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2022年12月1日

理化学研究所
北海道大学

胆道がんの「ゲノム医療」に貢献

-乳がん、大腸がんの原因遺伝子やDNA修復異常が発がんに関与-

理化学研究所(理研)生命医科学研究センター がんゲノム研究チームの大川 裕貴 研修生(北海道大学大学院 医学院 博士課程)、中川 英刀 チームリーダー、基盤技術開発研究チームの桃沢 幸秀 チームリーダー、北海道大学大学院 医学研究院 消化器外科学教室IIの平野 聡 教授、中村 透 助教らの共同研究グループは、胆道がん患者のDNAを解析し、胆道がんの原因遺伝子・発症リスク・臨床的特徴について明らかにしました。

本研究成果は、胆道がんの診断や患者一人一人に合った治療、リスク診断、予防を行う「ゲノム医療」に貢献すると期待できます。

今回、共同研究グループは、北海道大学病院とバイオバンク・ジャパン[1]で収集した1,292例の胆道がん患者のゲノムを解析し、遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)[2]の原因遺伝子であるBRCA1/2PALB2、遺伝性大腸がんの原因遺伝子であるMSH6APC病的バリアント[3]が、胆道がんの発生と関連することを見いだしました。これら五つの遺伝子はDNA修復機構で働いていることから、胆道がん組織の全ゲノムシークエンス解析[4]を行ったところ、DNA修復異常(相同組換え修復欠損:HRD[5])によって蓄積したゲノムの"傷跡"が検出され、HRDが胆道がんの治療標的になる可能性が示されました。

本研究は、医学雑誌『Journal of Hepatology』オンライン版(10月12日付)に掲載されました。

遺伝性の乳がん卵巣がんと大腸がんの原因遺伝子の病的バリアントがDNA修復異常に関与の図

遺伝性の乳がん卵巣がんと大腸がんの原因遺伝子の病的バリアントがDNA修復異常に関与

背景

胆道は、肝臓で産出された胆汁を十二指腸へ輸送、または蓄える器官(胆嚢)です。その上皮細胞から発生した悪性腫瘍が胆道がんであり、発生部位によって、肝内胆管がん、肝門部胆管がん、遠位胆管がん、ファーター乳頭部がん[6]、胆嚢がんに大きく分類されます。これらの部位によって、発症リスクや悪性度、予後などの生物学的特性が異なり、また外科手術などの治療法も変わります。

胆道がんは世界的にみるとまれですが、日本やアジアにおいては発生頻度が高く、日本では2017年に年間約22,500人が発症、約18,000人が死亡しており、6番目に死亡数が多いがん腫です注1)。長期生存が唯一期待できる治療法は外科的切除だけですが、胆道がんは転移や浸潤能が非常に高く、周囲に重要な血管が多数ある複雑な部位に発生するため根治的手術は困難です。日本肝胆膵外科学会のデータでは、胆道がんの切除率は約70~95%と報告されていますが、大規模病院に限られたデータのため、実際にはこの数値よりも低いと予想されます。外科切除不能例や再発時に有効な化学療法や分子標的治療は少なく、5年生存率はわずか27%と極めて難治性のがんです注2)

胆道がんの発生には、胆石症や慢性胆のう炎、胆管炎、いくつかの化学物質の暴露がリスク因子と考えられています。また、遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)などの遺伝性腫瘍においても、胆道がんが発生することが報告されており、遺伝因子が重要な発生要因と考えられます。共同研究グループは、大規模な横断的がんゲノム疫学解析により、日本人では、HBOCの原因遺伝子であるBRCA1/2が、乳がん卵巣がんのほかに胆道がん、胃がん、食道がんの発生と関連することを発表しました注3)。本研究では、胆道がんに焦点を絞って、さらなる解析と研究を進めました。

研究手法と成果

共同研究グループは、北海道大学病院とバイオバンク・ジャパンにより収集された胆道がん患者1,292人および対照群37,583人の血液または正常組織DNAを、理研が独自に開発したゲノム解析手法注4)を用いて解析しました。解析対象は、米国国立包括がんネットワーク(NCCN)ガイドラインで検査が推奨されている12遺伝子、および研究開始当時に遺伝性がんパネル注5)で検査対象となっていた25遺伝子から選抜した15遺伝子の計27個の遺伝性腫瘍関連遺伝子としました。

解析の結果、5,018個の遺伝的バリアント[3]を同定しました。さらに、これらの遺伝的バリアント一つ一つを米国臨床遺伝・ゲノム学会(ACMG)注6)および分子病理学会(AMP)注7)が作成したガイドラインや、国際的データベースであるClinVar注8)の情報に基づいて、病的バリアントか否か評価しました。その結果、317個の遺伝的バリアントが病的バリアントであると判定されました。

