2022年12月20日
理化学研究所
かずさDNA研究所
千葉大学
大阪大学
国立遺伝学研究所
生薬「甘草」の染色体スケールのゲノム解読に成功
-薬効成分を作る遺伝子クラスターを解明-
理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 統合メタボロミクス研究グループのアミット・ライ 研究員、斉藤 和季 グループディレクター、かずさDNA研究所の平川 英樹 主任研究員、千葉大学大学院 薬学研究院の山崎 真巳 教授、大阪大学大学院 工学研究科の村中 俊哉 教授、国立遺伝学研究所の豊田 敦 特任教授らの共同研究グループは、漢方薬や天然甘味料の原料として使われる重要生薬の甘草(カンゾウ)の染色体スケールの高品質ゲノム配列を解読しました。
本研究成果は、今後、バイオテクノロジーを用いた甘草の品種改良や薬効成分の生産向上に役立つと期待できます。
甘草は、さまざまな漢方薬に最も頻繁に配合されるマメ科植物を基原とする生薬です。甘草には、抗炎症作用や痛み、咳を鎮める効果をはじめ、多数の薬効があります。また、根に含まれる主要成分のグリチルリチン[1]は医薬品、天然甘味料などの原料として世界的に需要が高まっています。質の高い甘草のゲノム配列を解読できれば、ゲノム情報に基づいた効率的な育種などが可能になると期待されていました。
今回、共同研究グループは最先端のシーケンス技術を駆使して、ウラル甘草[2]の染色体スケールの高品質ゲノム解読に成功しました。そして、グリチルリチンなどの生合成に関わる重要な遺伝子が染色体の狭い領域に局在することを確認しました。
本研究は、科学雑誌『DNA Research』のオンライン版(12月20日付)に掲載されました。
ウラル甘草(写真提供:北海道医療大学の高上馬希重氏)
背景
甘草(カンゾウ)はマメ科に属し、世界で最も広く利用されている薬用植物の一つです(図1)。その地下部(肥大根および地下茎)は甘草根とも呼ばれ、日本で広く用いられている200種を超える一般用漢方処方薬の約70%に配合されており、漢方の中で最も汎用性の高い生薬です。
図1 ウラル甘草(左)と生薬の甘草(右)
甘草はマメ科の多年草で、初夏から夏に淡紫色の花をつける。生薬の甘草は、その地下部(肥大根および地下茎)を乾燥したものである。(写真提供:北海道医療大学の高上馬希重氏)
甘草の主な薬効成分は、トリテルペン配糖体[3]とフラボノイド類[4]です。特に、甘草に蓄積されるトリテルペン配糖体の一種であるグリチルリチンは、肝機能の改善や抗炎症作用、去痰(きょたん)、消化性潰瘍の治癒など、さまざまな薬効を示すだけでなく、砂糖の150倍の甘さがあるため、天然甘味料としても多くの食品に使われています。さらにグリチルリチンはカロリーが低く、メタボリック症候群の予防にも役立つとして注目されています。
現在、日本の医師の9割が漢方を治療に用いており、その利用量は毎年増加傾向にあります注1)。しかし、甘草をはじめ漢方に用いる生薬の多くは中国からの輸入に依存しており、中国の経済成長などに伴い、輸出制限や価格の高騰が続いています。また、日本だけでなく世界的にも需要が高まる中、生産地の砂漠化などの問題も相まって、甘草に代表される汎用生薬の供給不足が懸念されています。
そこで、薬効成分含量が高く国内栽培に適した甘草の育種や、バイオテクノロジーを用いた薬効成分の効率的生産のために、精密なゲノム解読が期待されていました。既に2016年、斉藤和季グループディレクターらはグリチルリチン含量の高いウラル甘草のドラフトゲノム解読を行いました注2)。しかし、ドラフト(草稿レベル)ゲノムにおける配列情報は部分的に断片化されているため、薬効成分の生産に関わる遺伝子の詳細な情報を得ることができませんでした。今回、染色体レベルでほぼ完全に連結した高品質のゲノム解読が成功したことから、有効成分の生産に関わる遺伝子クラスターの同定が可能になりました。
- 注1)日本医事新報 No.4632, 2013年2月2日
- 注2)2016年10月24日プレスリリース「生薬「甘草」のゲノム解読に成功」
研究手法と成果
共同研究グループは、2016年にドラフトゲノム配列を決定した系統と同一の、武田薬品工業株式会社・京都薬用植物園が保存しているグリチルリチン含量の高いウラル甘草の単一系統の全ゲノム解読を行いました。
長い配列を正確に読むことができるPacBioシーケンス技術[5]とHiCライブラリシーケンス[5]データを用いて、8本の染色体から構成される全長429メガ塩基対(Mb、1Mbは100万塩基対)の精密な全ゲノム配列を得ることができました。このゲノム配列は、ギャップ(未解読部分)が全体で17個しか存在せず、4本の染色体ではギャップは存在しない、あるいは1個しか存在しないという染色体スケールでほぼ完全につながった非常に高品質なものです(図2)。
