要旨
理化学研究所(理研)仁科加速器研究センター望月雪氷宇宙科学研究ユニットの高橋和也専任研究員、望月優子研究ユニットリーダーらの共同研究グループ※は、南極大陸内陸部にある日本のドームふじ基地[1]で2001年に掘削された過去約1300年分のさまざま成分を含むアイスコア[2]のイオン濃度を1年刻みで詳細に分析し、その化学的特徴を明らかにしました。その結果、成層圏由来成分の存在や大規模気象擾乱(じょうらん)の痕跡を発見しました。
ドームふじ基地周辺には3,000mを超える厚さの氷(氷床)が堆積しています。氷床は降雪が深さ方向に積み重なったもので、過去の気候変動や環境変動に関する情報がさまざまな形で含まれています。ドームふじアイスコアの深さ約85mまでの浅層部分は、人類の歴史的記録が残る過去約2000年分に相当します。アイスコアから得た情報と歴史的記録とを対比させることができれば、自然現象や人類活動が気候変動、環境変動に与えた影響を評価できると期待されています。
今回、共同研究グループはドームふじアイスコアの深さ65mから7.7m(西暦600年頃から1900年頃に対応)までの範囲を約1年刻み(3~4cm)で切断し、1,435個のアイスコア試料を作製しました。そして、試料中に含まれる10種類の陰イオンと5種類の陽イオンの濃度を測定しました。その結果、アイスコア試料の平均的な化学組成は海塩[3]とは全く異なり、対流圏[4](地表~約8km)に由来する物質だけでなく、成層圏[5](地上約8km~約50km)由来の物質が多く混入していることが分かりました。また、ナトリウムイオン(Na+)と塩化物イオン(Cl-)の濃度が高い一部の試料では、その濃度比が海塩にほぼ等しいことが分かりました。これは、沿海部から内陸のドームふじ基地周辺にまで海塩由来の物質をもたらす、内陸への低気圧の侵入などの大規模な気象擾乱が過去約1300年の間に突発的に少なくても数回発生したことを示唆しています。
本成果は、今後、過去の気候・環境の歴史の復元や成層圏の情報を調べる上での重要な基本データとなります。
本成果は、専門誌『Geochemical Journal』電子版(2月24日付)に掲載されました。本研究は、内閣府総合科学技術・イノベーション会議による最先端・次世代研究開発支援プログラム(課題番号 GR098)、科学研究費補助金(基盤研究(A))(課題番号 22244015)の支援を受けて行われました。
※共同研究グループ
理化学研究所 仁科加速器研究センター 望月雪氷宇宙科学研究ユニット
研究ユニットリーダー 望月 優子(もちづき ゆうこ)
専任研究員 高橋 和也(たかはし かずや)
専任研究員 中井 陽一(なかい よういち)
国立極地研究所
教授 本山 秀明(もとやま ひであき)
信州大学 理学部
教授 鈴木 啓助(すずき けいすけ)
北海道大学 低温科学研究所
助教 飯塚 芳徳(いいづか よしのり)
背景
南極の内陸部は、平均で2,000mを超す厚みの氷床となっています。氷床は降雪が深さ方向に積み重なったもので、過去の気候変動や環境変動を知る情報がさまざまな形で含まれています。南極の内陸部にある日本のドームふじ基地(図1)周辺では3,000mを超すアイスコア(氷床を垂直に掘り出した柱状の氷の試料)が掘削され、72万年前までさかのぼり、100年から1万年刻みで気候の歴史を復元する研究が行われています。
一方、ドームふじアイスコアの深さ約85mまでの浅層部分は、人類の歴史的記録が残る過去約2000年に相当する気候変動や環境変動の情報を含んでいます。これまでドームふじアイスコアでは、1年といった細かい時間刻みでの解析は系統的には行われてきませんでした。1年刻みで詳細に分析すると、従来の時間分解能では見えなかった化学的特徴を明らかにでき、過去の気候変動や環境変動を解析する上での重要な情報を得られます。特に、浅層部分のアイスコアに関しては人類の歴史的記録と対比できるため、自然現象や人類活動が気候変動や環境変動に与えた影響を評価できると期待されています。
研究手法と成果
