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研究最前線 2022年7月11日

暗黒の細胞死「エレボーシス」

腸の細胞は、幹細胞の増殖と分化細胞の死によって常に入れ替わっています。分化細胞の死はアポトーシスという現象によるものと考えられてきましたが、ユ・サガン チームリーダー(TL)は、アポトーシスとは異なる未知の細胞死を発見しました。

藤澤 茂義の写真

Yoo Sa Kan(ユ・サガン)

生命機能科学研究センター
動的恒常性研究チーム
チームリーダー
開拓研究本部 Yoo生理遺伝学研究室 主任研究員)

腸の新陳代謝はアポトーシスではない

体を構成する多くの臓器では、老化した細胞が死に、常に新しい細胞へと置き換わることで機能や形態を一定に保っている(生体恒常性の維持)。皮膚や腸の表面を覆う細胞は、この新陳代謝(ターンオーバー)が盛んで、数日単位で細胞が死ぬ。この現象は、細胞に備わった「死ぬためのプログラム(もしくは「仕組み」)」の一つである「アポトーシス」の発動により、細胞が死んで抜け落ち、新しい細胞に置き換わるためとこれまでは考えられてきた。

生体恒常性が研究対象のユTLも、その定説に疑問を抱いたことはなかったという。ところが、腸の細胞のターンオーバーへの興味から、ショウジョウバエを使って細胞死に至るプロセスの解明を始めたところ、細胞死がアポトーシスとは違う仕組みで起こることが分かった。アポトーシスを止める実験を行っても、ターンオーバーには変化がなかったからだ。

「エレボーシス」は静かに進む細胞死

細胞死は、「アポトーシス」のほか、感染や損傷などで起こる「ネクローシス」、細胞が自らの一部を分解する「オートファジー」の大きく三つに分類される。しかし、今回発見した細胞死はこれらとは異なり、アポトーシスやネクローシスのように炎症を起こすこともなく、静かに、消えるようになくなる細胞死だった(図1)。この未知の細胞死をユTLは「エレボーシス(暗黒の細胞死)」と名付けた。古代ギリシャ語で「暗闇」を意味する「エレボス」が由来である。

アポトーシスとエレボーシスの図

図1 アポトーシスとエレボーシス

従来、腸のターンオーバーにおける細胞死はアポトーシスと考えられていた(右)。今回の発見により、アポトーシスではなく、エレボーシスにより細胞が死んでいくことが明らかになった(左)。

なぜ「暗黒」と名付けたのか。実は今回の研究とは全く別の目的でAnce(アンギオテンシン変換酵素)と呼ばれるタンパク質を観察したとき、腸の一部の細胞がAnceを蓄積していることに気付いた。その後、腸の細胞死がアポトーシスではないらしいという実験結果を得て、二つが繋がった。この細胞こそ、細胞小器官やDNA、Ance以外のタンパク質を失いながら死んでいく細胞だったのだ。驚いたことに、蛍光タンパク質で細胞を光るよう目印をつけても、Ance細胞では徐々に光が失われて真っ黒になってしまう(図2)。

エレボーシスを起こしているAnce細胞の図

図2 エレボーシスを起こしているAnce細胞

1では赤(RFP、マゼンタ)や緑(GFP、緑)の蛍光タンパク質が見えるが、エレボーシスが進むに従って2のように蛍光タンパク質が薄くなっていき、3では黒くなっている。

「腸のように常にターンオーバーが起こり続ける組織では、アポトーシスよりも静かに細胞死が進行するエレボーシスのほうが負担が少なく、メリットがあるのではないか」。エレボーシスの分子メカニズムなどはまだ不明だが、ショウジョウバエの腸細胞において新しい細胞死の関わりを見いだした意義は大きい。エレボーシスの発見には、細胞死に関する研究を大いに飛躍させる可能性もある。しかし、今回の発見はスタートラインにすぎない。ユTLは最後に「腸以外の臓器や哺乳類でもエレボーシスがあるのかどうかを確かめつつ、そのメカニズムを解き明かしていきたい」と抱負を語った。

(取材・構成:牛島美笛/撮影:大島拓也/制作協力:サイテック・コミュニケーションズ)

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