2014年5月16日
独立行政法人理化学研究所
学校法人東京理科大学
白血球「好塩基球」の喘息における新メカニズムを解明
-好塩基球と自然リンパ球(NH細胞)との共同作業で喘息が起きる-
ポイント
- ダニ抗原などシステインプロテアーゼで起こる喘息は新タイプのアレルギー反応
- システインプロテアーゼで誘導される喘息は好塩基球が重要な働きをする
- 好塩基球が産生するIL-4は自然リンパ球を活性化して喘息を起こす
要旨
理化学研究所(野依良治理事長)は、ダニ抗原などのアレルゲン[1]で誘導される喘息(ぜんそく)が、アレルギーを起こす白血球「好塩基球[2]」から産生されるインターロイキン-4(IL-4)[3]を介した2型自然リンパ球[4](NH細胞;ナチュラルヘルパー細胞)との共同作業によって起こるという新しいメカニズムを明らかにしました。これは、理研統合生命医科学研究センター(小安重夫センター長代行)サイトカイン制御研究チームの久保允人チームリーダー(東京理科大学生命科学研究所 分子病態学研究部門教授兼任)らと、東京理科大学総合研究機構 戦略的環境次世代健康科学研究基盤センターの本村泰隆研究員らによる共同研究グループの成果です。
私たちの体には、異物から体を守る免疫システムが備わっています。免疫システムは、ときに私たちの体に不都合な反応を起こします。その1つが「アレルギー」で、発生メカニズムによって5つに分類されています。Ⅰ型アレルギーは、免疫グロブリンE(IgE)抗体[5]によって引き起こされ、IgE抗体は肥満細胞(マスト細胞)[6]や好塩基球が持つ受容体に結合することで、アレルゲン特異的にアレルギー反応を起こします。
近年、マスト細胞やT細胞だけではなく、好塩基球や自然リンパ球による免疫反応系があり、これら細胞に注目が集まっています。ダニ抗原などに多く含まれるタンパク質分解酵素「システインプロテアーゼ[7]」は、アレルギーを強く誘導するアレルゲンとして働くことが知られています。このシステインプロテアーゼは、気道上皮から放出されるインターロイキン-33(IL-33)[3]を介して自然リンパ球の1つNH細胞を活性化して喘息を引き起こします。しかし、喘息の発症に関わる好塩基球の働きなど、詳細なメカニズムは分かっていませんでした。
共同研究グループは、好塩基球を持たないマウスと、好塩基球由来のIL-4だけを欠くマウスを用い、好塩基球が存在しないことによって、システインプロテアーゼ(イエダニやパパイン[8])の点鼻投与によって誘導される喘息が抑制されることを明らかにしました。また、IL-4を産生できない好塩基球を持つマウスでも同様の抑制が認められたことから、アレルゲンで誘導される喘息は、好塩基球から産生されるIL-4を介したNH細胞との共同作業によって制御されていることが明らかになりました。
本研究成果は、米国の科学雑誌『Immunity』オンライン版(5月15日付け:日本時間5月16日)に掲載されます。
背景
私たちの体には、異物から体を守る免疫システムが備わっています。この免疫システムはときに、私たちの体に不都合な反応を起こします。その1つが、良く知られている「アレルギー」です。アレルギー反応は、発生メカニズムによって5つのタイプに分類されており、免疫グロブリンE(IgE)抗体によって引き起こされるものをⅠ型アレルギーと呼び、気管支喘息や花粉症、アレルギー性鼻炎などがその代表例です。IgE抗体は肥満細胞(マスト細胞)や白血球の1つ「好塩基球」が持つ受容体に結合することで、アレルゲン特異的にアレルギー反応を起こします。好塩基球は白血球の中でも、塩基性色素により暗紫色に染まる大型の好塩基性顆粒を持つものを指しますが、白血球全体の0.5%以下しか存在しないため、長い間その機能や生物学的特性は謎のままでした。