図2 甘草の全ゲノム配列
1(緑)は8本の染色体に割り当てた塩基配列。単位はメガ塩基対で、黒線はギャップの位置を示す。2(青)は繰り返し配列の頻度、3(紫)は信頼性の高い予測遺伝子の分布、4はゲノム内のシンテニーを表す。
甘草ゲノムでは、かつて起こったゲノム重複の痕跡と考えられる染色体間でのシンテニー[6]の存在が認められ、また、甘草と同じくマメ科に属するタルウマゴヤシ[7]や大豆とは、それぞれ1:1および1:2(甘草:大豆)のシンテニー関係が認められました。また、甘草のゲノムは約5,900万年前に全ゲノム重複[8]が起こり、その後重複した遺伝子間での機能分化がもたらされ、現在の多様な化学成分の生産機能の獲得につながったと考えられます。
薬用植物の薬効成分など、いわゆる二次代謝産物の生合成に関わる遺伝子は、しばしばゲノム上で遺伝子クラスター[9]を形成している例が、最近多く見いだされています。今回のウラル甘草ゲノム解読の結果、グリチルリチンや関連サポニン[10]生合成に関わる酵素遺伝子のほぼ全体が二つの染色体に存在し、その多くが1番染色体上の3.58Mbの狭いゲノム領域に局在していることが確認されました(図3)。さらに、グリチルリチンとは異なる薬効成分として知られるイソフラボノイド[4]生合成に関連する遺伝子クラスターも同定されました。
図3 グリチルリチンの生合成経路と遺伝子クラスター
- (A)グリチルリチンの生合成経路。トリテルペン生合成に共通する前駆体である2,3-オキシドスクワレンから5段階の酵素反応によって生合成される。
- (B)1番染色体に存在するグリチルリチンの生合成遺伝子クラスター群。3.58Mbの領域に、グリチルリチン生合成に関わる赤で示したCYP72A154、UGT73P12、CYP88D6とそれらの相同遺伝子が局在する4個の遺伝子クラスター(A~D)が認められる。#は機能が実験的に同定された酵素遺伝子を示す。
今後の期待
今回のウラル甘草の染色体スケールの全ゲノム配列の決定により、今後の国内栽培の最適化や植物生産性の向上、薬効成分の含量向上、生薬としての機能改変などを目指した品種改良や研究開発に役立つと考えられます。特に、甘草が持つ豊富で有用な遺伝子資源を活用して、バイオテクノロジーを用いた分子育種(分子レベルの技術を用いた育種法)や合成生物学的手法による稀少で高価な薬効成分の異種生物での生産、新しい成分の新たな生産手法の開発などへの応用が期待できます。
甘草は、植物医薬品として重要なだけでなく、天然甘味成分や矯味成分としての食品利用、化粧品などへの広範な利用から、社会的および経済的な重要度も高いコモディティ植物です。今回の甘草ゲノム配列の決定は、科学的な側面だけではなく、グローバル コモンズとしての甘草の今後の利用について、社会的および経済的にも大きなインパクトを与えると考えられます。
本研究成果は、国際連合が2015年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[11]」のうち、「2. 飢餓をゼロに」、「3. すべての人に健康と福祉を」、「15. 陸の豊かさも守ろう」に貢献するものです。
補足説明
- 1.グリチルリチン
甘草の甘み成分で、トリテルペン配糖体(補足説明[3]を参照)の一種。消化性潰瘍の治癒や去痰作用、抗炎症作用、肝機能改善作用などがある。低カロリーの天然甘味成分としても社会的な需要が多い。 - 2.ウラル甘草
市場に流通しているグリチルリチンを含む甘草の基原植物(生薬の基となる自然資源)は複数種があるが、主にウラル甘草(学名:Glycyrrhiza uralensis)とスペイン甘草(学名:Glycyrrhiza glabra)が漢方や医薬品原料として用いられている。ウラル甘草は複数の甘草の中でも上質とされる。 - 3.トリテルペン配糖体
炭素数5のイソプレン単位を六つ持ち、計30の炭素数で構成されるトリテルペンに糖が結合した化合物群。甘草のグリチルリチンなど、多くの生薬中で重要な薬効を持つものが知られている。 - 4.フラボノイド類、イソフラボノイド
フラボノイド類は抗酸化作用などを持つ主要な植物成分で、多くの植物に存在する。そのうち、イソフラボノイドは甘草の有効成分の一つで、抗酸化作用や更年期障害の緩和作用などがあるとされる。 - 5.PacBioシーケンス技術、HiCライブラリシーケンス
PacBioシーケンス技術は、1分子リアルタイムシークエンシング技術を基盤としたDNAの塩基配列決定手法で、精度の高い配列データを高速に取得できる。HiCライブラリシーケンスは、近接ライゲーションを用いてゲノム全体のクロマチン構造を捉える分子生物学的手法であり、染色体を構築できる。 - 6.シンテニー
異なる種の染色体間で、オルソローグ遺伝子(種分岐によって共通の祖先遺伝子から生じた相同な遺伝子)が同じように配置されていることを指すが、シンテニーは同一種のゲノム内の異なる染色体間でも見られる。 - 7.タルウマゴヤシ
