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2022年6月2日

理化学研究所

炎症性腸疾患における漢方「大建中湯」の作用機構を解明

-漢方の効能が科学的に明らかに-

理化学研究所(理研)生命医科学研究センター粘膜システム研究チームの石箏箏大学院生リサーチ・アソシエイト、佐藤尚子専任研究員、大野博司チームリーダーらの研究チームは、マウスを用いて炎症性腸疾患[1]における漢方「大建中湯」の大腸での働きを科学的に解明しました。

本研究成果は、漢方「大建中湯」の効能を最大限に生かし、炎症性腸疾患のより効果的で効率的な治療につながると期待できます。

漢方「大建中湯」は、胃腸の調子を整える場合や大腸がん手術後の腸閉塞の予防・改善のための薬として広く用いられています。

今回、研究チームは、大建中湯が大腸において特定の腸内フローラ(腸内細菌叢)の増加を促し、そのフローラにより産生される代謝物プロピオン酸[2]が大腸上皮を介して免疫細胞の一つである3型自然リンパ球(ILC3)[3]に作用することで大腸を健全に保ち、炎症から腸管を保護するメカニズムを明らかにしました。

本研究は、オンライン科学雑誌『Frontiers in Immunology』(6月2日付)に掲載されました。

背景

漢方は奈良時代に中国から日本に伝えられた伝統医学をもとに、日本の風土に合った独自の発展を遂げ、現在ではさまざまな疾患の予防・治療に用いられています。漢方は、一般的に薬局で購入できる身近な医薬品の一つですが、臨床の現場でも広く使用されています。特に、大建中湯は消化管疾患の予防・治療のほかに、大腸がん手術後の腸閉塞予防や、炎症性腸疾患および集中治療中の患者の胃腸の働きを助ける目的でも使用されています。しかし、これまで医療従事者が大建中湯の効能を実感することはあっても、その作用メカニズムはほとんど明らかになっていませんでした。

炎症性腸疾患は国の難病指定を受けている疾患で、日本でも4万人以上の患者が存在し、さらに増加の一途をたどっています。炎症性腸疾患の原因には、遺伝的背景や環境による外的要因だけでなく、食事の欧米化による腸内フローラ(腸内細菌叢)の影響も指摘されていますが、詳細はまだ明らかになっていません。

自然リンパ球は2008年に初めて発見された免疫を担当するリンパ球の一つですが、抗原に対する受容体を持たないため自然免疫[4]を担当します。自然リンパ球(ILC)[3]はその役割により三つに分類されますが、その中でも3型自然リンパ球(ILC3)は腸管バリア機能を亢進させることで、腸内環境を至適な状態に保つために重要であることが知られています。しかし、ILCと漢方との関係性はこれまで分かっていませんでした。

研究手法と成果

研究チームは、炎症性腸疾患のモデルマウスにヒトに処方される量と等量の大建中湯(DKT)を経口投与し、大腸における腸内フローラの変化や産生される代謝物と免疫応答を解析しました。

炎症性腸疾患のモデルマウスとして、デキストラン硫酸ナトリウム塩(Dextran Sodium Sulfate;DSS)を自由飲水させることで大腸に炎症が生じたマウス(炎症誘導マウス)を用いました。この炎症誘導マウスは、大腸の炎症と免疫応答の関係性が実際のヒト炎症性腸疾患と類似しています。5日間デキストラン硫酸ナトリウム塩を与えて、体重の変化を調べたところ、炎症誘導マウス群(DSS)では重篤な下痢症状と体重の大幅な減少が見られましたが、あらかじめ大建中湯をエサに添加し投与した炎症誘導マウス群(DSS+DKT)では下痢の症状が緩和されただけでなく、体重減少も抑制されました(図1)。

大建中湯投与による体重減少の緩和の図

図1 大建中湯投与による体重減少の緩和

マウスに、7~12日目に2.5%デキストラン硫酸ナトリウム塩を自由飲水させた炎症誘導マウス群(DSS)とあらかじめ大建中湯を添加したエサを投与した炎症誘導マウス群(DSS+DKT)で、体重と下痢症状を比較した。DSSでは体重が大幅に減少したが、DSS+DKTでは体重の減少が抑制された。コントロール群として、通常食マウス群(Control)と大建中湯を添加したエサを投与したマウス群(DKT)を用いた。

これまでの報告により、炎症性腸疾患と腸内フローラの影響が指摘されていたことから、それぞれのマウス群の糞便の網羅的細菌叢解析[5]を行いました。その結果、炎症誘導マウス群(DSS)では、ディスバイオシス[6]という腸内フローラの多様性が低下した状態を呈していましたが、大建中湯を投与した炎症誘導マウス群(DSS+DKT)ではディスバイオシスが改善され、コントロール群と近い腸内フローラが健康な細菌叢構成に近づいていました(図2左)。また、大建中湯を投与した炎症誘導マウス群(DSS+DKT)では、炎症誘導マウス群(DSS)と比較してFirmicutes[7]の細菌が著しく維持されており、さらに増加したFirmicutes門はLactobacillus[7]であることが分かりました(図2右)。以上より、炎症状態では大建中湯がLactobacillus属を増加させることで、腸内環境の改善に寄与していることが分かりました。