近年、アレルギーはIgE抗体を介したマスト細胞や免疫細胞の1つT細胞による反応系が存在しなくても起きることが知られるようになってきました。このような抗原特異的な反応とは無縁なアレルギーには、好塩基球や免疫システムの最前線で働く新しいタイプのリンパ球「自然リンパ球」が関与している可能性が示され、注目が集まっています。タンパク質分解酵素の「システインプロテアーゼ」はアレルギーを強く誘導するアレルゲンとして働くことが知られています。システインプロテアーゼは、ダニ抗原やパイナップルなどに含まれるタンパク質分解酵素であり、気道などに過剰に侵入した際、気道上皮を壊すことによって、アレルギーを誘導するインターロイキン-33(IL-33)を気道内に放出します(図1)。そして、放出されたIL-33が直接自然リンパ球の1つ「ナチュラルヘルパー細胞(NH細胞)」に働き、喘息を引き起こします。しかし、喘息の発症に関わる好塩基球の働きなど、詳細なメカニズムは分かっていませんでした。
研究手法と成果
共同研究グループは、マウス生体内で起こるアレルギー反応における好塩基球の役割を解析するため、好塩基球を持たない細胞特異的欠損マウスBas-TRECK[9]と、好塩基球由来のインターロイキン-4(IL-4)だけを欠く遺伝子改変マウスを実験に用いました。通常、システインプロテアーゼ(パイナップル由来のパパイン)を点鼻投与すると、3日以内に肺に炎症の原因となる好酸球[10]が大量に集まり、ムチンという粘液の産生が誘導されて喘息症状が現われます。ところが、Bas-TRECKマウスにパパインを投与しても喘息症状が現われず、肺への好酸球の集積やムチンの産生も顕著に抑制されました。同様の喘息症状の抑制は、好塩基球由来のIL-4だけを欠くマウスにおいても認められました。これらから、好塩基球から産生されるIL-4の重要性が示されました。
喘息における肺への好酸球の集積は肺に存在するNH細胞から産生されるケモカインCCL11[11]、ムチンの産生はNH細胞から産生されるIL-5やIL-13などによるものです(図1)。そこで、好酸球の集積やムチンの産生過程におけるIL-4の役割を調べました。その結果、好塩基球からIL-4が産生されないと、NH細胞からケモカインCCL11やIL-5、IL-13の産生が抑制されるとともに、炎症に関わるさまざまな遺伝子の発現が抑制されることが分かりました(図2)。
また、Bas-TRECKマウスに野生型マウス由来の好塩基球を移入したところ、喘息症状の抑制が解かれて症状が現われました。一方、同マウスにIL-4を産生できない好塩基球を移入したところ、喘息症状は現れませんでした。
これらの結果から、NH細胞の活性化には好塩基球から産生されるIL-4が必要であり、システインプロテアーゼ(パパインやダニアレルゲン)で誘導される喘息は、好塩基球から産生されるIL-4を介した好塩基球とNH細胞の共同作業が必要であることが明らかになりました。
今後の期待
現代社会で、アレルギーは日常生活に支障をきたすほどの影響があり、生活環境を見直す必要が生じるなど、非常に大きな社会問題を引き起こしています。T細胞やIgE抗体を必要としないアレルギーや、システインプロテアーゼなどのタンパク質分解酵素がアレルゲンとして喘息を引き起こす能力を持つことなどアレルギーの実態が解明されつつあります。今回の成果により、システインプロテアーゼによって引き起こされる喘息の発症メカニズムに好塩基球やNH細胞など新しい免疫細胞の関与が明らかになりました。また、同時にアレルギー反応にもさまざまな側面があることが示されました。
今後、これら細胞を標的とした新しい視点からのアレルギー治療法の開発や、さまざまなアレルギーの原因や症状に適合した治療法の構築が期待できます。
原論文情報
- Yasutaka Motomura, Hideaki Morita, Kazuyo Moro, Susumu Nakae, David Artis, Takaho A. Endo, Yoko Kuroki, Osamu Ohara, Shigeo Koyasu, and Masato Kubo "Basophil-Derived Interleukin-4 Controls the Function of Natural Helper Cells, a Member of ILC2s, in Lung Inflammation".Immunity .2014.
