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2025年6月23日

理化学研究所

「AI聖徳太子」が複数情報を聞き分け、開発方針を指示

-多様な要求物性の環境低負荷型プラスチック材開発に貢献-

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター 環境代謝分析研究チームの藤田 凌 研修生(研究当時)、天本 義史 客員研究員、菊地 淳 チームディレクターの研究チームは、人工知能(AI)を用いて環境低負荷型のプラスチックの材料設計サイクルを高速化する手法を開発しました。

本研究成果は、単一の計測から複数情報を抽出することで、多様な物性を要求される環境低負荷型のプラスチック材料開発に貢献するものと期待されます。

カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブ[1]に向けたプラスチック材料開発には、分解性と丈夫さといった、複数の物性を同時に実現でき、かつ迅速に設計できる手法が必要とされています。今回、研究チームは、30分以内で簡易評価できる時間領域核磁気共鳴(TD-NMR)[2]法で計測し、AI手法の一種である畳み込みニューラルネットワーク(CNN)[3]でノイズ除去、および材料の硬さ、柔らかさを反映する分子ダイナミクスの特徴抽出を行いました。加えて、ベイズ最適化[4]法を用い、これらの特徴量の迅速な適用可能性を検証しました。このTD-NMR由来の複数の特徴量を一度で聞き分け、開発方針を指示してくれる「聖徳太子」のようなAIは、従来30日以上を要していた分解試験などの材料開発のボトルネック解消や、コスト低下に寄与することが期待されます。

本研究は、科学雑誌『npj Materials Degradation』オンライン版(6月18日付)に掲載されました。

簡易手法とAIを組み合わせた材料開発サイクルの迅速化の図

簡易手法とAIを組み合わせた材料開発サイクルの迅速化

背景

地球史を省みると、現代まで続いている完新世の1万2千年ほどは例外的に安定した気候が続き、この間に人類は農業と定住を始め、文明を発達させました。しかし18世紀後半の産業革命以降、人類は化石燃料の燃焼やプラスチックごみの焼却で大量の炭素源を地下から大気中へ放出し続け、その炭素量は毎年95億トンに上るため、プラネタリーバウンダリー[1]を超越した気候変動や生物多様性減少が問題視されています。このうちグリーンカーボンやブルーカーボン注1、注2)、海中への炭酸イオン溶解と植物プランクトンによる炭素固定などを経て、51億トンの炭素(特に二酸化炭素(CO2)やメタン(CH4)などの温室効果ガス)が大気中に残留しています。森林などに固定された炭素源も微生物分解などを経て9億トンが河口流出し注3)、海藻類が「海の揺り籠」となる沿岸生態系のネイチャーポジティブ構築注4)に関わります(図1)。

人為起源炭素の行方とプラネタリーバウンダリーへの対策の図

図1 人為起源炭素の行方とプラネタリーバウンダリーへの対策

地球の炭素源の循環と大気への炭素残留を減らす対策。数字は億トン/年(Jブルークレジット認証申請の手引きver2.5、およびKuwae & Crooks(2021)を参考に筆者らが作図)。

本研究では、資源循環利用を推進するサーキュラーエコノミー実現のための取り組みの一環として、環境低負荷の次世代材料として世界的に注目されている、生分解プラスチック開発の効率化に着目しました。プラスチック材は炭素骨格で構成されるモノマーを重合させた材料で、自動車や電気製品の部品から、食品包装材やレジ袋に至るまで、実に幅広く利用されています。材料の繰り返しの利用には、劣化に対する耐性、材料の再利用を容易にするための高分解性といった複数の物性が要求されます。多様な場面で使用されるプラスチックをそれぞれの用途に最適化した生分解材料で置換するためには、迅速で低コストな材料設計手法の開発が必要です。

プラスチックを構成するポリマー鎖は、折り畳まれたり、丸まったりと多様な立体構造を取り、またポリマーの高次構造や運動性[5]の違いが物理的特性に大きく影響します。しかしながら、構造形成は複雑系[6]であり、合成条件との関係を定式化するのは困難です。このため、従来のポリマー開発は試行錯誤に依存し、強度試験やX線散乱など多様な手法を組み合わせた評価が必要でした。このような高い解析コストに加えて、ポリマー開発では紫外線劣化耐性や環境中での分解性の評価などの試験が30日以上の期間を要し、開発スピードを低下させるボトルネックの一つになっています。本研究で注目したTD-NMRは、従来の手法とは異なり、複数の情報を短時間かつ簡易な測定で同時取得できる手段として注目されています(図2)。

