理化学研究所(理研)光量子工学研究センター アト秒科学研究チームのリン・ユーチー 研究員、鍋川 康夫 専任研究員、緑川 克美 チームリーダーの研究チームは、光電場が振動する周期よりも短い時間幅の極超短パルスレーザー光(サブサイクル光)を「光渦[1]」と呼ばれる特殊な光の状態に変換し、その時空間構造を制御することに成功しました。
本研究成果は、「渦」の回転方向に対して非対称性を持つ水晶などの物質の超高速運動の回転方向依存性や応答速度を観測・制御する手段を提供するものと期待されます。
通常のレーザー光の空間モード[1](ガウシアンモード[1])では光電場の位相[2]は空間的に一様です。一方、光渦の空間モード(ラゲール・ガウシアンモード[1])では、ビームの中心に対して位相が渦を巻く構造になっています。今回、研究チームは、独自に開発した光学パラメトリック増幅(OPA)[3]システムから出力されるガウシアンモードのサブサイクル光を、特殊なモード変換器でラゲール・ガウシアンモードに変換することに成功しました。また、パルス光の時間軸上で定義される位相(キャリア包絡線位相(CEP)[4])を変化させることによって、空間位相が追随して変化する様子を観測しました。これはサブサイクル光渦においてはCEPが空間位相と一定の関係で結び付いていることを証明しています。
本研究は、科学雑誌『Light: Science & Applications』オンライン版(11月24日付)に掲載されました。
背景
通常のレーザー光は、スクリーンに当ててその強度分布を見てみると、大抵の場合は丸い形状です。また中心部分の強度が最も明るく、中心から離れるに従って暗くなります。これがレーザー光の「ガウシアンモード」です。光は振動しながら伝搬する電磁場ですが、ガウシアンモードの場合、振動のタイミング(位相)はビーム伝搬方向の断面上で一様です。
一方、断面上で位相が規則的に変化するレーザー光のモードが近年注目を集めています。特に「ラゲール・ガウシアン(LG)モード」は、ビームの進行方向に対して振動の等位相面が渦状に変化する様子から「光渦」と呼ばれます。LGモードのレーザー光は、中心に位相が定まらない点を持つため、ドーナツ状の強度分布を持ちます。また、光渦には右回り・左回りの回転の向きの違いがあります。これらの特徴は、特殊な形状のレーザー加工、あるいは右回りと左回りを区別する特異な構造を持つ物質の性質の研究などに役立ちます。よって光渦を超短パルス光で実現すれば、これらの研究において超高速の時間変化を観測する新たな手段となります。さらに、パルス幅を光の電磁場の振動周期よりも縮めたサブサイクル光を光渦にできれば(サブサイクル光渦)、キャリア包絡線位相(CEP)によって変化する新たな物質の性質が見つかるかもしれません。
しかしながらサブサイクル光渦の生成にはいくつかの問題があります。その一つは、ガウシアンモードのサブサイクル光を発生させること自体が簡単ではない点です。またサブサイクル光は、広帯域な周波数成分(色成分)を含んでいるため、LGモードに変換する際に「色ずれ」の影響が避けられません。さらにサブサイクル光渦を実現したとしても、予想される基本的な性質をどのように検証するかも課題でした。
研究手法と成果
研究チームは一つ目の問題を既に解決しています。ガウシアンモードの短波長赤外域サブサイクル光を発生できる光学パラメトリック増幅(OPA)システムを開発していたからです注1)。研究チームはこのシステムから発生するサブサイクル光を光渦に変換するモード変換器を検討しました。その結果、既存の手法の中で、サニャック干渉計[5](図1(a))を用いたものが最も色ずれの影響が少なく、サブサイクル光に含まれる波長1,000~2,400ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の色全体を光渦へ変換できることが分かったため、細部を周到に設計してモード変換器を開発しました。
図1 モード変換器の構造とレーザー光変換実験の結果
- (a)サニャック干渉計によるモード変換器。ミラー1とミラー3により二つのレーザー光の縦方向の位置をわずかにずらす。またミラー2で角度をわずかにずらす。これによりガウシアンモードからLGモードへの変換が可能になる。
