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2022年6月3日

理化学研究所

ペプチドとRNAの出会いが生命を生んだ?

-実験室での生命誕生過程の再現に向けて-

理化学研究所(理研)生命機能科学研究センター高機能生体分子開発チームの李佩瑩(リ・ペエイ)研究員、田上俊輔チームリーダーらの国際共同研究チームは、正電荷を持つペプチド[1]凝集体がRNA[2]を吸着し、RNA酵素[3]によるRNA合成反応を促進することを発見しました。

本研究成果は、単純なペプチドによってRNAの濃縮・複製が促進されることを示しており、太古の地球でこれらの分子種を含む生命がどのように誕生したのかを解明するための重要な手掛かりとなると期待できます。

生物が誕生するためには①遺伝情報を保存する分子(DNA[2]、RNA)、②酵素活性などを持つ機能分子(ペプチド、タンパク質[1]など)、③それらの散逸を防ぐ区画構造の三つが必要だと考えられます。しかし、そのような多種類の分子を含む複雑なシステムがどのように誕生したのかはよく分かっていません。

今回、国際共同研究チームは、塩基性部位[4](正電荷)と疎水性部位[4]を併せ持つ単純なペプチドが、凝集体を作り(区画形成[5])、その表面に負電荷を持つRNAを濃縮すること(多種類の分子の会合)を発見しました。さらに、この凝集体上でRNA酵素の活性が上昇し、RNA自体の合成も促進されることを明らかにしました(増殖のための機能発現)。このようなペプチドとRNAによる区画形成・機能発現は生命システムの誕生に大きな役割を担ったのではないかと推測されます。

本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(6月3日付)に掲載されました。

ペプチド凝集体によるRNA濃縮とRNA合成の促進の図

ペプチド凝集体によるRNA濃縮とRNA合成の促進

背景

地球上の生命システムは核酸(DNAやRNA)の配列に保存された遺伝情報をもとに、機能分子としてのペプチドやタンパク質を生産しています。しかし、このような複数の分子種から成る複雑なシステムがどのように誕生したのかはよく分かっていません。

これらの分子種のうち、RNAは遺伝情報を保存すると同時にそれ自体が機能分子(RNA酵素)にもなり得ることから、生命は自己を合成するRNAとして誕生したのではないかという「RNAワールド仮説[6]」が多くの研究者に支持されています。RNAワールド仮説では、自分自身を複製するRNA酵素が生まれたことで、増殖・進化する生命の歴史が始まったと考えられています。この仮説を実証するために、RNAを合成するRNA酵素「RNAポリメラーゼリボザイム[7]」を人工的に開発する試みが進められてきましたが、現在までにRNAによる完全な自己複製は達成されていません(図1)。

RNAポリメラーゼリボザイムの構造の図

図1 RNAポリメラーゼリボザイムの構造

人工的に開発されたRNA合成能を持つRNA酵素。ただし、現時点では自分自身を合成するほどの能力はない。

これに対して、ペプチドがRNAよりも先に存在したという仮説もあります。RNAやDNAといった核酸よりもペプチドの方が化学的に単純かつ安定で、生命誕生以前の地球環境ではペプチドのほうが合成されやすかったと考えられるからです。

いずれにせよ、生命の初期進化過程のどこかで核酸とペプチドが出会い、現在の複雑な生命に進化してきたのだと考えられます。そこで本研究では、その出会いを再現すべく、短いペプチドとRNAポリメラーゼリボザイムを用いた「自己集合・活性化システム」の作成に挑みました。

研究手法と成果

国際共同研究チームはまず、ファージディスプレイ法[8]という手法を用いて、RNAポリメラーゼリボザイムに結合するペプチドを探索しました。そのうちP43と名付けたペプチドが興味深い性質を持つことが分かりました(図2)。P43は、疎水性のアミノ酸と正電荷を持つアミノ酸の合計11個で構成されています(図2①)。P43は、疎水性の部分の効果によって溶液中で自己集合してアミロイド構造[9]を含む凝集体を形成し(図2②)、さらに正電荷を含むアミノ酸によって負電荷を持つRNAと結合することができます(図2③)。すなわち、P43同士は寄り集まって区画を形成し、その区画にRNAを濃縮することができるのです。