大建中湯投与による細菌叢多様性の改善とLactobacillus属増加の図

図2 大建中湯投与による細菌叢多様性の改善とLactobacillus属増加

  • (左)炎症誘導マウス群(DSS)ではディスバイオシスを引き起こし、Firmicutes門の細菌(紫)が減少しているが、大建中湯投与炎症誘導マウス(DSS+DKT)ではFirmicutes門の割合が健康なコントロ-ル群(Control、DKT)と同様の割合まで増加している。
  • (右)このFirmicutes門の細菌はLactobacillus属であった。

近年、細菌叢が代謝する代謝物が直接または間接的に免疫応答に影響を与えることが報告されています。そこで、それぞれのマウス群の糞便における代謝物を解析したところ、大建中湯を投与した炎症誘導マウス群(DSS+DKT)ではプロピオン酸が有意に増加していることも分かりました。

炎症性腸疾患は免疫応答の破綻により発症することが知られているため、次に大腸においてこれら細菌叢と代謝物の影響を受ける免疫応答を調べました。フローサイトメトリー[8]を用いて、大腸のリンパ球の細胞分布と細胞数を解析したところ、大建中湯を投与した炎症誘導マウス群(DSS+DKT)ではサイトカイン[9]の一つであるインターロイキン-22(IL-22)[9]を多く産生する3型自然リンパ球(ILC3)が増加していました。

ILC3には少なくとも三つの種類があることが知られています。そこで、どのILC3が大建中湯の影響を受けるのかを調べたところ、リンパ組織誘導性ILC3(LTi-ILC3)[10]が特異的に増加することが分かりました。そして、大建中湯の投与により増加するLTi-ILC3は、プロピオン酸受容体(GPR43)を強く発現していました。加えて、このILC3を特異的に欠損した炎症誘導マウスでは、大建中湯を投与しても体重と炎症症状の緩和が低かったことにより、大腸における大建中湯とLTi-ILC3の関係性が確認されました。

以上の結果から、炎症誘導マウスに大建中湯を投与すると、Lactobacillus属の細菌が増加し、代謝物のプロピオン酸の産生が上昇する、そのプロピオン酸からの刺激により増加したLTi-ILC3が大腸上皮に作用して、大腸の組織修復・防御に働くことが明らかになりました(図3)。

漢方「大建中湯」による大腸内の腸管防御の図

図3 漢方「大建中湯」による大腸内の腸管防御

炎症性腸疾患により上皮細胞がダメージを受けディスバイオシスも生じている大腸(左)に、大建中湯を投与するとLactobacillus属の細菌が増加して、代謝物プロピオン酸の産生が上昇する(右)。大腸粘膜固有層では、ILC3(LTi-ILC3)がプロピオン酸受容体であるGPR43発現を増加させて、IL-22産生を亢進し、大腸の恒常性を維持する(右)。

今後の期待

これまで、医療の現場で医療従事者が漢方の効果を実感しているものの、その作用メカニズムが明らかになっていなかったために、使用用途は医療従事者の経験に基づく判断でしか処方できていませんでした。大建中湯は胃腸の動きを助ける目的からさまざまな患者に処方されていますが、今回の発見により作用メカニズムを理解した上で大建中湯の効果を最大限に生かし、臨床所見に応じた適切な処方が可能になるものと期待できます。