材料のマクロ~ミクロの多様な運動性情報を読み取るTD-NMRの図

図2 材料のマクロ~ミクロの多様な運動性情報を読み取るTD-NMR

従来のポリマー開発は解析のコストが高く、評価試験も長時間かかる。TD-NMRは複数の情報を短時間かつ簡易な測定で同時取得できる手段であり、注目されている。ただ、情報が重なり合うというデメリットもある。

研究手法と成果

TD-NMRは一度の測定で多くの情報を取得できる反面、多様な情報が重なり合うため信号の解釈が難しい課題があります。こうした信号の重なり合いは、あたかも複数の人から同時に話しかけられる状況に近く、各成分の情報を聞き分けるためには、多くの声を同時に処理可能な「聖徳太子」のような解釈機構が求められます。

そこで本研究では、信号処理に強く、信号の特徴を小項目ごとに点数として表現可能な、深層学習の一手法である畳み込みニューラルネットワーク(CNN)を信号解析に利用しました。CNNの学習データには緩和曲線を模して乱数で大量に作成した人工データを使用しました。人工データで学習したCNNノイズ除去モデルはTD-NMR信号のノイズを効果的に除去し、成型条件による信号の差異を可視化しました(図3上)。さらに、本研究ではCNN内部のGAP層[3]の信号情報表現にも注目しました。GAP層には信号の情報が要約されており、物性との相関係数の算出により、一部の領域には物性値との相関が確認されました(図3下)。人工データで学習可能なCNNを活用することで、これまで解釈が課題とされてきたTD-NMR信号を効率的に解析できるようになります。これにより、従来の開発プロセスでは取得に高いコストを要した複数の物性値を、簡便な測定で同時に抽出可能になります。

近年、AIの分野で注目されている深層学習[7]的アプローチは、プラスチックのような複雑系の解析にも有効であると注目されています。本研究で提案した手法はAIの材料分野への応用可能性を広げ、材料工学と情報工学の学際領域であるマテリアルズインフォマティクス[8]のさらなる進展に寄与するものと期待されます。

複数情報をAI聖徳太子が聞き分けつつ回答するTD-NMRの図

図3 複数情報をAI聖徳太子が聞き分けつつ回答するTD-NMR

TD-NMRは多様な情報が重なり合うため信号の解釈が難しいが、「聖徳太子」型のAIがあれば、その課題が解決できる。

さらに本研究では、GAP層に抽出されたTD-NMR由来の特徴量の有用性を検証するため、材料開発シミュレーションを行いました。シミュレーションでは、材料のポリマー成形[9]条件を試行錯誤的に決定する標準的なケースを想定しました。そして、最適解探索で代表的な手法とされるベイズ最適化で、これらの特徴量の利用可能性を検証しました。GAP層から抽出した値を目的変数[10]にした最適化(提案手法)は物性値の直接の参照を回避しながらも、ランダム抽出による最適化の性能を上回りました。さらに、物性値を直接参照する最適化(従来手法)に匹敵するパフォーマンスが確認されました。従来手法では、材料評価時間の長さが試行回数の制約や人件費、機材の運用コストの増加を招き材料開発のハードルを高めてきました。本研究で示されたTD-NMR由来の特徴量を利用した最適化は、開発のボトルネック解消を通じて、作業工程の円滑化、省コスト化に寄与することが期待されます(図4)。

物性試験のボトルネックを克服し得るNMR&AI材料設計高速化の図

図4 物性試験のボトルネックを克服し得るNMR&AI材料設計高速化

TD-NMR由来の特徴量に基づく最適化(物性値を見ずに行う最適化)は、ランダムな手法を上回り、従来の物性値を直接参照する最適化と同等のパフォーマンスを実現した。材料開発のボトルネックを乗り越え、作業工程の円滑化、省コスト化への寄与が期待される。