- (b)モード変換器からの出力レーザー光の強度分布(波長1,600nm)。左が実験データ、右が計算結果。
サニャック干渉計からの出力光の強度分布を図1(b)左に示します。これは特定の波長の光を選択するバンドパスフィルターによって、1,600nm近辺に波長域を制限しながら赤外カメラで記録したものです。中心部分に暗点のあるドーナツ状の強度分布であることが分かります。これは図1(b)右に示す計算結果とほぼ一致しています。同様の形状が波長1,000nmから2,300nmまで確認されました。
空間的な等位相面の様子を知るために、モード変換器からの出力光をガウシアンモードのサブサイクル光と干渉させました。干渉後のビームの強度分布を図2に示します。どの波長においても一つの渦巻き状のパターンが現れています。トポロジカルチャージ(巻数)の大きさが1の光渦が生成されていました。また実験配置から巻く方向の符号が正であることが分かりました。
図2 ガウシアンモードのサブサイクル光とモード変換器の出力光との干渉パターン
バンドパスフィルターによって波長を選択している。緑色の線は干渉パターンの形を見やすくするために強度のエッジ部分をつないだもの。いずれも渦巻き状になっており、一つの線でつながっている。
この光渦がサブサイクル光であることを確認するために2次元シアリング干渉(2DSI)[6]を用いてパルス波形の測定を行いました。パルス幅は強度包絡線の半値全幅で4.7フェムト秒(fs、1フェムト秒は1千兆分の1秒)でした。このパルス幅は電磁場の振動周期5.14fsよりも短く、この光渦がサブサイクル光であることが分かりました。
サブサイクル光渦では、キャリア包絡線位相(CEP)の補足説明[4]で示すように、電場の時間波形の変化が空間的な位相分布に変化をもたらすことが予想されていました。時間変化に対する位相と空間分布に対する位相が一定の関係で結ばれているためです。しかし、これを実験で検証した例や検証するための手法はありませんでした。
研究チームは電場波形がCEPの値に応じて変化することに着目し、CEPの変化を検知する手法(f-2fスペクトル干渉法[7])を2次元空間に拡張した「2次元f-2f干渉法」を新たに開発しました(図3)。
図3 2次元f-2f干渉法の模式図
マッハ・ツェンダー干渉計の片方のビーム経路にモード変換器、もう片方の経路に2倍波発生装置を挿入している。2倍波と基本波の一部はf-2fスペクトル干渉計へ送られ、CEP計測に用いられる。
図3の装置は、通常のマッハ・ツェンダー干渉計[8]に似ていますが、非線形結晶を用いてガウシアンモードのサブサイクル光の2倍波(波長が半分の値となる光)を発生させ、2倍波との干渉を行っている点が異なります。通常のレーザー光では、元のレーザー光の波長と2倍波の波長は全く異なるので干渉は起こりません。しかしサブサイクル光は含んでいる色(波長)の範囲が広く、元の光の長波長成分(例えば2,200nm)の2倍波の波長(1,100nm)は、元の光の短波長成分に含まれています。従って、この波長成分をバンドパスフィルターで選べば、元の光(f)と2倍波(2f)の空間的な干渉パターンを赤外カメラによって観測することができます。通常のCEP計測は、f-2fで干渉させた光のスペクトル干渉を分光器で測定することで、その変化や安定性を評価します。新たに開発した2次元f-2f干渉法では、空間的な位相に対するCEPの影響を評価できます。
図4にCEPを徐々に変えながら測定した2次元f-2f干渉の干渉パターンを示します。各パネルの左上にCEPの相対的な値を示しています。干渉パターンは全て中心部から時計回りに吹き出しているような渦巻きの形状となっています。他方、上段左端のパネルでは渦巻きの吹き出し部分(緑色の円)が中心の左下付近であるのに対して、下段右端のパネルでは中心の右上付近に変化しています。これはCEPが変化するにつれて渦巻きの形状が反時計回りにCEPの変化量と同じ角度で回転した結果です。サブサイクル光渦において、時間的な位相であるCEPの変化によって渦巻き状の空間位相が回転することは理論的に予測されていたことです。図4はこれを実験的に初めて明らかにしたものです。これらの実験で得られたデータを再構築してサブサイクル光渦の時空間分布を再現することもできました(図5)。