2001年、ドームふじ基地で長さ122mの浅層アイスコア(DF01アイスコア)が掘削されました。今回、共同研究グループはこのアイスコアの深さ65mから7.7m(西暦600年頃から1900年頃までに対応)までの範囲を1年刻み(3cm~4cm)で切断し(図2)、化学的汚染を防ぐため表面を削り、1,435個のアイスコア試料を作製しました。そして、高感度かつ処理能力の高いイオンクロマトグラフィー[6]装置を用いて、10種の陰イオン(HCOO-、CH3COO-、CH3SO3-、F-、Cl-、NO2-、NO3-、SO42-、C2O42-、PO43-)と5種の陽イオン(Na+、K+、Mg2+、Ca2+、NH4+)の濃度を測定精度5%以内で分析しました。
その結果、1,435個の試料全ての分析データを平均した化学組成(浅層アイスコア全体の平均的な化学組成)は、海水に由来する海塩(海水が蒸発してできる粒子)の成分と全く異なることが分かりました(図3)。これは、ドームふじ基地周辺の雪に含まれる物質には、大気中を沿海部から内陸に運ばれてきた海塩など、対流圏(地表~約8km)に由来する物質だけでなく、成層圏(地上約8km~約50km)由来の物質が多く混入していることを示しています。
1980年代後半、日本の南極地域観測隊が現在のドームふじ基地のある地域の表面付近の雪を採取し、分析しました。その結果、表面付近の雪の化学組成が海塩と異なることが報告され、成層圏由来の成分の存在が示唆されました。従って25年前に示唆されたことが、今回、アイスコアを用いた1300年にわたる時間スケールの系統的な分析により高い信頼度で確認できたことになります。
次に、分析した各種イオンの濃度を深さ方向にプロットしました。その結果、ナトリウムイオン(Na+)と塩化物イオン(Cl-)が同期して、濃度が非常に高くなっている試料が数個見つかりました(図4)。大半の試料のNa+とCl-の濃度比は海塩と異なっていましたが、それら試料の濃度比は海塩と等しいものでした(図5)。これは、沿海部から内陸部に直接、海塩成分を含む気流が流れ込む規模の大きな気象擾乱(内陸への非常に大きな低気圧の侵入など)が過去1300年の間に突発的に少なくても数回発生したことを示しています。このような気象擾乱が、どのような原因で起きるのかという問題は今後解明すべき事象です。
さらに、これまでの研究で共存する異なるイオン種間の相互作用により、堆積後にアイスコア中でイオン濃度の変化が起きることが示唆されていましたが、実際にイオン濃度の変化を確認しました。例えば、陰イオンの硫酸イオン(SO42-)の濃度が高い場所では、共存している同じ陰イオンの塩化物イオン(Cl-)が別の場所に移動し、その濃度が低くなるなどの変化が起きていました。
今後の期待
本研究は、1年刻みという高時間分解能かつ高精度な分析を行うことで、従来の研究で示唆されていた成層圏由来成分の存在や規模の大きな気象擾乱の痕跡などを明らかにしました。また今後、ドームふじアイスコアを用いて過去の気候・環境の歴史の復元、さらに太陽活動や宇宙線の影響など成層圏の情報を調べる上での重要な基本データを得ることができました。
現在、共同研究グループはアイスコア分析の高速化・自動化を進めています。今後は、大量の試料のイオンおよび同位体[7]の解析を1年刻みもしくはそれ以下の時間分解能で行うことにより、地球や地球を取り巻く宇宙の環境について新しい知見が得られると期待できます。
原論文情報
- Yuko Motizuki, Hideaki Motoyama, Yoichi Nakai, Keisuke Suzuki, Yoshinori Iizuka, and Kazuya Takahashi, "Overview of the chemical composition and characteristics of Na+ and Cl- distributions in shallow samples from Antarctic ice core DF01 (Dome Fuji) drilled in 2001", Geochemical Journal, doi:10.2343/geochemj.2.0458
発表者
理化学研究所
仁科加速器研究センター 望月雪氷宇宙科学研究ユニット
専任研究員 高橋 和也(たかはし かずや)
研究ユニットリーダー 望月 優子(もちづき ゆうこ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