そして、胆道がん患者群の5.5%(71人)が、遺伝性腫瘍関連遺伝子の病的バリアントを保有しており、病的バリアントを持つことで胆道がんへのなりやすさ(発症リスク:オッズ比)が約4.1倍に高まることが分かりました(表)。病的バリアントを保有する胆道がん患者は、発症年齢が若く、乳がんの既往歴または家族歴があり、また肝内胆管がんの症例が多い傾向にありましたが、予後との関連は見られませんでした。遺伝子ごとの解析では、5遺伝子(BRCA1BRCA2APCMSH6PALB2)が胆道がん発症に寄与していることが統計学的に明らかになりました(表)。

遺伝子別に説明すると、HBOCの原因遺伝子であるBRCA1(P=4.2x10-10)とBRCA2(P=2.2x10-7)は、相同組換え修復というDNA修復機構に関わっており、前立腺がんや膵臓がんとの関連も既に明らかになっています。これら遺伝子の病的バリアントを保有すると、胆道がん発症のリスクがそれぞれ13.6倍、6.5倍になることが分かりました。同様にDNA修復機構に関わるPALB2遺伝子(P=0.01)も乳がん発生との関連が臨床的に実証されていますが、病的バリアントを保有すると胆道がん発症リスクが5.3倍になります。

また、遺伝性大腸がんの原因遺伝子で、DNAミスマッチ修復遺伝子[7]MSH6(P=7.6x10-4)では、病的バリアントを保有すると胆道がん発症リスクが5.2倍になります。家族性大腸腺腫症[8]というまれな遺伝性大腸がんの原因遺伝子であるAPC(P=4.1x10-5)は、頻度は少ないものの、ファーター乳頭部がんの発生と特に関連があり、病的バリアントを保有すると胆道がん発症リスクは18.2倍になることが分かりました。

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遺伝子 病的バリアント数 胆道がん(n=1,292)
保有例数(%)
対照群(n=37,583)
保有例数(%)
P値 オッズ 95%CI
BRCA1 23 13(1.01) 28(0.08) 4.2×10-10 13.6 (6.5-27.3)
BRCA2 41 14(1.08) 63(0.17) 2.2×10-7 6.5 (3.4-11.8)
APC 9 5(0.39) 8(0.02) 4.1×10-5 18.2 (4.7-63.3)
MSH6 23 7(0.54) 39(0.1) 7.6×10-4 5.2 (2-11.9)
PALB2 17 4(0.31) 22(0.06) 0.01 5.3 (1.3-15.6)
27遺伝子合計 317 71(5.5) 520(1.38) 1.0×10-20 4.1 (3.2-5.4)

表 本研究で明らかになった胆道がん原因遺伝子別の病的バリアント保有者と発症リスク

P値は、偶然にそのようなことが起こる確率のことで、統計学的有意差を示す指標である。P値が低いほど偶然では起こり得ない(ここでは、胆道がん発生に寄与している可能性が高い)ことを示す。オッズ比は、ある事象の起こりやすさについて二つの群で比較したときの違いを示す統計学的尺度の一つで、病的バリアントを持つことで発症リスクが何倍高まるかを表す。

このように、胆道がんの発生にはDNA修復機構の異常が深く関わっていることから、北海道大学病院において切除された胆道がんの組織を用いて、DNA修復機構欠損(HRD)によって蓄積したゲノムの"傷跡"の検出を試みました。52例の胆道がん組織と正常組織からDNAを抽出し、全ゲノムシークエンス解析を行いました。その結果、点変異、構造異常、コピー数異常[9]が網羅的に同定され、HRD陽性の胆道がんは、HRD陰性の胆道がんに比べて、構造異常やコピー数異常が多いことが判明しました(図1)。

HRD陽性/陰性の胆道がんの全ゲノムでの体細胞変異パターンの図

図1 HRD陽性/陰性の胆道がんの全ゲノムでの体細胞変異パターン

外枠から1層目は染色体の位置、2層目は小さな変異、3層目/4層目はコピー数異常、5層目(中心部)は構造異常のパターンを示す。HRD陽性がんでは、構造異常やコピー数異常が多い。