図4 2次元f-2f干渉による渦状の干渉パターン
CEPの相対値(各パネルの左上)の増加に従い、渦巻きの形状が反時計回りに回転している。
図5 サブサイクル光渦の等位相面と強度分布
- (a)測定データから再構築したサブサイクル光渦の電場の等位相面。色の変化は電場振幅の相対値を表す。3方の壁には振幅の射影を示した。
- (b)再構築したサブサイクル光渦の強度分布。色の変化が強度を表す。3方の壁には射影した強度分布を示した。
- 注1)2020年7月8日プレスリリース「サブサイクル光を増幅する新手法の開発」
今後の期待
本研究では、光渦がサブサイクル光になるまでパルス幅を短縮できることを実証して、その基本的な性質を測定する手法を開発しました。今後は「渦」としての空間的な特異性と超短パルス光としての時間的な特異性を組み合わせて、「渦」の方向を区別するカイラル分子[9]や結晶などの超高速ダイナミクスの研究への応用が期待されます。
補足説明
- 1.光渦、空間モード、ガウシアンモード、ラゲール・ガウシアンモード
レーザー光は、ビーム状に直進するが、進行方向に垂直な面内での強度分布や位相分布によって、いくつかの種類に分類される。これを本研究では空間モードと呼んでいる。最も基本的な空間モードであるガウシアンモードでは、ビーム中心の強度が最も高く、中心から離れるに従って強度が弱くなる。またガウシアンモードではビーム断面内の電場または磁場の振動のタイミングは一様である(均一な空間位相)。等位相面を選ぶと下図Aのように離散的な面になる。これに対して光渦はラゲール・ガウシアンモードと呼ばれ、断面内中心を原点とした回転角度に比例して空間位相が変化する。これを等位相面によって模式的に示すと下図Bの通り渦巻き状になる。このようなレーザー光を光渦と呼んでいる。光渦では、中心部分がはっきりと位相が定まらない位相特異点になり、その部分の強度が0になる。従って断面の強度分布はドーナツ状になる。
- 2.位相
下図のようなサイン波で振動している時間的な振動や空間的な変調において、振動の基準位置のずれを位相と呼ぶ。振動の1周期は角度の単位では2πラジアン(=360°)なので、位相はラジアン単位で表す。図では「Aの振動に対してBの振動はπ/3だけ位相が遅れている」と表現する。
- 3.光学パラメトリック増幅(OPA)
非線形結晶中に強度の高いレーザー光とこれより波長が長く強度の低いレーザー光を同時に通すと、強度の低いレーザー光が増幅される現象を光学パラメトリック増幅(OPA)と呼ぶ。OPAはOptical Parametric Amplificationの略。 - 4.キャリア包絡線位相(CEP)
パルス光では、パルス包絡線の中で光電場が振動している。例えば、下図左の薄赤色の領域がパルス包絡線で赤線が光電場である。この図の場合、パルス包絡線が最大となる所で光電場の大きさが最大になっている(cos型)。光電場の形は必ずしもこの通りになるとは限らず、下図右のようにパルス包絡線が最大となる所で電場の大きさが0になる形(sin型)にも成り得る。このようにパルス包絡線に対して、光電場の形がどのように変化するのかを決定する位相をキャリア包絡線位相という。下図右の場合、下図左よりもキャリア包絡線位相が90度遅れている。CEPはCarrier Envelope Phaseの略。
- 5.サニャック干渉計
下図のようにビームスプリッターで分けた二つのレーザー光が、ミラー1~3で構成された同じ経路を逆向きで通過し、再びビームスプリッターで合波する干渉計。二つのレーザー光の経路は同じ長さになるが、干渉計が回転している場合は二つのレーザー光に位相差が生ずるので、回転を検出するための干渉計として使われることが多い。
- 6.2次元シアリング干渉(2DSI)