さらに興味深いことに、RNAポリメラーゼリボザイムがP43の凝集体上に吸着すると、RNAポリメラーゼリボザイムの活性が(塩濃度などの条件に依存するものの)大きく上昇することが分かりました(図2④)。これは、ペプチドとRNAの複合システムの構築によって、RNA酵素のRNA合成能が向上することを意味しています。

次に、P43より単純な配列のペプチドでも同様の機能を持つかを調べるため、正電荷を持つアミノ酸と疎水性のアミノ酸それぞれ1種類ずつのみを使用し、合計8個のアミノ酸で構成されたペプチドK2V6を合成しました(図2①)。すると、K2V6もまた、自己集合・RNA吸着・RNAポリメラーゼリボザイムの活性上昇といった性質を持つことが観察されました(図2②~④)。

ペプチド凝集体によるRNA濃縮とRNA合成反応の促進の図

図2 ペプチド凝集体によるRNA濃縮とRNA合成反応の促進

①疎水性アミノ酸と塩基性アミノ酸(正電荷)を併せ持つペプチドが、②凝集体を形成し、③その表面にRNAを吸着する。これによってRNAの局所的な濃度が上昇し、④RNAポリメラーゼリボザイムによるRNA合成反応が促進される。なお、本研究で用いたペプチドライブラリーは、固定配列のAとGGS(P43の配列で黒字で示したアミノ酸)に挟まれた7個のアミノ酸をランダム配列としたものである。

これらの結果は、非常に単純なペプチドでも生命誕生のきっかけになるような重要な機能を持ち得ることを示し、太古の地球でペプチドとRNAが出会うことで、RNAの自己複製や生命の進化に有利な条件が整えられた可能性を示します。

今後の期待

どのように地球上に生命が誕生したのかや、この宇宙には他にも生命が存在するのかといった生命の起源に関する問いは、生命科学の最大の謎の一つです。今回の研究では、ペプチドとRNAという生命誕生の鍵を握る分子が、自発的に集まり、機能を発現する過程を実験的に検証することができました。

また、今回用いたような短いペプチドであれば、おそらく太古地球でも非生命的に合成されたと考えられます。さらにK2V6ペプチドは、田上俊輔チームリーダーらが以前に報告した注)原始タンパク質[10]のアミノ酸構成にも類似しています。このことは、単純な構造・機能を持つペプチドから、より複雑な構造・機能を持つタンパク質が進化してきた道筋を解き明かす鍵となる可能性があります。

国際共同研究チームはさらに研究を進め、ペプチドとRNAからなる自己複製系すなわち人工生命の実現を目指しています。実験室で人為的に生命誕生過程を再現することで、太古地球における生命誕生プロセスの解明に取り組んでいきます。