補足説明

  • 1.炎症性腸疾患
    免疫機構が異常をきたし、腸の組織・細胞が攻撃されることで炎症が生じる疾患。下痢や血便、腹痛などの症状を伴うが、主に潰瘍性大腸炎とクローン病の2種類に分けられる。日本でも年々患者数が増加しており難病指定されている。
  • 2.プロピオン酸
    炭素数3の飽和脂肪酸で短鎖脂肪酸の一つ。腸内では、細菌が食物中のセルロースやヘミセルロースを嫌気発酵し、産生する代謝物としても知られている。
  • 3.自然リンパ球(ILC)、3型自然リンパ球(ILC3)
    自然リンパ球はリンパ球系に属する免疫細胞であり、ヘルパーT細胞と機能的に類似している。1型から3型までの大きく分けて3種のサブセットが存在し、それぞれ役割が異なる。3型自然リンパ球は自然リンパ球サブセットの一つであり、機能と細胞表面に発現している抗原により、LTi-ILC3(論文中ではROR thigh ILC3)、NKp46-ILC3(論文中ではROR tlow ILC3)、それ以外の少なくとも三つの種類が存在する。ILC3は腸管の上皮保護に関与するだけでなく、近年は神経受容体を発現して日内変動に関わることやさまざまな癌組織内にも多く存在する事が報告されている。ILCはInnate lymphoid cellの、ILC3はGroup 3 Innate lymphoid cellの略。
  • 4.自然免疫
    原始的な生物にも備わる防御機構の一つで、抗原に対する初期応答を行う免疫である。後期応答を行う獲得免疫を担うT細胞やB細胞とは異なり、抗原特異的受容体を持たない。
  • 5.網羅的細菌叢解析
    細菌が特異的に持つ16S rRNA遺伝子を次世代シークエンサーで配列を読み解析することで、菌叢を構成する菌種・分布などについて評価する手法。
  • 6.ディスバイオシス
    腸内細菌叢を構成する細菌種や細菌数の均衡が崩れることにより、腸内に存在するフローラの多様性が低下した状態のこと。ディスバイオシスは主に偏った食事や抗生物質の投与だけでなく、感染や強い腸管の炎症によっても引き起こされる。
  • 7.Firmicutes門、Lactobacillus
    Firmicutesは門に分類される細菌でこの下位分類として5つの網が知られており、人およびマウスの両方においても腸内細菌叢の大部分を占めている。LactobacillusはこのFirmicutes(門)―Bacilli(網)に分類される細菌(属)であり、嫌気性または微好気性の桿菌(かんきん)の糖を乳酸に代謝する乳酸菌群の一つである。また、代謝によりプロピオン酸を産生する。
  • 8.フローサイトメトリー
    蛍光標識された抗体で細胞を染色し、レーザー光を当てることにより1細胞ごとに蛍光の強さを電気信号に置き換えて定量化する機械。細胞一つずつに発現する抗原を解析することで、細胞種を特定できる。
  • 9.サイトカイン、インターロイキン-22(IL-22)
    サイトカインは免疫細胞から分泌されるタンパク質で、標的細胞表面に存在する特異的受容体を介して微量で生理作用を示し、細胞間の情報伝達を担う。IL-22はサイトカインの一つであり、IL-10スーパーファミリーに属する。主にILC3やTh17により産生され、標的は非造血系細胞である上皮細胞や間質細胞である。
  • 10.リンパ組織誘導性ILC3(LTi-ILC3)
    ILC3の中でもリンパ組織形成に関わる細胞であり、核内転写であるRORγtを高発現する。

研究チーム

理化学研究所 生命医科学研究センター 粘膜システム研究チーム
チームリーダー 大野 博司(オオノ ヒロシ)
専任研究員 佐藤 尚子(サトウ ナオコ)
大学院生リサーチ・アソシエイト 石 箏箏(セキ ソウソウ)
特別研究員 竹内 直志(タケウチ タダシ)
研究員 中西 裕美子(ナカニシ ユミコ)
研究員 加藤 完(カトウ タモツ)
訪問研究員(研究当時) ベック・カタリーナ(Beck Katharina)
大学院生リサーチ・アソシエイト 長田 律(ナガタ リツ)
テクニカルスタッフ 影山 友子(カゲヤマ トモコ)
テクニカルスタッフ 伊藤 鮎美(イトウ アユミ)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金国際共同研究加速基金(国際共同研究強化(A)「自然リンパ球を制御する細菌叢と活性化・抑制をコントロールするPD-1の役割解明(研究代表者:佐藤尚子)」、同特別研究員奨励費「腸炎における粘膜障害治癒に関与する腸内細菌の同定とそのメカニズムの解明(受入研究者:大野博司)」、およびヤクルトバイオサイセンス財団「新規単離に成功したBacteroidales綱S24-7科4菌についての免疫学的機能解析と疾患との関連解明(研究助成者:佐藤尚子)」による支援を受けて行われました。また大建中湯は株式会社ツムラから研究用として実際に臨床で使用されている同品の譲与を受けました。

原論文情報

  • Zhengzhen Shi, Tadashi Takeuchi, Yumiko Nakanishi, Tamotsu Kato, Katharina Beck, Ritsu Nagata, Tomoko Kageyama, Ayumi Ito, Hiroshi Ohno and Naoko Satoh-Takayama, "A Japanese herbal formula, Daikenchuto, alleviates experimental colitis by reshaping microbial profiles and enhancing group 3 innate lymphoid cells", Frontiers in Immunology, 10.3389/fimmu.2022.903459

発表者

理化学研究所
生命医科学研究センター 粘膜システム研究チーム
チームリーダー 大野 博司(オオノ ヒロシ)
専任研究員 佐藤 尚子(サトウ ナオコ)
大学院リサーチ・アソシエイト 石 箏箏(セキ ソウソウ)

大野 博司チームリーダーの写真 大野 博司
佐藤 尚子専任研究員の写真 佐藤 尚子

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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