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補足説明
- 1.ドームふじ基地
南極大陸の内陸に位置する日本の掘削基地。南緯77度19分、東経39度42分、標高3,810mに位置する。年平均気温は-54.4℃。南極地域観測事業の「第2期ドームふじ観測計画」により、2007年に3,035mのアイスコアの掘削に成功した。このアイスコアの解析から過去72万年間にわたる気候変動が明らかになっている。本研究で分析した浅層部分のアイスコアは、この72万年にわたる深層コアの(同じ掘削孔の)上層部に相当する。 - 2.アイスコア
南極やグリーンランドの氷床を垂直に掘り出した柱状の氷の試料。その成分を測定することにより、過去の気候変動や環境変動の歴史の復元や原因の特定ができる。 - 3.海塩
海水が蒸発してできる粒子。海の波浪によって生じるしぶきが蒸発して塩分だけが残った粒子を海塩粒子といい、大気中に浮遊する微粒子(エアロゾル)の一種として存在している。 - 4.対流圏
地表から高度約10kmまでの領域を指す。ただし、成層圏と対流圏の境界は極域では8kmくらいまで低くなり、逆に赤道域では17km付近まで高くなることが知られている。 - 5.成層圏
高度約10kmから約50kmまでの領域を指す。ただし、南極大陸など高緯度の地域では成層圏と対流圏との境界は8km程度と低い。ドームふじ基地は海抜3,810mにあり、成層圏との高度差は4km強しかなく、1960年代に行われた大気圏内核実験により生じたトリチウム(3H:半減期約12年)の存在量の多さや空気の流れからみても、成層圏の影響を強く受けている可能性が以前から指摘されていた。 - 6.イオンクロマトグラフィー
主として水溶液に溶けているイオンを分離しながら分析する手法。イオンの種類を識別し、微量な濃度を測定できる。測定限界は0.5μg/ L程度。 - 7.同位体
同じ元素であって、質量数(陽子数+中性子数)が異なる原子のこと。例えば、酸素(原子番号8)の場合、質量数が16、17、18の三つの同位体が天然に安定に存在している。
図1 南極大陸とドームふじ基地の位置
ドームふじ基地は、昭和基地から約1,000km離れた南極大陸内陸の南緯77度19分01秒、東経39度42分12秒、標高3,810mに位置する。ドームふじ基地近傍は、南極大陸で最も成層圏からの大気の沈降の割合が大きい場所である。
図2 アイスコアのサンプリング
国立極地研究所の低温室(-30℃)において、ドームふじ基地で掘削された長さ122mの浅層アイスコアから研究試料を作製。写真はコアを切断する前、形状記録をしている様子。
図3 ドームふじ基地で掘削された浅層アイスコアと海塩の化学組成
DF01アイスコア(7.7m~65m)の平均化学組成(a)と海水に由来する海塩の化学組成(b)との比較を表す。海塩の化学組成はナトリウムイオン(Na+)と塩化物イオン(Cl-)がほとんどを占めるが、アイスコアには多くの種類のイオンが含まれており、化学組成が全く異なることが分かる。それぞれのイオンの量はモル当量(物質量(モル)濃度に価数をかけたもの)を用いた濃度(Eq/L)で表している。モル当量は、化学反応における原子、分子同士の量的な関係を表す際に使用され、水溶液中のイオンの陰イオンと陽イオンのバランスや反応を調べる上で便利なため、化学組成を表す上でよく用いられる。
図4 DF01アイスコア中の深さ方向に対するナトリウムイオンと塩化物イオンの濃度
DF01アイスコア中のナトリウムイオン(Na+)と塩化物イオン(Cl-)を、深さ方向に時間分解能1年でプロットした。矢印(黒)で示したように、Na+とCl-が同期して高濃度のピークを形成している試料があり、その濃度比は海塩と同じだった。
図5 DF01アイスコア中のナトリウムイオンと塩化物イオンの相関図
ほとんどの試料(灰色の丸)は、塩化物イオン(Cl-)濃度が50μg/L付近かつナトリウムイオン(Na+)濃度が0-60μg/L付近にかたまる。しかし、これらから外れて海塩の組成比(Cl-/Na+=1.8)を示す赤色の点線上に分布する試料(大きな赤丸)が見つかった。これらが図4の黒矢印の試料に対応する。1μgは100万分の1グラム。