これらの情報の中から、HRDによって誘発される特徴的な変異を抽出し、機械学習[10]の手法を用いて、HRDの有無を判定しました。遺伝性腫瘍で生殖細胞に病的バリアント(1ヒット)が存在する場合、通常、染色体欠失などの体細胞変異(セカンドヒット)が起きて2コピーとも欠損し、機能喪失となります。解析の結果、BRCA2遺伝子やPALB2遺伝子のセカンドヒットが起きている胆道がんのみが、HRD陽性と判定され、BRCA1/2遺伝子のセカンドヒット(体細胞変異)のない胆道がんは、HRD陰性でした(図2)。また、相同組換え修復機構と遺伝性腫瘍と関連が証明されている他の遺伝子(BRIP1ATM遺伝子)の病的バリアントを保有し、かつセカンドヒットが起きている胆道がんについても、HRD陰性でした。

BRCA2遺伝子の病的バリアントを保有し、HRD陽性の1例の胆道がんについては、再発時に、DNA障害性薬剤のシスプラチンを用いた化学療法や放射線療法の効果がありました。HRD陽性の胆道がんについては、HRDがん細胞を特異的に細胞死させるPARP1阻害剤[11]の効果も期待できると考えられます。

胆道がんのコピー数異常とHRDの有無の図

図2 胆道がんのコピー数異常とHRDの有無

HRD関連遺伝子の病的バリアントを保有する胆道がんのセカンドヒット(体細胞変異)の有無、HRDに関連する欠失や短いindel(挿入)変異の数を示す。左から3列目までの遺伝子(BRCA2PALB2)はセカンドヒットが起きていて、HRD陽性(HRD+)である。左から4列目と5列目の遺伝子(BRCA1BRCA2)は生殖細胞のみに病的バリアントを持ち、セカンドヒットはなく、HRD陰性である。HRD陽性の場合は、微小相同性を伴う欠失やある特定の短いindel 変異が多い。なお、左から6列目と7列目の遺伝子(BRIP1ATM)はその他のHRD関連遺伝子で、セカンドヒットが起きているが、HRD陰性である。

今後の期待

今回の研究成果により、相同組換え修復欠損のDNA修復機構の関わる遺伝子が胆道がんの発生に深く関与することが分かりました。胆道がんについても、HRDを標的としたPARP阻害剤やDNA障害性の化学療法、放射線療法の効果が得られると考えられ、がんのゲノム医療や個別化医療への貢献が期待できます。

また、日本人の胆道がんの少なくとも5.5%に遺伝性腫瘍が含まれていることが判明したことから、ゲノム医療によって、本人および家族についてもがんのリスク診断や予防を積極的に進めていくべき、と考えます。

補足説明

  • 1.バイオバンク・ジャパン
    アジア最大規模の疾患バイオバンクで、東京大学医科学研究所内に設置されている。オーダーメイド医療の実現プログラムの基盤であり、日本人20万人から収集したDNAや血清サンプルを臨床情報とともに厳重に保管し、研究者への試料やデータの提供を行っている。
  • 2.遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)
    遺伝的要因により、乳がんや卵巣がんを発症する病気。BRCA1遺伝子またはBRCA2遺伝子の病的バリアント保有がその原因。乳がんと卵巣がんだけでなく、膵臓がん、前立腺がんなども発症しやすいことが分かっており、人数の割合としては、乳がん全体の4%、卵巣がん全体の10~15%、膵臓がん全体の3.4%、前立腺がん全体の1.1%がHBOCという報告がある。今回の胆道がんの解析では、2.1%がHBOCに該当する。HBOCはhereditary breast and ovarian cancerの略。
  • 3.病的バリアント、遺伝的バリアント
    ヒトのDNA配列は30億の塩基対からなるが、その配列の個人間の違いを遺伝的バリアントという。そのうち、疾患発症の原因となるものを病的バリアントと呼ぶ。
  • 4.全ゲノムシークエンス解析
    個人やがん細胞の全ゲノム情報を解読し、塩基配列の違いや変化を同定する解析。がん細胞の場合は、がんDNAと同一患者由来の正常DNAの両方を解析し、その差分を調べる。がんの全ゲノムシークエンス解析により、一塩基変異(SNV)、indel(短い欠失・挿入)、コピー数異常、構造異常など、ほぼ全てのゲノム異常を同定できる。
  • 5.相同組換え修復欠損(HRD)
    相同組換え(相同的組換え)は、DNAの塩基配列がよく似た部位(相同部位)で起こる組換えである。さまざまな化学物質や放射線により切断されたDNAは、主に相同組換えによって修復される。相同組換え修復欠損は、ヒトにおけるがんの発生と強く関連付けられており、BRCA1/2遺伝子などの変異によって、DNAの修復がうまく進まず、主に構造異常などの変異が蓄積してがんが発生する。HRDはhomologous recombination deficiencyの略。
  • 6.ファーター乳頭部がん
    胆管と膵管が十二指腸につながる部位をファーター乳頭部といい、ここから胆汁や膵液といった消化液が腸内に放出される。この部位にできたがんがファーター乳頭部がんで、胆道がんの一つに分類される。
  • 7.DNAミスマッチ修復遺伝子
    DNAミスマッチとは、DNA複製などの際に誤対合、塩基の誤挿入、欠失が起こること。DNAミスマッチ修復遺伝子はその修復に関わる。遺伝性大腸がんであるリンチ症候群では、MSH2MLH1MSH6PMS2遺伝子がDNAミスマッチ修復の中心となる。これらの遺伝子に病的バリアントを保有すると、DNAミスマッチ修復が低下するため変異が蓄積され、大腸がんや子宮体がんを発症する。
  • 8.家族性大腸腺腫症
    まれな遺伝性腫瘍である家族性大腸腺腫症は、大腸の中にたくさんのポリープができ(100個以上の場合が多い)、やがてそれががん化することにより、大腸がんを発症する。APC遺伝子の病的バリアントが原因であり、散発性の大腸がんや大腸ポリープにおいても、APC遺伝子の体細胞変異が確認され、大腸がん発生の最も初期の変異とされる。
  • 9.コピー数異常
    正常な体細胞には同じ染色体が二つ(2コピー)存在するが、がん細胞では部分的にあるいは染色体そのものが欠失したり、数コピーに増幅したりする。これをコピー数異常と呼ぶ。欠失した領域にはがん抑制遺伝子が、増幅した領域にはがん遺伝子が存在すると考えられている。
  • 10.機械学習
    人間の学習能力と同様に、機械(コンピュータ)に学習能力を持たせる手法。データから機械自身が反復的に解析し、ルールを見つけ出すという特徴がある。
  • 11.PARP1阻害剤
    DNAの相同組換え修復機構が機能していないがん細胞に、特異的に細胞死を誘導する新しい分子標的薬。PARP1阻害剤はがん治療に新たなアプローチをもたらした。相同組換え修復欠損が生じている細胞で、別の補完しているDNA修復機能を阻害することにより、PARP1阻害剤は標的がん細胞特異的な合成致死性をもたらす。PARP1はPoly(ADP-Ribose)Polymerase1の略。