補足説明

  • 1.ペプチド、タンパク質
    ペプチドとタンパク質は、核酸に保存された遺伝情報をもとに20種類のアミノ酸をつなぎ合わせることで合成される。一般的に短いもの(50アミノ酸以下)はペプチドと呼ばれ、長いものはタンパク質と呼ばれることが多い。
  • 2.RNA、DNA
    生物の遺伝情報を担う生体分子である核酸のうち、基本構造の単糖類がリボースのものをRNA、デオキシリボースであるものをDNAと呼ぶ。核酸はその名の通り酸性の物質で負電荷を持っている。そのため、核酸同士は水溶液中で反発する。細胞内では多くの核酸が正電荷を持つタンパク質と複合体を作っている。
  • 3.RNA酵素
    生体内で機能する酵素はほとんどがタンパク質でできているが、一部RNAでできている酵素もある。このようなRNA酵素は分子内で2重らせんを作り、独自の構造に折り畳まれている。
  • 4.塩基性部位、疎水性部位
    ペプチドやタンパク質の局所的な配列のうち、正電荷のアミノ酸(リジン、アルギニン)に富む部位を塩基性部位、疎水性のアミノ酸(アラニン、バリン、イソロイシンなど)に富む部位を疎水性部位と呼ぶ。
  • 5.区画形成
    ここでは、溶液中で局所的に分子が濃縮され、特定の化学反応が促進される場が形成される現象を指す。近年では、高濃度のタンパク質が一つの液相を形成し、周囲から分離した挙動を示す「液-液相分離」が注目されている。
  • 6.RNAワールド仮説
    現在の生命では核酸(DNAやRNA)が遺伝情報を保存しており,タンパク質が酵素や細胞骨格などの機能分子として働いている。しかし、このような複数種類の分子を含むシステムが突然誕生したとは考えづらい。そこで、初期生命はRNAだけで誕生したのではないかとする仮説がRNAワールド仮説である。
  • 7.RNAポリメラーゼリボザイム
    RNA酵素の一種で、鋳型RNAをもとに、それと相補的なRNAを合成する反応を触媒する。
  • 8.ファージディスプレイ法
    細菌に感染するウイルス(ファージ)を利用して有用な機能を持ったペプチドやタンパク質をエンジニアリングする手法。標的に結合する抗体の取得などに利用されており、2018年のノーベル化学賞の受賞対象にもなった。
  • 9.アミロイド構造
    ペプチドやタンパク質の繊維状凝集体で、内部にβシートと呼ばれる構造を持つ。一般には変性したタンパク質同士が寄り集まることでできる塊構造で、神経変性疾患など病気の原因になると考えられている。しかし、単純なメカニズムでできる構造でもあるため、生命誕生の際に重要な役割を担ったという仮説もある。
  • 10.原始タンパク質
    現存するさまざまな生物のタンパク質配列を比べることで、祖先のタンパク質配列やその機能を推定する研究が盛んに進められている。特に、生命誕生初期の生命が持っていたと推測されるタンパク質を原始タンパク質と呼ぶ。田上俊輔チームリーダーらは先行研究で、RNA合成に関わる原始タンパク質の再構成実験を行い、7種類のアミノ酸のみを用いて小さなタンパク質構造(DPBB)の再現に成功した。この原始DPBBは主にバリン(V)とリジン(K)から構成されており、今回用いた単純な正電荷ペプチドK2V6(KKVVVVVV)に類似の構成をしている。

国際共同研究チーム

理化学研究所 生命機能科学研究センター 高機能生体分子開発チーム
チームリーダー 田上 俊輔(タガミ・シュンスケ)
研究員 李 佩瑩(リ・ペエイ)

MRC分子生物学研究所(英国)
プログラムリーダー フィリップ・ホリジャー(Philipp Holliger)

研究支援

本研究は、理化学研究所運営費交付金(生命機能科学研究)で実施し、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金若手研究「ペプチド構造化によるRNA自己複製システムの構築(研究代表者:李佩瑩)」、同基盤研究(B)「初期生命におけるRNA・タンパク質共進化プロセスの再現(研究代表者:田上俊輔)」およびMedical Research Council(MRC、英国)による支援を受けて行われました。また、一部の実験は、高エネルギー加速器研究機構(KEK)によって行われました。

原論文情報

  • Peiying Li, Philipp Holliger, Shunsuke Tagami, "Hydrophobic-cationic peptides modulate RNA polymerase ribozyme activity by accretion", Nature Communications, 10.1038/s41467-022-30590-3

発表者

理化学研究所
生命機能科学研究センター 高機能生体分子開発チーム
チームリーダー 田上 俊輔(タガミ・シュンスケ)
研究員 李 佩瑩(リ・ペエイ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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