今後の期待

研究チームはこれまでも、簡易評価手法であるTD-NMRを用いた生分解性材料の研究も手掛けており注5)、プラネタリーバウンダリーの超越が最初に懸念された生物多様性の損失への対策(ネイチャーポジティブ)など、環境研究に新たなアプローチ導入が期待されます。さらに低コスト、汎用的な計測機とプロセス最適化の組み合わせであれば、材料分野以外への展開も可能となります。本研究で提案したアプローチは、解釈が難しい情報をAI技術で解析・抽出することにより、複雑な情報を有効活用する手法です。この考え方は、食材開発注6)や食料生産プロセス注7)など、他の複雑系を対象とする分野でも有用な可能性があります。

また、TD-NMR装置は化学・生物学研究で広く用いられる超伝導磁石ではなく、永久磁石を用いることがほとんどなので、国外からの輸入に頼るヘリウム資源の供給不足問題がなく、また小型かつ低コストである利点もあります。この永久磁石の片側が開放された、片側開放NMRの開発と組み合わせれば(注4の図2)、ハードウエアおよびソフトウエアの両面から、材料・食料分野などへの新たなイノベーションへの貢献が期待されます。また、今回の成果は、国際連合が定めた17の目標「持続可能な開発目標(SDGs)[11]」のうち「12.つくる責任つかう責任」や、「14. 海の豊かさを守ろう」などに貢献する成果です。

補足説明

  • 1.カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブ、プラネタリーバウンダリー
    ポツダム気候影響研究所(英国)のロックストローム博士らにより、9項目について惑星としての地球の限界(プラネタリーバウンダリー)の超越が警鐘されている。気候変動の項目は温室効果ガス濃度の上昇が強い要因として挙げられ、グリーンカーボンやブルーカーボンへ炭素固定・隔離するカーボンニュートラルが世界中で進められている。化石燃料に由来するプラスチック材などを循環経済(サーキュラーエコノミー)化することも低炭素社会への有効策とされ、モノマー単位に分解してから循環利用するケミカルリサイクルと、回収材の劣化度に応じて分解を経ずに循環利用するマテリアルリサイクルがある。また、森林や海藻が織り成す生態系復興はネイチャーポジティブと呼ばれ、プラネタリーバウンダリーの生物多様性、土地利用変化、淡水利用といった複数項目に貢献し得る。
  • 2.時間領域核磁気共鳴(TD-NMR)
    磁場中で励起された原子核がエネルギー的に安定な状態へと緩和する過程を、時間の関数として観測する測定手法。励起された原子核が安定な状態へと緩和する速度には原子核周辺の環境が影響するため、同手法は材料の物性や食材の食感などに対する重要な情報を含むとして注目されている。NMR法は試料の非破壊計測が可能であり、加えて30分以内(多くは数分程度)の高速な測定で情報取得が可能で汎用性が高いため、同様の原理が医療機器のMRI(磁気共鳴画像)装置にも応用されている。通常、励起と観測は同時に行えないため、計測時は、パルスプログラムと呼ばれる励起-観測サイクルの設計が重要となる。本研究ではポリマー構造の多様な情報を一度の計測で取得可能なMSEパルスプログラム(MSE: Magic Sandwich Echo)法を適用した。TD-NMRはTime Domain Nuclear Magnetic Resonanceの略。
  • 3.畳み込みニューラルネットワーク(CNN)、GAP層
    入力データに対して畳み込み演算と呼ばれる情報抽出処理を階層的に行う深層学習([7]参照)モデルの一種。畳み込み演算により、モデルは入力の特徴を微小な領域から比較的大きい領域まで段階的に抽出する。入力データの特徴を項目別の点数としてリストにする領域がGAP層(エンコード層)と呼ばれる。この点数はモデルが出力を構成するために計算される値であるが、特徴量としての転用可能性が指摘されており、近年はこうしたモデル内部の表現と入力データとの対応関係の可視化・解釈が積極的に研究されている。CNNはConvolutional Neural Networkの略。GAPはGlobal Average Poolingの略。
  • 4.ベイズ最適化
    少ない実験回数で求める物性を最大化する条件を探索するアルゴリズム。最初はランダムに条件を提示するが、試行回数を重ねるにつれて求める物性を実現する見込みが高い条件を集中的に提示するようになる。マテリアルズインフォマティクス([8]参照)推進の観点から材料開発の分野で広く注目されている。
  • 5.ポリマーの高次構造や運動性
    ポリマーはモノマーと呼ばれる低分子が数百~数千個ほど連なった鎖状の分子であり、ポリマー材料は、ポリマー分子が多数集まって構成される。ポリマー材料の強度や劣化耐性の決定においてはモノマー選択が重要であるが、ポリマーの密集性や鎖間の連結などのポリマーの空間的配置と相互作用も重要な因子である。こうしたポリマー鎖の空間配置はモノマーの持つ化学的な構造に対して高次構造と呼ばれている。高次構造はX線散乱測定や顕微鏡観察によって評価され、ポリマー鎖の運動性にも影響を与える。ポリマー鎖の運動性は、化学構造や高次構造とともに、物性を決定付けるため、材料設計に重要な要素である。
  • 6.複雑系
    本研究で取り上げたような材料分野で「複雑系」というと、狭義には自己組織化する超分子系などに使われることが多い。しかし今回は、結晶化核材の濃度や、結晶化温度、および結晶化時間など、多彩な成形条件により、ミクロ~メソ~マクロなマルチスケールで高次構造が変化し、分子鎖の「揺らぎ」や「散逸構造」が変化する最終結果としてマクロ物性に反映するため、構造形成を広義の「複雑系」と捉えた。
  • 7.深層学習
    大規模な統計モデルを構築し、データに潜む関係性を学習することで、高度な予測を行う情報技術。
  • 8.マテリアルズインフォマティクス
    材料の持つ多様な情報をデータサイエンス的アプローチで処理することで材料開発過程の省力化や新たな知見の発見を目指す手法。従来、材料の物性を最適化する手法は試行回数や経験則で見いだされてきため、開発期間短縮につながる手法として注目を集めている。近年は日本の素材メーカーも国際的な競争力向上のため、マテリアルズインフォマティクス的アプローチへの転換を進めている。
  • 9.ポリマー成形
    高分子化合物を所定の形状に加工する工程。高分子材料の性質には素材の種別だけでなく成形時の温度や添加物の濃度も影響するため、成形条件の最適化は重要な課題である。しかしながら、成形条件から物性を演繹的に予測する手法は確立されておらず、ポリマー成形条件の最適化は経験則と試行錯誤が不可欠である。
  • 10.目的変数
    機械学習モデルが予測対象とする値。一般に機械学習モデルは、予測結果と実際の値(目的変数)の誤差が小さくなるようにパラメータを調整し、データの規則性を学習する。
  • 11.持続可能な開発目標(SDGs)
    2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17の目標、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。