doi: 10.1016/j.immuni.2014.04.013
発表者
理化学研究所
統合生命医科学研究センター サイトカイン制御研究チーム
チームリーダー 久保 允人(くぼ まさと)
(東京理科大学生命医科学研究所 分子病態学研究部門教授 兼任)
お問い合わせ先
統合生命医科学研究推進室
Tel: 048-503-9117 / Fax: 048-462-4715
報道担当
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
Tel: 048-467-9272 / Fax: 048-462-4715
学校法人東京理科大学 総務部 広報課 石黒・三宅
Tel: 03-5876-1500 / Fax: 03-5876-1670
補足説明
- 1.アレルゲン
気管支喘息や花粉症などのアレルギー疾患を引き起こす抗原。代表的なものとして花粉やダニなどが知られている。 - 2.好塩基球
白血球の一種。細胞内にかゆみの成分であるヒスタミンなどの顆粒を含んでおり、免疫グロブリンE(IgE)が細胞表面の受容体に結合したときに顆粒が放出される。主に血液中を巡回している。白血球全体の0.5%と非常に少ない細胞群であるが、アレルギー反応に深く関わっていることが明らかになっている。 - 3.インターロイキン(IL-4)、インターロイキン(IL-33)
細胞から放出される細胞間情報伝達分子として働くサイトカインの一種。どちらも、アレルギー反応に重要な役割を持つ。IL-4は、T細胞、好塩基球、肥満細胞から産生され、主にB細胞から免疫グロブリンE(IgE)抗体の産生を誘導する。一方、IL-33は、他のサイトカインと違い核内に存在し、細胞が破壊されることで細胞外に放出される。主に、気道や腸管上皮細胞に発現しており、病原菌の感染直後に放出されることから感染初期に起こる反応に寄与している。 - 4.自然リンパ球
先天的に備わった免疫反応であり、感染初期に発動する「自然免疫」を制御するリンパ球。近年さまざまなタイプの自然リンパ球が見つかり、その機能に注目が集まっている。 - 5.免疫グロブリンE(IgE)抗体
アレルギー性鼻炎、喘息、アトピー性皮膚炎などを代表とするI型アレルギー反応を構成する抗体成分。アレルギー患者の血液中には非常に高い濃度でIgE抗体が存在することが知られている。 - 6.肥満細胞(マスト細胞)
皮膚や粘膜組織などに広く分布する。好塩基球と同様にヒスタミンなどの顆粒を含み、免疫グロブリンE(IgE)刺激によって放出する。IgEを介したアレルギー反応の主体であると考えられている。 - 7.システインプロテアーゼ
活性中心にアミノ酸であるシステインをもつタンパク質分解酵素の総称。イエダニやパイナップルなどに含まれ、アレルギー反応を引き起こすアレルゲンとして働いていることが明らかになってきている。 - 8.パパイン
システインプロテアーゼ活性を持つタンパク質。パパイアから見つかったことからこの名前が付けられた。食品加工労働者の職業性アレルギーおよび喘息の原因であることが明らかとなっている。ダニ抗原に含まれるシステインプロテアーゼと非常によく似た構造を示す。 - 9.Bas-TRECK
マウスがジフテリア毒素に反応しないことを利用し、好塩基球だけにジフテリア毒素に反応するように遺伝子改変を行ったマウス。このマウスでは、好塩基球だけを欠失させることができる。 - 10.好酸球
白血球の一種。典型的なアレルギー症状の1つとして、好酸球の増加が知られているようにアレルギー病態で顕著に好酸球の集積が見られる。アレルギー病態と深い関わりがある。 - 11.CCL11
好酸球などの白血球の遊走を引き起こし炎症の形成に関わるケモカインの一種。別名エオタキシン-1とも呼ばれている。主に、好酸球を炎症部位に遊走する機能を持つ。
図1 好塩基球による喘息制御
システインプロテアーゼ(ダニ抗原やパイナップル由来のパパイン)は、気道上皮を破壊することでインターロイキン-33(IL-33)を気道内に放出する。IL-33は受容体を持つ好塩基球やナチュラルヘルパー細胞(NH細胞)に働く。IL-33が働くことで、好塩基球からは別のインターロイキンIL-4が産生される。このIL-4がNH細胞に働くことで、好酸球を呼び寄せるケモカインCCL11や好酸球の増殖に働くIL-5を誘導するとともに、ムチンの産生に働くIL-13の産生を誘導して、喘息症状を形成する。
図2 IL-4とナチュラルヘルパー細胞の関係
パパインで活性化したマウスの肺より採取したナチュラルヘルパー細胞における炎症に関与する遺伝子の発現パターンを示す。IL-4を産生する好塩基球を持つマウスでは、さまざまな炎症に関与する遺伝子が上昇する(中央:Papain WT)。ところが、好塩基球でIL-4を産生できないマウスでは、これら炎症に関与する遺伝子がパパイン処理をしていない遺伝子パターン(左:Naive WT)と同じ、活性化していないパターン(右:Papain Il4 3’UTR def)を示す。