共同研究グループ

理化学研究所 生命医科学研究センター
がんゲノム研究チーム
研修生 大川 裕貴(オオカワ・ユウキ)
(北海道大学大学院 医学院 博士課程)
チームリーダー 中川 英刀(ナカガワ・ヒデワキ)
研究員 Johnson Todd(ジョンソン・トッド)
基盤技術開発研究チーム
チームリーダー 桃沢 幸秀(モモザワ・ユキヒデ)

北海道大学大学院 医学研究院 外科学分野 消化器外科学教室II
教授 平野 聡(ヒラノ・サトシ)
助教 中村 透(ナカムラ・トオル)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業科研費基盤研究(B)「肝胆がんのゲノム不安定性と免疫機構の解明(領域代表者:中川英刀)」、日本医療研究開発機構(AMED)ゲノム創薬基盤推進研究事業「乳がん・大腸がん・膵がんに対する適切な薬剤投与を可能にする大規模データ基盤の構築(研究開発代表者:桃沢幸秀)」による助成を受けて行われました。

原論文情報

  • Yuki Okawa, Yusuke Iwasaki, Todd A Johnson, Nobutaka Ebata, Chihiro Inai, Mikiko Endo, Kazuhiro Maejima, Shota Sasagawa, Masashi Fujita, Koichi Matsuda, Yoshinori Murakami, Toru Nakamura, Satoshi Hirano, Yukihide Momozawa and Hidewaki Nakagawa, "Hereditary Cancer Variants and Homologous Recombination Deficiency in Biliary Tract Cancer", Journal of Hepatology, 10.1016/j.jhep.2022.09.025

発表者

理化学研究所
生命医科学研究センター がんゲノム研究チーム
研修生 大川 裕貴(オオカワ・ユウキ)
(北海道大学大学院 医学院 博士課程)
チームリーダー 中川 英刀(ナカガワ・ヒデワキ)
基盤技術開発研究チーム
チームリーダー 桃沢 幸秀(モモザワ・ユキヒデ)

北海道大学大学院 医学研究院 外科学分野 消化器外科学教室Ⅱ
教授 平野 聡(ヒラノ・サトシ)
助教 中村 透(ナカムラ・トオル)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
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北海道大学 社会共創部広報課 広報・渉外担当
Tel: 011-706-2610 / Fax: 011-706-2092
Email: jp-press [at] general.hokudai.ac.jp

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