原論文情報

  • Fujita, R., Amamoto, Y. and Kikuchi, J., "Bayesian Optimization of Biodegradable Polymers via Machine Learning Driven Features from Low-Field NMR Data", npj Materials Degradation, 10.1038/s41529-025-00613-7

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 環境代謝分析研究チーム
チームディレクター 菊地 淳(キクチ・ジュン)
研修生(研究当時)藤田 凌(フジタ・リョウ)
客員研究員 天本 義史(アマモト・ヨシフミ)

発表者のコメント

本研究の本質は、基本的な技術を組み合わせることで情報処理や作業を効率化する点にあります。こうした実務的なテーマに関心を持ったきっかけは学部時代の研究室での体験にあります。私は生物学部出身で、卒業論文はウェット系の実験を中心とする研究室に所属していました。当時、受け持ったテーマは単純作業の繰り返しや反応待ちが必要な実験が多く、創造的な作業に従事できていないことへの焦りがありました。大学院進学後は、データの本質に迫る研究を志し、菊地研究室でNMRの応用法や機械学習の活用法を学びました。現場で求められる情報抽出とプロセスへの運用を立案するには、NMR、材料工学、機械学習を専門とする方々との日々の議論が不可欠でした。こうした分野横断的な議論の機会があったからこそ、各手法の特徴や問題意識を踏まえたアイデアが生まれ、論文として発表可能なレベルまで練り上げることができたと思います。学生の初歩的な質問や突飛な発想にも親身に対応してくださった先生方には、心より感謝申し上げます。(藤田 凌)

藤田 凌 研修生(研究当時)の写真 藤田 凌

報道担当

理化学研究所 広報部 報道担当
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