学名はMedicago truncatula。大豆や甘草と同じくマメ科(Fabaceae)に属し、甘草と比較的類縁の植物である。マメ科のモデル植物として用いられており、染色体は2n=16、ゲノムサイズは375Mb、すでに全ゲノムが解読されている。 - 8.全ゲノム重複
遺伝子重複の中で、少数の遺伝子重複やゲノムの中の部分的な重複ではなく、全ゲノムレベルでの重複を指す。重複した遺伝子は機能維持の選択圧から解放されるため、変異が蓄積されやすく進化において大きな役割を果たす。 - 9.遺伝子クラスター
近年、いくつかの植物の全ゲノム配列が明らかにされてきた中で、薬効成分などのいわゆる二次代謝産物の生合成遺伝子群が、ゲノム上でクラスター(集合体)を形成している例が報告されている。代謝遺伝子クラスターでは、通常50kb~200kbのゲノム領域中に特定代謝経路に関与する遺伝子群の濃縮が認められる。 - 10.サポニン
グリチルリチンのように、分子中に脂溶性サポゲニン(多くはトリテルペン)部分と糖から構成される配糖体の総称で、多くの生薬中に薬効成分として含有される。 - 11.持続可能な開発目標(SDGs)
持続可能な開発目標(SDGs)とは、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標である。持続可能な世界を実現するための17のゴールから構成され、地球上の誰ひとりとして取り残さないことを誓っている。SDGsは発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる。(外務省のホームページから一部改変して転載)
共同研究グループ
理化学研究所 環境資源科学研究センター
統合メタボロミクス研究グループ
研究員 アミット・ライ(Amit Rai)
グループディレクター 斉藤 和季(サイトウ・カズキ)
(環境資源科学研究センター センター長)
かずさDNA研究所
主任研究員 平川 英樹(ヒラカワ・ヒデキ)
ゲノムユニット長 白澤 健太(シラサワ・ケンタ)
室長 磯部 祥子(イソベ・サチコ)
千葉大学
大学院 薬学研究院および植物分子科学研究センター
特任助教 メガ・ライ(Megha Rai)
教授・センター長 山崎 真巳(ヤマザキ・マミ)
大学院 園芸学研究院および植物分子科学研究センター
准教授 菊池 真司(キクチ・シンジ)
大学院 医学薬学府(薬学領域)
大学院生(研究当時)清水 陽平(シミズ・ヨウヘイ)
大阪大学大学院 工学研究科
准教授 關 光(セキ・ヒカル)
教授 村中 俊哉(ムラナカ・トシヤ)
国立遺伝学研究所
特任教授 豊田 敦(トヨダ・アツシ)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「薬用資源植物の化学的多様性のゲノム起源(研究代表者:齊藤和季)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Amit Rai, Hideki Hirakawa, Megha Rai, Yohei Shimizu, Kenta Shirasawa, Shinji Kikuchi, Hikaru Seki, Mami Yamazaki, Atsushi Toyoda, Sachiko Isobe, Toshiya Muranaka, Kazuki Saito, "Chromosome-scale genome assembly of Glycyrrhiza uralensis revealed metabolic gene cluster centered specialized metabolites biosynthesis", DNA Research, 10.1093/dnares/dsac043
発表者
理化学研究所
環境資源科学研究センター 統合メタボロミクス研究グループ
研究員 アミット・ライ(Amit Rai)
グループディレクター 斉藤 和季(サイトウ・カズキ)
かずさDNA研究所
主任研究員 平川 英樹(ヒラカワ・ヒデキ)
千葉大学大学院薬学研究院および植物分子科学研究センター
教授・センター長 山崎 真巳(ヤマザキ・マミ)
大阪大学大学院 工学研究科
教授 村中 俊哉(ムラナカ・トシヤ)
国立遺伝学研究所
特任教授 豊田 敦(トヨタ・アツシ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
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広報・研究推進グループ
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