スペクトル干渉させる二つの超短パルスレーザー光のうち、一つのスペクトルをわずかにずらす(shear)と、測定したスペクトル干渉縞(シアリング干渉)から超短パルスレーザー光の持つ群遅延を再構築できる。この手法の中で、二つの超短パルスレーザー光の間の時間差を0とし、一方の超短パルスレーザー光の位相を変化させて(走査して)「周波数-位相」の2次元干渉縞を記録する手法を2次元シアリング干渉という。2DSIは2-dimensional shearing interferometryの略。 - 7.f-2fスペクトル干渉法
超短パルスレーザー光を半透鏡などで二つに分けて、再び半透鏡などで空間的に重ね合わせた後、分光器でスペクトルを観測すると、本来のスペクトルの形に加えて一定間隔で強弱を繰り返す「縞」が現れる。これは二つの超短パルスレーザー光の間の干渉効果によるものであり、スペクトル干渉と呼ばれる。測定される超短パルスレーザー光の長い波長成分の2倍波(2f)を発生させ、これを超短パルスレーザー光自身(f)の短い波長成分とスペクトル干渉させることをf-2fスペクトル干渉と呼ぶ。縞の位相変化量がCEPの変化量に一致するため、f-2fスペクトル干渉法によりCEPの変化量を検出することができる。 - 8.マッハ・ツェンダー干渉計
下図のようにビームスプリッター1で分けた二つのレーザー光を、ミラー1で反射される経路1とミラー2で反射される経路2に分け、2番目のビームスプリッターで合波する干渉計。異なる経路を持つので経路の途中にさまざまな光学系や測定サンプルを挿入して、レーザー光の干渉の様子からその性質を知ることができる。
- 9.カイラル分子
例として五つの原子でできた分子の模式図を示す。図中の球は色で区別される異なる原子を表す。左と右の分子は5種類の原子でできており、右の分子は左の分子を鏡に写した像と同じ構成になっている。鏡像の分子は、どのように回転しても元の分子と一致することはない。このように鏡像と重ね合わすことができない性質をカイラリティ(キラリティ)と呼び、このような2種類の形が存在する分子をカイラル(キラル)分子と呼ぶ。この図ではどちらの分子も黄緑の原子が手前にある。赤い原子が結びついている棒を回転軸として、上から見て時計回りの原子の順番は、左の分子では黄緑、紫、青だが、右の分子では黄緑、青、紫、と異なる順番になる。このように、これらの分子は回転の方向を区別する。
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究「Development of ultrabroadband optical vortex source(研究代表者:リン・ユーチー)」、同基盤研究(A)「アト秒量子波束ダイナミックスの研究(研究代表者:鍋川康夫)」、同基盤研究(S)「サブkeV領域のアト秒科学(研究代表者:緑川克美)」、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「次世代アト秒レーザー光源と先端計測技術の開発(ATTO)」、および科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業CREST「新たな光機能や光物性の発現・利活用を基軸とする次世代フォトニクスの基盤技術(研究総括:北山研一)」の研究課題「アト秒反応ダイナミクスコントローラーの創生(研究代表者:石川顕一)」による助成を受けて行われました。
原論文情報
- Yu-Chieh Lin, Katsumi Midorikawa, and Yasuo Nabekawa, "Wavefront control of sub-cycle vortex pulses via carrier-envelope-phase tailoring", Light: Science & Applications, 10.1038/s41377-023-01328-7
発表者
理化学研究所
光量子工学研究センター アト秒科学研究チーム
研究員 リン・ユーチー(Lin Yu-Chieh)
専任研究員 鍋川 康夫(ナベカワ・ヤスオ)
チームリーダー 緑川 克美(ミドリカワ・カツミ)
報道担当
理化学研究所 広報室 報道担当
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