では、LSMO(001)接合、LSMO(110)接合、PCSMO(110)接合の3つの太陽電池特性を調べました(図3)。その結果、LSMO(001)接合、PCSMO(110)接合では、磁場をかけても太陽電池特性がほとんど変化しませんでした。これは、LSMO(001)接合では物質内部と同様に界面も金属状態が安定であるため磁場依存性を示さず、PCSMO(110)接合では物質内部は相競合状態ですが、界面は電荷整列状態が強く安定化して磁場に応答しなくなっていると考えられます。一方、LSMO(110)接合では、6テスラの磁場によって短絡電流密度が磁場をかけないときに比べて12%増加しました。一般的な半導体接合では磁場によってこのように太陽電池特性が変化することはありません。従って、この結果は接合界面近くのマンガン酸化物が相競合状態になり、磁場により電子状態が変化していることを強く示唆しています。
さらに3つの接合の短絡電流密度を比較したところ、大きな磁場依存性を示したLSMO(110)接合での短絡電流密度が最も大きいことが分かりました。この結果から推測される、界面近くのバンドギャップと光電流の大きさの関係を示したものが図4です。この概念図は、LSMO(001)接合のように界面のバンドギャップが小さく金属状態が安定であっても、逆にPCSMO(110)接合のようにバンドギャップが開きすぎて電荷整列状態が安定であっても光電流は減少していまい、その中間のバンドギャップサイズのときに相競合状態が実現されて、高い太陽電池特性が現れることを示しています。相競合状態では、光子が当たった場所の近くで局所的に光照射による相転移が起きており、これが多重キャリア生成を誘起して光電流の増幅につながっていると考えられます。
今後の期待
今回の成果によって、強相関電子系と半導体の接合界面ごく近くで相競合状態を誘起することで、太陽電池特性が向上することが明らかになりました。また、界面での相競合状態を実現する上で、化学組成の最適化に加えて、接合を作る結晶面を適切に選ぶことが重要であることも明らかになりました。今後は、得られた知見をもとに、さらに効率よく多重キャリア生成を起こせるように材料や素子構造を改良することによって、強相関太陽電池の実現につながると期待できます。
原論文情報
- "Magneto-tunable photocurrent in manganite based heterojunctions"
Z. G. Sheng, M. Nakamura, W. Koshibae, T. Makino, Y. Tokura, and M. Kawasaki,
Nature Communications, 2014, doi: 10.1038/ncomms5584
発表者
理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関物理部門 強相関界面研究グループ
グループディレクター 川﨑 雅司(かわさき まさし)
上級研究員 中村 優男(なかむら まさお)
お問い合わせ先
創発物性科学研究推進室 広報担当
Tel: 048-467-9528 / Fax: 048-467-8048
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
補足説明
- 1.強相関電子系
物質中の電子間に働く有効なクーロン相互作用が強い物質。多くの遷移金属酸化物はこの系に属する。この系では、1電子近似は成り立たず、多体効果が強く働く。 - 2.ヘテロ接合
異なる性質を持つ物質の接合。一般的に、バンドギャップなどの電子構造は異なるが、結晶構造や格子定数は近い物質同士の接合を指す。 - 3.相競合状態
物質中において、電荷やスピン、軌道などの秩序状態が異なる複数の電子相が、エネルギー的にほぼ同じ安定度を持っている状態。このような状態では、小さな外部刺激によって電子相を変化させることができる。 - 4.電荷整列状態
電荷が大量に存在しているため本来は金属となるはずの物質で、近接する電荷間の強いクーロン相互作用の結果、格子状に電荷が整列して動かなくなってしまう絶縁体状態を指す。 - 5.クーロン相互利用
荷電粒子間に働く相互作用力。電荷間の距離に反比例し、同符号の電荷間では斥力が、異なる符号の電荷間では引力が働く。 - 6.多重キャリア生成
光子のエネルギーがエネルギーギャップよりもずっと大きいときに、1つの光子から複数の電子正孔対が生成される現象。半導体の量子ドットにおける多重キャリア生成では、高エネルギー状態の励起子が緩和する際に逆オージェ効果で別の励起子が生成される。 - 7.ペロブスカイト型マンガン酸化物
ペロブスカイト構造と呼ばれる結晶構造を持つマンガン酸化物。化学組成は一般的に、 R1-x AxMnO3( Rはランタノイド、 Aはアルカリ土類金属)の形で表される。 - 8.短絡電流密度
太陽電池において、上部電極と下部電極を短絡させた時に生じる電流を、受光面積で割ったもの。 - 9.バンドギャップ
原子が多数集まった物質では、電子の存在できるエネルギー準位は離散的なエネルギー帯(エネルギーバンド)となる。このエネルギー帯の間の電子が存在できない領域をバンドギャップと呼ぶ。一般的には、半導体や絶縁体において、電子の詰まった最も高いエネルギー帯(価電子帯)の頂上と、その上の空いているエネルギー帯(伝導帯)の底のエネルギー差のことを指す。 - 10.量子ドット
主に半導体などから成る数ナノメートルサイズの微結晶。電荷や励起子が狭い空間に閉じ込められるため、エネルギー準位が離散的になるなどの量子サイズ効果が現れる。 - 11.バンド幅
物質において離散的に存在するエネルギー帯の幅。
図1 ペロブスカイト型マンガン酸化物で現れる電荷整列状態と多重キャリア生成
電荷整列状態では、電荷が大量に存在しているため本来は金属となるはずの物質が、クーロン相互作用によって電荷同士が反発し合い、格子状に電荷が整列して動かなくなってしまい絶縁体となる。このような絶縁体に光を照射すると、止まっていた電荷が一斉に動き出して金属へと相転移する。これは、半導体の量子ドットで観測されている多重キャリア生成と呼ばれる現象と類似の現象と考えられている。
図2 (001)接合と(110)接合でペロブスカイト型マンガン酸化物に生じる格子歪み
- 左: (001)接合。界面に平行な面内で等方的に格子が歪む。
- 右: (110)接合。界面に平行な面内で異方的に格子が歪む。
図3 LSMO(001)接合、LSMO(110)接合、PCSMO(110)接合の電流電圧特性
LSMO(001)接合、LSMO(110)接合、PCSMO(110)接合の光照射なし、および光照射下での電流電圧特性を調べた結果。LSMO(001)とPCSMO(110)接合では、磁場をかけても太陽電池特性がほとんど変化しなかった。しかし、LSMO(110)接合では、6テスラ(T)の磁場を加えた場合、0テスラのときに比べて短絡電流密度が12%増加した。光照射下では、0、3、6テスラの磁場を加えて測定。
図4 接合界面近くでのマンガン酸化物のエネルギーギャップと光電流の大きさの関係
LSMO(001)接合のようにバンドギャップが小さすぎて金属相が安定でも、逆にPCSMO(110)接合のようにバンドギャップが大きすぎて電荷整列相が安定でも、光電流は小さくなる。LSMO(110)接合のように中間のバンドギャップサイズで相競合状態が実現すると磁場に対する変化が現れ、同時に光電流が増大する。多重キャリア生成を起こすためには、このような適度なバンドギャップを界面で実現することが重要となる。